第138話 風神と炎神
モンスターは悪魔のような顔を歪ませた。
吹き荒ぶ風が森を駆け回り、上空の雲をかきまわす。
もう勝ちを確信していた白色のモンスターは、その力を――――自分を一転窮地へ陥れようとしている人間を据えていた。
「賭けは――――――わたしの勝ちみたいね」
ヨロヨロと立ち上がり、ゆっくりとまぶたを開けるオオミナト。
そこにある彼女の瞳は民族特有の黒ではなく、"銀色"に染まっていた。
『レベル70習得スキル【風神の衣】』。
それは全ステータスの大幅向上、風属性魔法の大幅強化を持つユニークスキル。
発動時の魔力だけなら、おそらく王国軍にいる元勇者にすら匹敵するであろうものだった。
「ギュギュガアアアァ!!!!」
モンスターはすぐさま、生物的な本能――――恐怖から変貌したオオミナトへ電撃を撃ち放った。
魔導盾でも反射できるか怪しいそれを、オオミナトは風を絡めた左手のみで弾いてしまう。
「ほら、フィオーレもさっきまでの戦いでレベルアップしてるんでしょ? さっさと発動しちゃいなさい」
落ち着いた言動。
もはや、モンスターなど眼中にないという様子であった。
「はいはい......、わかったわよ」
泥だらけの金髪を払い、痺れる体を起こしたフィオーレは雨をも蒸発させる勢いで炎を纏う。
『レベル70習得スキル【炎神の衣】』が発動したのだ。
オオミナトが銀色なのに対し、フィオーレの瞳は紅眼になっていた。
「ガアアアアアアァァァァァァッ!!!!」
翼を広げ、2人へ突っ込むモンスター。
これ以上の放置は死を意味するも同然、この進化を許してはいけないという警鐘からまずオオミナトへ殴りかかった。
結論から言うと、その雷を纏った拳はなにもない空間をただ切った。
その代わりに、オオミナトの蹴りが真後ろからモンスターの首を直撃していたのだ。
「ガギュ......ごガッ!?」
いつの間に回り込んだ!? そう考える間もなくモンスターは衝撃を感じた。
「はあああ―――――――――――――!!!!!」
凄まじい猛攻をモンスターの背中に叩き込むオオミナト。
風を纏った彼女の動きは俊敏という言葉を超えており、あっという間に連撃は100を超えた。
「さっきの――――お返しだぁッ!!」
パワーアップした『ウインド・インパクト』でモンスターが吹き飛ぶ。
そして、飛んでいった先にはオオミナトと同様......覚醒したフィオーレが待ち構えていた。
「雨なんて関係ない......、女の怒りを思い知れえッ!!」
強烈なアッパーがモンスターのみぞおちへめり込む。
もちろんそれはただの物理攻撃ではない、拳から吹き出た炎はやがて膨れ上がった。
「『ブレイヴ・ヘルファイア』!!」
周辺の水分が吹き飛ぶほどの爆発で、モンスターは宙高くへ殴り飛ばされる。
だが、さすがに魔法耐性持ち......すぐさま空中で翼を翻して姿勢制御していた。
「フィオーレ! いくらパワーアップしたとしても今までの魔法じゃアイツは倒せない!」
「わかってる! でもどうするのよ!」
空中で魔力を増大させるモンスター。
雷を何発も身体にぶつけ、ドンドン力を膨れ上がらせているのだ。
「あの化け物を倒すには――――――これしかない」
向けられる銀色の瞳。
突き出されたのは左手の拳。
「まさか......合体魔法!? 今まで1度も成功してないじゃない!」
「でももうこれしかない、次来る一撃を跳ね返してアイツを倒すには!」
雷球とも言うべき魔力の塊を具現化するモンスター。
時間はもうない。
「あぁもうわかったわよ!! ダメだったら仲良く死亡ね!」
オオミナトの拳と10センチほど間隔を開けて、右手の拳を合わせるフィオーレ。
「よしキタ! なんにも心配しなくていいよフィオーレ! これは絶対成功するから!」
「根拠ないわね、理由は?」
「異世界転生テンプレ通りなら絶対あるはずの――――主人公補正! これに賭ける!」
いつかロンドニアでも口にした台詞を叫ぶオオミナト。
2人の拳の間に、風に覆われた高密度の火炎魔法が生まれる。
「もっと......! もっと高めて!!」
【風神の衣】と【炎神の衣】を発動した者同士による合体魔法は、フィオーレの聞く限り実例などない。
これから放たれるは、歴史に残る1撃。
大砲火力が覇権を握りつつある時代で叫ぶ、魔法攻撃による最後の意地。
ファンタジーに恋い焦がれた日本人と、生粋の魔導士が紡ぐ最大最強の一撃――――――
「ガアアアアアアァァァァァァッ!!!!」
正面から落下してくる雷球へ、2人は同時に合わせていた拳を前へ突き出した。
「「風炎魔法――――『カオス・エクスプロージョン』!!!」」
生まれたエネルギーは破壊の奔流。
爆発的に生まれた巨大な魔法攻撃は雷球を打ち消し、モンスターへ直撃した。
「――――#$%%$@%#####――――ッ!!!???」
人間の耳では聞き取れないような断末魔と共に、モンスターは消滅。
2人の合体魔法は曇天を突き破り、ロンドニア周辺にいたるまでにあった全ての雲を消滅させてしまった。
さらにその魔力は王都にある王国軍の魔導レーダーサイト施設にもくっきりと表示され、留守番中だったレーヴァテイン2個中隊に出動待機命令が下るほどのものだった。
「はあぁ〜っ! 疲れたー!!」
晴れわたる蒼空と太陽の下で、オオミナトとフィオーレは再び泥の上へ倒れ込んだ。
「なんとか......、なったわね」
銀色だった目が、日本人らしい黒色へと戻る。
「でも今回の敵......一体なんだったんだろ?」
フィオーレも同様に【炎神の衣】を解除していた。
「さあね......、とりあえず帰ったら王国軍に伝えようと思う」
もし作戦がうまくいっていたなら、ウォストブレイドの魔甲障壁も破壊されている頃だ。
彼らが帰ってきたら、まずはラインメタル少佐に報告しなきゃとオオミナトは心にメモする。
「まぁ今は......ちょっと休もう。フィオーレ」
「......賛成」
オオミナトの見立て通り、同時刻にエルドたち王国軍はウォストブレイド司令部要塞を攻略。
ウォールブレイク作戦の第1段階が成功していた。
そして、今回遭遇したモンスターについては速やかにラインメタル少佐へと報告された。
久しぶりのファンタジー描写は書いてて楽しいです!
これからまた銃や兵器メインの総力戦シーンに戻っていくので、箸休めにはちょうど良かったのではないでしょうか?