第148話 ひとまずの帰還
――――王都 王国軍コローナ広報協力本部。
「あぁーつっかれた〜!」
荷物をリビングに置いたセリカが、そんなだらしないセリフと共に座り込んだ。
ウォストロードの制圧を終えた俺たちは、なぜか参謀本部の命令で王都に戻ってきていた。
「よし、各員このまま命令あるまで待機せよ。それまでは休んでもらって構わない」
ラインメタル少佐の言葉に、セリカが「ひゃっほーい休み時間だー!」とはしゃぎながら自室へ行ってしまった。
多分くつろぎにくい軍服から着替えに行ったのだろう。
少佐と2人、少しの沈黙を破って俺は質問した。
「あの、ラインメタル少佐」
「ん、なにかね?」
「我々はなぜ王都に戻らされたのですか? 休養......なんていう都合のいい理由じゃないですよね?」
もう散々わかっている。
王国軍は国営ブラックなのだ、わざわざ最前線の精鋭に「よく頑張ったねお疲れ様! ご褒美に休暇をあげるよ!」なんて抹茶アイスより甘い言葉は絶対にくれない。
むしろその逆、次の仕事を寄越してくる可能性が極めて高いのである。
「よくわかってるじゃないかエルドくん、そうだ、我々は休暇のために戻ったんじゃない。本来の王都防衛任務が追加されたから帰還した」
「詳細をご教示いただけませんか?」
「そう焦るなエルドくん、すぐに担当がやってくる」
水をコップに入れた少佐は、ゴクゴクとそれを飲み干した。
乾いていた喉も潤ったのだろう、少佐が再びこちらを向く。
「そうだ、せっかくだし軽い雑談でもしよう」
「雑談ですか?」
「あぁ、他愛もない雑談だ。例えば――――――」
一呼吸置いた少佐は、ゆっくりと呟いた。
「僕が本当に殺したいヤツの話とか......どうだい?」
言った瞬間、リビングからセリカが入ってくる。
「2人だけで雑談なんてズルいですよー、やるならわたしも混ぜてください」
やっぱり着替えに行っていたのだろう。
堅苦しい軍服から、パーカーにショートパンツというラフな格好になっていた。
3人でソファーに座る。
「っで、少佐って魔王を倒したいじゃなかったんッスか?」
「もちろんそれは間違ってない、でも魔王よりクソッタレな存在が世の中にはいるもんなんだよ」
少佐は基本嘘をつかない、この魔王より倒したい相手がいるのも事実なのだろう。
だが、それにしたって少佐なら余裕で倒せそうなものだが......。
「そいつの特徴はなんなんです?」
「偽善に満ちたクソの一言で片付くよ、自らのために戦乱を起こし、追い詰められた側に力を貸す生粋のマーダーだ」
外見的特徴がない......。
もしかするとそいつは裏の権力者とやらで、姿までは知らないのか?
「そいつは......皆が知ってる人なのですか?」
「もちろん、大多数の人々はそいつという"存在"を知っているだろう。忌むべき世界の狂信者、言うならば――――――」
少佐の瞳は、これまでになく殺意に満ちていた。
「殲滅すべき悪の権化だ.....!!」
あまりの殺気と迫力に、俺の脳がもはや雑談とかそういうレベルじゃないと警鐘を鳴らす。
「ビビってちょっと漏らしそうだったッス......」
横ではセリカが足の間に手を入れてモゾモゾしている。
「名前はわかってるんですか?」
「もちろんだとも、アルミナくんにはドン引きされてしまったがね。......そいつの名は――――」
少佐が言いかけたところで、リビングの扉がノックされる。
「来たか、入りたまえ」
話を中断した少佐が入室を促すと、前によく見た顔がそこにはあった。
「お久しぶりです、王国軍の皆さん!」
ビシッと敬礼を決めてきたのは、空色の髪を腰まで伸ばし、全身をアルナ教会の正装で包んだ少女。
忘れもしない、あの反戦・平和主義を掲げていた――――――
「スイスラスト共和国 アルナ教会王都支部プリースト、現在は支部長を務めさせてもらっているルシア・ミリタリアスです! 今日はレーヴァテイン大隊の皆さんにお伝えしたいことがあってこちらまで来ました!」
ちょっと前まで大怪我で入院していた彼女は、快活な笑顔を俺たちへ見せた。
本編には入れられませんでしたが、ラインメタル少佐が王都へ帰還中に呟いた言葉があったのでこちらへ載せておきます。
「亜人連中かい? どうせ今ごろ民族精神で勝利をだとか、神の勝利への加護だとか叫んでるよ。くだらないね――――精神力と民族の根性で歴然たる工業レベルの差を埋められるわけないだろうに」
――――レーヴァテイン大隊長、ジーク・ラインメタル少佐。帰還中の列車内で部下への返答にて――――