第151話 勇者とコミー
王都のとある地下......。
天井から垂れる水滴の音が響き、最低限の明かりしか灯されていないこの場所はいくつもの檻が設置されていた。
「相変わらずジメジメしているねここは、その上極悪人の臭いで鼻が潰れそうだ」
薄暗い通路を担当の兵士と共に歩いていたのは、レーヴァテイン大隊長ラインメタル少佐だ。
「ここは捕らえたスパイ用の牢獄ですのでご容赦ください少佐殿、間もなくです」
そう、ここは通常の牢獄とは違う対スパイ用の施設。
王国で諜報活動をしていた者は一切の容赦なくここへぶち込まれる。
施設の存在は公にされておらず、王国軍内においても都市伝説という扱いの場所だ。
「ここです」
見張り2名が立つ檻が開けられ中へ進むと、そこには痩せ細った男が椅子に縛りつけられていた。
「やぁアルナ教会元支部長マルドーくん、いや......それともこう呼べばいいかな? ミハイル連邦工作機関少佐殿?」
「誰だ......貴様は」
「僕はしがない元勇者さ、今は成り行きで王国陸軍の少佐をやっている」
この椅子に縛られたマルドーという男。
アルナ教会の支部長という身分で王国へ潜入し、あらゆる機密を調査。
挙げ句に亜人を使ってルシアを殺そうとした連邦のスパイである。
「そうか......貴様が魔王を倒した伝説の勇者か、まぁ我らがレーニン同志と比べれば矮小だがな」
「ふむ、共産主義者の思考はわからないんでこれ以上の雑談は割愛するが、今日は話をしに来たんじゃない」
マルドーの足を、骨が砕けんばかりに少佐は踏みつけた。
「ひぎぃっ!??」
「確認に来たんだ。君らが王都の地下で怪しげな工場を造ったのは知っている、はてさてホムンクルスとはなんなんだろうね」
「知ったことか! 貴様ら資本主義の犬に教えてやることなどなにもない! こんなことをして本国が黙っていると思うなよ!!」
「忠犬は最後までよく吠える、ラーゲリで木の本数を数えてる時みたいな顔だぞマルドーくん」
さらに足へ力を込める。
「ぐがぁっ......! こんな拷問......許されると思うなよ! ここで俺を殺せば貴様ら王国は、人権無視の非人道的な虐殺国家だと知れ渡るだろうなぁ!」
「人権無視の虐殺国家? はてさてそれは自国に対する皮肉と受け取ればいいのかいコミー、ヨスフ書記長の大量粛清に比べればまだまだ人道的だと思うが」
マルドーは意地でも秘密を喋らないだろうことは、ラインメタル少佐も重々承知していた。
どうせこのまま爪を剥がしたところで無意味、成果はきっとゼロであり収穫はありえない。
だからこそ、ラインメタル少佐は堅実な選択を行う。
「ところでだコミー、僕は何年か前に『催眠魔法』を習得していてね。どうせならここで洗いざらい喋った方が楽だと思うんだよ?」
「催眠魔法......? 俺に秘密を喋らせる魔法か? 便利なこった!」
「少し違うがまぁ似ている、この魔法を掛けてやると対象の意識は朦朧としてしまうんだ」
少佐は右手でマルドーを殴ると、両手を広げた。
「そうして自我の無くなった者は、こちらの問いにあれよあれよと言う間に答えてくれるってわけさ! 君の意思に関係なく――――全部ね」
「ふざけんなクソ野郎! 伝説の勇者が笑わせやがる! 最低最悪のサディストだ! 上等だよ掛けてみろクソ勇者!!」
「まぁまぁ落ち着きたまえよコミー、僕もこんな荒事は望まない。特別だ――――こっちの問いに1つ答えてくれたら君を解放しよう」
突然下がったハードルに、マルドーは警戒しながらも次の言葉を待った......。
「君たちが造ったホムンクルス製造工場は、王立魔法学院の地下で間違いないんだね?」
「......あぁそうだ、その地下だよ」
催眠魔法で無理矢理喋らされるより、今ここで1つもうバレている事実を話した方がリスクは少ない。
マルドーは少佐の言った"解放"という言葉を信じるしかなかった。
「良い答えが聞けて何よりだよコミー、ところで君の本名――――マルコフという名前らしいじゃないか」
「ちっ、もう本名までわかってやがったか......」
「あまり王国を舐めるなよコミー、それでさっき連邦の外務人民委員に尋ねてみたんだ。そしたら――――――」
少佐は腰のホルスターから実弾入りの9ミリ拳銃を抜いた。
「ミハイル連邦は『マルコフなんていう人間は連邦軍に存在しない』と返してきたよ」
「なっ......!?」
銃口をマルコフへ向ける少佐。
「恨むなら君を使い捨てた同志書記長とやらを恨むんだな、まぁどの道、無事本国へ帰れたとしてもラーゲリ送りは免れないだろうがね」
「こっ、この嘘吐きが!! てめえは人類にとっての災厄だ! 人道の敵! 殲滅すべき悪の権化め!!!」
「人聞きの悪い、ここから解放するという約束は守るさ。もっとも――――」
引き金は躊躇なくひかれた。
「この世からも解放するんだけど」
地下室に数発の発砲音。
血が椅子から垂れる......。
すぐにやって来た見張りの兵士が、マルコフの死亡を確認した。
「すまないが片付けておいてくれ、今から忙しくなる」
「はっ!!」
真っ黒なコートを羽織った少佐は、足早に地下室から去る。
「これで連中が黒だということは確定した、次は王立魔法学院――――学院長だ!」
少佐の顔には不気味な笑みがこぼれていた。