第127話 VS勇者モドキ
魔法杖を持って現れたのは、王国が誇る勇者――――我々の敬愛すべき上官だった。
「少佐!」
「待たせたね、始めようか――――獣狩りを」
魔法陣が出現する。
まさかあの人魔法まで使えるのか!? セリカの言ったとおりたかが亜人500体では相手にすらならなかったらしい。
中庭に転がる大量の亜人がそれを物語っていた。
「吹き飛べ――――『イグニス・フレシェットランス』」
すぐさま射線から退避。
直後、炎でできた槍の暴風が吹き荒れた。
「ぐおおおっ......!! があぁぁぁぁああああ!!!!?」
圧倒的とも言える上位魔法にズタズタにされる金眼の亜人。
散々銃撃を耐えられたがこれならと期待を抱く。
「む?」
傍から見ても手応えはあったはず......、だがなぜだ。焼き焦げた亜人は全く倒れない。
それどころかどころか1歩2歩と進み出したではないか。
「勇者......、そうか、貴様が勇者か!! 他種族を蹴落とし英雄になった残忍なクソ野郎! 典型的な人間のクズめ!!」
「おやおやひどい言われようだ、僕はただ世のため"人のため"尽くしただけだよ。貴様ら亜人の無力を僕のせいにしてくれるな」
「黙れぇッ!!!」
もうとっくに死んでてもおかしくない亜人は一気に跳躍すると、少佐へ襲いかかった。
「ほぅ......その金色の目、君も選ばれたというわけか」
アッサリと攻撃を避けたラインメタル少佐は、見事な動きで身を翻す。
「ハッハッハッ! クソッタレの"悪の権化"め、こんな死にぞこないに猶予を与えるとは相当焦っているらしいな!!」
セリカでさえ避けきれなかったパンチを全てかわすと、亜人を蹴り飛ばすことで距離を取る。
「はあッ!!」
吹き荒ぶ莫大な魔力。
見紛うはずもなし、少佐が『勇者モード』を最大出力で発動したのだ。
金色の瞳がギッと睨めつける。
「ならば応えよう! 我々人間の――――覇権動物としての強さでもってな!!」
「ゔるあああああぁぁぁああああぁぁぁッ!!!」
叫んだ亜人は、しかし次の瞬間殴り飛ばされた。
目で追うのが困難な速度で、少佐が1発ぶちかましたらしい。
「エルドくん、僕とツーマンセルを組め! 思ったより相手はタフだぞ!」
「了解!!」
『身体能力強化』を最大で発動。
早くも体勢を立て直しつつある亜人へ、アサルトライフルを撃ち放った。
「クソがッ!」
悲しきかな、貴重な弾は高速移動する敵にまるで当たらない。
こんな亜人を普通などと思うのならば、それはよっぽどの鈍感野郎だ。
「少佐、ヤツの目の色......」
「あぁ、間違いない。あれは僕の――――『勇者の力』とほぼ同じだ」
「バカなっ!」
思わず声を荒らげる。
勇者が同時に2人、それも亜人の勇者だと!?
なにかの間違いだと信じたかった。
弾切れのアサルトライフルを捨て、9ミリ拳銃へ切り替える。
「僕も疑いたいよ、でも現にヤツは傀儡と成り果てた。我々も覚悟を決めねばなるまい」
「なんの傀儡かはわかりませんが、了解です」
「そのうちわかるさ――――――来るぞッ!!」
一気に肉薄してくる亜人を、前に出た少佐が魔法杖で受けとめた。
「ウオアァァアアアアアアアアアアアッ!!!!」
「チッ!」
バカみたいな力で魔法杖が叩き折られる。
だがそれすら見越していたのだろう、少佐はすぐさま足元に転がっていた亜人の死体――――その手が握っていた剣を拾って防御した。
「剣なんて久しぶりだね、懐かしいよ!」
再び攻撃を弾く。
俺は掩護として走り込みながら拳銃を連射、亜人へ3発が命中した。
このスキを最大限活かす!!
さっきセリカがやられたお返しも含めて、俺は亜人を素手でぶん殴った。
彼女の分をキッチリ7発叩きつけて、再び距離を取る。
「良いガッツだエルドくん!!!」
最高と言わんばかりの笑みでラインメタル少佐が左手の拳銃を発射。
「ぐおっ......がぁッ!!」
8発が命中、それでもまだ動いてやがるのか......。
2人して拳銃のマガジンを入れ替えるが、こちらも残弾は残り少ない。
「俺は......おれは......、あいつを――――――守るんだあああぁぁぁあああああああっっ!!!」
金眼の亜人から熱波のような魔力が放出される。
こいつ......! まだなにかやるつもりかよ!
「グオアアアアアァァァアアアアアア!!!!」
瞳が一瞬まばゆく光ったと思った瞬間、極太の魔力砲が俺たち目掛けて撃ち出された。
「エルドくん!!」
「はッ!!」
『身体能力強化』を切って魔甲障壁を展開。
今までの戦いに比べても重すぎるそれは、俺を防御魔法ごとジリジリと押し出した。
「いや......ヤバいです少佐! このままじゃ押し負けます!!」
「そう言われてもね〜、ここはちょっち頑張ってくれたまえ」
「あーもう! やっぱ国営ブラックですね! 給料はちゃんと貰いますからね!!」
「我々は国家の犬だよエルドくん、危険手当なんて500スフィア出ればいいところだ」
呑気過ぎるだろこの勇者!
いやヤバいマジでヤバい、こんな高出力の魔力砲を受け切るなど不可能。
さすがに終わったかと諦めかけた刹那、空になにか光が見えた。
「ぐおぁッ!!?」
直後、亜人が高速で降り注いだ氷の槍に貫かれたのだ。
「えっ?」
魔力砲が途絶え、俺たちの身動きも自由になる。
亜人を襲った氷はまるで証拠があると困るかのように消え去り、その場には亜人だけが崩れ落ちていた。
「なんだ、結局助けてくれたじゃないか――――アルミナくんもツンデレだねぇ」
1人つぶやくと、少佐はゆっくり歩き出した。
「まだ......だ――――ぐぁあッ!?」
響く銃声。
ふと見れば、動こうとした亜人を隅で座り込んでいたセリカが拳銃で撃ち抜いていた。
「終わりだよ、勇者のなりそこないめ。猶予は尽きた」
拳銃を頭へ突き付ける少佐。
「君が出来損ないで助かったよ、もし本当に勇者の力が目覚めていたらこうはいかなかった。神様に感謝しないとね」
「行かせて......なるものか、ウォストピアには絶対に行かせない......!」
「残念ながらもう遅い、湧き上がった世論は君たちの殲滅を望んでいる。これは神聖な騎士同士の決闘ではない――――――」
――――ダァンッ――――!!!
眉間を貫かれた亜人はとうとう倒れ伏し、金色だった瞳が灰色へ戻る。
「国家による総力戦だ。そこに騎士道や人情、妥協などというものは一切ない。全てが戦争のため動く歯車に過ぎんのだよ」
振り返った少佐は、セリカに肩を貸す俺のところへ戻ってきた。
「危なかったですね......」
「あぁ、まさか金色の瞳を持つ者が現れるとは。まぁ......さすがに勇者の力を宿したヤツはもう現れないだろうがね」
遠くで武器庫が爆発したのだろう、凄まじい音と風が吹き荒れた。
追手を警戒しつつ、勇者の力を持った亜人を倒した俺たちは仲間の待つ砲台陣地へと向かった。