第145話 セリカの葛藤
――――ウォストピア領内 ウォストロード。
王国軍によって市街の3分の2が制圧された。
今はもう掃討戦に移行しており、周囲からはまだ散発的に銃声が聞こえる。
そんな中、ひとまず制圧と片付けを済ませた広場で俺たちレーヴァテイン大隊は夕食を取っていた。
「ふぅ......、疲れた」
戦闘糧食と簡易なスープを胃に収める。
さすがに激戦続き、しかも銃を相手にしたのだから結構こたえた。
周りの兵士たちにも疲労の色が見える。
「なんつーか、ちょっと食欲不振だ......」
たき火の明かりが廃墟となった広場を照らす。
実戦にはいい加減慣れたつもりだったが、こうも激しい市街戦だと精神的にも疲れるのだ。
「だらしないッスね〜エルドさんは、これくらいで参ってちゃってたらこの先戦えませんよ〜?」
同じくスープをコップに入れたセリカが、俺をからかってくる。
「うっせ、お前こそどうなんだよ」
「わたしはエルドさんと違ってちゃんと訓練しましたからね〜、亜人を何体射殺しようが全然平気です」
平時であればそら恐ろしいセリフと共に、グイッとスープを一気飲みするセリカ。
俺が参ってるってのに相変わらず凄いな、正直スープすら喉を通らんのに。
「フッフーン、これが先輩の余裕ってやつですよ。じゃあわたしは向こうで涼んできますからまた後で」
それだけ言い残すと、彼女はいそいそと物陰へ行ってしまった。
......俺も頑張らないとな。
◆
広場から歩いて数分。
ある建物の壁際で、茶髪の綺麗な兵士は嗚咽を上げていた......。
「ゲホッ......! はあ......はぁっ......」
荒んだ石畳には、彼女がさっき一気飲みしたはずのスープが広がっていた。
「くぅっ......!」
まだ口端から唾液を垂らした少女は、可愛げのある顔を涙で歪ませながらゆっくりと上げる。
「先輩風吹かせるなんて慣れないことをするからだ、セリカ・スチュアート1士。今後は無理に飲まないよう気をつけたまえ」
いきなり話しかけられ、驚いたセリカは横を向く。
そこには、夜の闇へ紛れるようにして、上官であるラインメタル少佐が壁へもたれかかっていたのだ。
さすがに元勇者、セリカに気配すら悟られないようずっと見守っていたらしい。
「......お見苦しいところをお見せしました、あれくらい全然いけると思ったんですが。申し訳ありません」
「謝ることなんてない――――当然の反応だ、むしろ僕やエルドくんの方が異常と言って良い。さすがの君も市街戦にはこたえたということだよ」
「ッ......」
歯ぎしりするセリカへ、ラインメタル少佐は続けた。
「抵抗があったのだろう? 民間人を焼き払うことが......」
「ッ......! わたしは人間だって躊躇なく殺せます、その証拠に――――出会ったばかりの学生だったエルドさんにもわたしは銃を撃っています......!」
「でも"まだ"殺したことはなかった、魔族や亜人の戦士を殺したことはあるも民間人は初めてのはずだ。真面目な君は亜人とはいえ市民を攻撃することを無意識に拒絶している――――違うかい?」
セリカは黙り込む。
彼女も訓練された軍人とはいえ、実際はまだ15歳の幼気な少女。
撃っている間こそアドレナリンで忘れられるが、軍人以外を撃つという行為をたやすくできるほど強くはない。
それこそ、すぐそばに立つ悪魔のような元勇者とは違うのだ。
「でもまぁ......、人間はどんな環境にだって順応する生き物だ。セリカくんならいずれ克服できるだろう。それまでは僕ら大人を頼ってくれればいい」
「はぁ......、少佐がそう言うならそうさせてもらいますよ。どうもわたしにはまだ銃の引き金が重いようです」
「ハッハッハッ! 素直で結構! 戦争というキモい生物はこれからさらにキモく成長するだろう、まだまだ急ぐことなんてない」
高笑いした少佐は、傍に立て掛けていた"対戦車ライフル"を掴んだ。
「子供は休んでいたまえ、ウォストロードへのトドメは僕ら大人の仕事だ」
頬を吊り上げた少佐の瞳は、金色に輝いていた。