第126話 質の悪い操り人形
「第3小隊より通信! 武器庫爆破5分前!!」
ヘッケラー大尉が叫ぶ。
とりあえず中庭まで抜けた、あちこちに少佐が倒したであろう亜人が転がる中を俺たちは走っていた。
あとはこのまま砲台陣地まで行けば、もう一度召喚魔法によって王都に戻れる。
このまま何事もなく終わりそうだなと思った矢先、背中にゾッとするものが走った。
思わず半長靴の裏でブレーキを掛け、振り返る。
不思議に思ったのか、俺の代わりに汎用機関銃を持ったセリカが近寄ってきた。
「どうしましたエルドさん?」
「わからん、なにか妙なものが近づいてる。バカみたいな魔力だ」
「追いつかれそうですか?」
「ほぼ確実にな、砲台陣地を再制圧するまでの足止めがいるだろう......」
すると、なんとまぁ仕事の早いことか。
セリカは通信をヘッケラー大尉に繋ぐと速やかにやり取りを完了していた。
「わたしとエルドさんに殿を頼みたいようッス」
「大尉め......さっきといい今回といい、俺だけ給料分以上の仕事を割り振られてる気がするぞ」
「王国軍は国営ブラックですよ、もう忘れましたか?」
「忘れたかったよ、ほら――――――お出ましだぜ」
アサルトライフルを構える。
中庭に現れたのは1人の亜人、武装はなし......おかしいのは魔力量くらいか。
この場での躊躇は即死に繋がる、俺は考えつつも引き金を絞った――――――
「なっ!?」
飛翔した弾丸が飛んだ先に、亜人はいなかった。
バカな、いったいどこへ......!
後ろを向いた俺の視界に拳が映る。
振りかぶった亜人が、どうやったのか真後ろから俺を殴りつけようとしていたのだ。
「クッソがッ!!!」
もはや反射で『身体能力強化』を発動、こちらも猛スピードで距離を置いた。
っつかあの一瞬で回り込んできたってのか!?
攻撃を外した亜人の瞳は、薄い金色を宿していた。
どうやら今までの亜人とは違うらしい。
「このッ!!」
同じく距離を詰められたセリカが、汎用機関銃で応戦。
すると、ヤツは目で捉えるのが困難な速度で射線をくぐり抜けセリカへ肉薄した。
「しまっ......!!」
彼女の持っていた機関銃が、蹴り技で遠くに弾き飛ばされる。
銃をなくしたセリカはすぐさまナイフに切り替えると、近接戦闘へ移行した。
「はああっ!!」
彼女だって元近接職の冒険者、接近戦でも亜人に引けを取らないはず......。
「このっ! だああッ!!」
いや訂正、全て避けられている。
銃で掩護したいがあんなに近いと誤射しかねない、見守るしかなかった。
突っ込もうにも、ナイフを振り回すセリカの間合いに入れば邪魔にしかならない。
俺が逡巡している間に亜人が動く。
「えっ......!」
そこらの冒険者、並の兵士より強いはずのセリカの攻撃は全て避けられた。
熱くなって大振りになってしまったナイフは宙を切り、亜人は拳をグッと握っていた。
「避けろ! セリカ!!」
叫ぶも遅く、彼女の脇腹に亜人のパンチがめり込んだ。
「ぐッ......あぁっ!!?」
ナイフを落とし、数歩後ずさるセリカ。
もう考えてなどいられない、『身体能力強化』の出力を最大まで上げると俺は地を蹴った。
「離れやがれぇッ!!!」
真横まで詰めて全力の蹴りを放つ、攻撃直後でスキがあったのか命中し、亜人は吹っ飛んだ。
「大丈夫かセリカ!?」
思わず駆け寄る。
「ガッハ! ......、ぐぅっ......」
膝をついた彼女は少量の血を吐くと、苦しそうに顔を上げた。
かなりダメージを負っているようで、俺の補助でなんとか立ち上がれる状態だった。
「しっかりしろ、あいつの1撃......そんなに重かったのか?」
「1発じゃないです......」
「なに?」
「ほぼ見えない速さで7発叩き込まれました、傍目には1発にしか見えませんが......」
「そりゃ反則級だな......、どんだけ身体能力強化してんだか」
足もガクガクのセリカを座らせる。
ポケットからハンカチを取り出すと、俺は彼女の口元に付いた血を拭ってやった。
「すみませんエルドさん......」
「気にすんな、とりあえず休んでろ」
俺は起き上がってきた亜人と正対すると、アサルトライフルのコッキングレバーを少し引いて初弾が入っているかを確認する。
激しい動きをすると勝手にレバーが引かれて初弾がない、なんてこともたまにあるからだ。
「あいつの相手は俺がする、いや――――俺だけで十分だ!!」
今こいつを砲台陣地へ向かわせるわけにはいかない、俺は再びアサルトライフルを撃ち放った。
当然ながら全て避けられる、ならこれはどうだ!
「『誘導』!!」
弾の軌道がほぼ直角に曲がり、数発が命中した。
それでも相手は速度を緩めず俺へ接近してくる。
化け物かよ、なら次はこれだ。
「『炸裂魔法付与』!!」
亜人ではなくその足元に銃弾をばら撒く。
中庭の地面がえぐられ、爆発で巻き上がった土ぼこりがヤツの視界と突進を遮る。
「『貫通魔法付与』」
間断なくエンチャントした弾丸を撃ち込んだ。
煙で見えないがそこにいるのは間違いないので、ひたすらに制圧射撃。
すぐさま弾倉チェンジを行い、コッキングレバーを引いた。
「どうだ......!!」
ありったけの火力を撃ち込んでみたが果たして......。
「.....は! マジかよ」
思わず呆れ笑いが出る。
煙の奥にはいまだに金色の光が見えたのだ。
「妹を......、貴様らには殺らせないッ!」
亜人が吠える。
さらに魔力上げるつもりかよ......、再び銃を構えた俺へ亜人が突撃――――――しようとした瞬間だった。
「家族想いで大変結構だ亜人くん、しかし我々には任務が残っていてね。これ以上の邪魔は控えてもらえるかい?」
亜人が振り向く。
そこには、同じく瞳を金色に輝かせた我らが大隊長の姿があった。
「少佐!」
「待たせたね2人共、そこの操り人形にお灸をすえるとしようか」
手に魔法杖を持った少佐が魔力を込めた。