第134話 祈りと恩寵と勇者の力
――――ウォストピア首都 ウォストセントラル。
賑わう中央から離れた郊外にあるこの教会で、1人の少女が両手を合わせ、膝をついていた。
礼拝堂で祈っている彼女は、猫のような耳を生やした猫獣人であった。
「あぁ......、なぜ、なぜなのですか......!!」
怨嗟のこもった祈りをただひたすらに、サーニャ・ジルコニアは女神アルナの像へぶつける。
ウォストブレイド陥落。
それに伴って彼女の兄、モルド・ジルコニアの死亡を魔王軍より通達されたサーニャは、気がつけばこの教会に足を運んでいたのだ。
「......ッ!」
大好きだった兄が死んだ、帰ってくると信じていた家族が死んだ。
自分の祈りはなんだったんだと、全く意味のない――――物理的干渉も生まない気休め以下の自慰行為だったのかと。
涙が頬を伝う。
もういない、もう会えないのだと心の中で現実が不条理を突き付けてくる。
もし祈る場所が――――こうして祈れる場所がなければ、彼女の自我はとっくに崩壊していただろう。
宗教とは、全てを失った者に残る最後の心のセーフティネットなのだ。
本来それはなんの物理的干渉も生まない、......はずだった。
「もう......戻って来ないんだ、兄さんはもう......!!」
真っ白なワンピースが汚れてもお構いなしで床に膝をつける。
優しかった兄さん、頼もしかった兄さん。
幼少よりずっと面倒を見てくれ、両親亡きサーニャにとっては最後の家族だった。
しかし、その血の絆は戦争という化け物。国家という魔王によって断ち切られてしまった。
ウォストブレイドを襲った悪魔のような勇者パーティーへ、サーニャは剥き出しの殺意を放つ。
「あぁ......主よ......」
奴らはきっと首都まで来る、いずれは戦火を交えるだろう。
だからこそ、サーニャは祈らずには――――強く果てしなく願わずにはいられなかった。
「どうか主よ、強大なる悪魔を倒す力を.....、烈火のごとき邪悪を払う力を――――」
ガラスから日が差し、サーニャの亜麻色の長い髪を照らす。
兄を屠った王国軍、忌むべき勇者パーティーはこの世から殲滅しなくてはならない。
そう、奴らこそ"殲滅すべき悪の権化"なのだ。
「遥か道の果て――――灼熱の大地より来たれん、あぁ主よ......この幼き身に、この小さき身に――――」
――――なにかが見つめたのだろう。
――――なにかが見定めたのだろう。
――――なにかが決めたのだろう。
――――なにかが与えたのだろう......。
「どうか恩寵を......与えたまえ!」
見開いたサーニャの両目が"濃い金色"に輝いたことを、彼女自身はまだ気づいていなかった......。