第146話 その芽は徹底的に摘まねばならない
愛情と正義、倫理に満ち溢れた勇者様の回です
半壊した教会の上に、2人の王国軍兵士が伏せていた。
砲撃で鐘を含めた上部構造物の吹き飛んだそこは、ウォストロードを一望するにピッタリ。
1人は双眼鏡を覗き込み、もう1人の金髪の兵士は魔法杖より長い巨大なライフルを構えていた。
《CPよりレーヴァテインリーダー、民間人を護衛している魔導士が駅の傍にいるはずだ。砲撃の邪魔になっている、即刻射殺せよ》
「こちらレーヴァテインリーダー、了解した。発見しだい射殺する」
ラインメタル少佐は命令を瞬時に噛み砕くと、手元の袋から弾丸を取り出す。
14.5ミリとかなり大きめのそれを、薬室へ押し込んだ。
王国がミハイル連邦から輸入したこの対戦車ライフルの名は、《PTRD1941》。
自動排莢式の戦車すら貫く大口径ライフルだ。
「さて、避難中の民間人は――――あれか」
コッキングレバーを前進させると、ラインメタル少佐はアイアンサイトを覗き込む。
「スコープ無しで見えますか?」
双眼鏡を覗いたヘッケラー大尉が声を掛けた。
「問題ない、それより付き合ってもらって悪かったねヘッケラー大尉。後世の歴史家や人道主義者に噛みつかれそうな仕事の片棒をかつがせてしまった」
「構いませんよ少佐、我々は大人の責務を全うするだけです。ただ......」
観測手を務めるレーヴァテイン大隊の副官は、声を詰まらせた。
「もし......、我々があの魔導士を殺せば。砲撃を逃れる術を持たない民間人はどうなるのでしょうか」
ヘッケラー大尉の言葉に、金眼の勇者はストックを肩に押し当てながら答える。
「もちろん死ぬだろうね、だがそうなって然るべき。むしろ我々にそうする以外の選択肢はないのだよ」
「っと、言いますと......?」
「我々はいつ現れるかもしれない敵の勇者を、勇者になる可能性を持った者を片っ端から消さねばならない。でなければ待つのは我が国民への虐殺だ」
少佐の瞳がより一層輝く。
「『射撃補助』」
アイアンサイトへ重なるように、赤い四角が表示された。
それは、敵性と判断された魔導士へのロックオン状態を表している。
「金眼の亜人――――いわば勇者が生まれる確率、それが例え数十億分の1といえど我々はその芽を摘まねばならない。見たまえ大尉」
少佐に促されたヘッケラー大尉が双眼鏡の倍率を上げると、避難民であろう子供が映った。
こちらの位置はまだバレていない、なのに――――
「ッ!!!」
ボロボロになった少年は、間違いなく"こっち"を見ていたのだ。
その目はおぞましい程の怒りで満ちており、王国人に対する憎悪が双眼鏡越しにでもハッキリと伝わった。
「彼らはこの戦争で故郷を焼かれ、住処を壊され、愛する者を失っている。恨み、怒り、憎しみ――――筆舌に尽くし難い激情は今も我々に向けられているのだよ」
トリガーに指を掛ける少佐。
バイポッドで安定された銃口は、風向きや重力を考慮しながら最適の位置で固定されていた。
「だからこそ、我々はやらねばならない。もしここで逃がせば間違いなく彼らは戦士――――最悪勇者となって王国軍の前に立ちはだかるだろう」
「......っ」
「万が一、それが杞憂で終わるものだとすれど一切の可能性を排除する――――それは道理ですらあるのだよ」
――――ドガァンッ――――!!!
大砲のような爆音がウォストロードに響き渡る。
音速の実に3倍という速度で飛翔した14.5ミリ弾は、障壁を展開しようとしていた魔導士を撃ち抜いた。
「命中、次、屋根上の魔導士」
空薬莢が吐き出されると、すぐさま少佐は袋から次弾を取り出し装填した。
さらに轟音が走る。
「次、避難誘導中の魔導士。図書館の前」
――――ドガァンッ――――!!!
まるで産業機械のごとく、淡々と敵の魔導士を狙撃していく。
800メートルは離れているこの距離、スコープ無しでラインメタル少佐の放った弾はなんと全弾が命中していた。
「レーヴァテインリーダーよりCP、敵魔導士排除。砲撃開始されたし」
《こちらCP、了解した。第101砲兵軍団が射撃を開始する。貴隊はそのまま離脱せよ》
「了解」
手早く撤収の用意を完了した少佐へ、砲撃音をバックに再び通信が入った。
《すまないレーヴァテインリーダー、参謀本部より大至急の命令だ》
「内容は?」
《すまないが魔導通信では話せない、西方軍司令部へ戻ったのち、王都まで帰還せよ》
「了解した、掃討を任せる」
《はい、敵魔導士の排除に感謝します。勇者殿》
対戦車ライフルを担いだラインメタル少佐の後ろ――――避難民の列へ榴弾砲が着弾して爆発が起きる。
元勇者は、散歩を終えたような表情で自身の指揮する大隊のところへと戻っていった。