第118話 勇者ジーク・ラインメタル
倫理と正義に溢れた勇者様の回です
ウォストブレイド司令部要塞の中庭で、侵入者を排除すべく出動した亜人たちはたった1人の男を取り囲んでいた。
「慌てるな! いくら魔王を倒した勇者とてたった1人! 部隊から孤立した今こそがチャンスだ!!」
500は軽く超えているだろうそれらは、ほぼ丸腰で佇むジーク・ラインメタル少佐を睨みつける。
「ご立派な城に良い兵士――――ウォストピアも案外恵まれてるじゃないか」
見渡すと、高台のバリスタが装填を終えて少佐を据えていた。
「投降しろ勇者! 貴様らにこのウォストブレイドは陥落させられん! おとなしく両手を上げて膝をつけ!!」
「ん〜......投降ね、さっきから君たちはなにか勘違いしていないかい?」
「なんだと?」
「お前達はネーデル陸戦条約の対象外だ、私に投降を促す前にやることがあるだろう?」
なにをと反論しようとした亜人は次の瞬間、物理的に黙らされた。
「グブオッ!!?」
まばたきというたった一瞬の間で、ラインメタル少佐はさっきまで投降を促していた亜人の顔面へ拳を叩き込んでいたのだ。
「残虐な殺され方をされないよう祈るんだよ。投降を促すとは人間のマネごとかい? 捕虜になる権利すらない獣共がいい身分だな」
少佐はアサルトライフルはもちろん、魔法を弾く魔導盾も部下に渡してしまったので正真正銘の素手。
だが、勇者モードを最大出力で発揮した少佐の速度は亜人族の『超攻撃型戦闘形態』を遥かに上回っていた。
「ゴブオァッ!!??」
続いて膝蹴りが顔面へめり込む。
骨ごと粉砕するそれを打ち込んだ少佐は、空中でそのまま回し蹴りを繰り出した。
「あがぁッ!!」
軍用の黒い半長靴で亜人をそのまま敵集団へぶっ飛ばすと、すぐさま後方の黒魔導士へ肉薄。
「なッ――――――」
後頭部をわしづかみにすると、叫ぶまもなく顔を地面へ叩きつけた。
「ハッハッ!!」
「このっ! くらえぇ!!!」
バリスタが放たれる。
黒魔導士の頭が潰れるグチャリというえげつない音がした直後、少佐はすぐさま姿勢を変えた。
「ぬうんッ!!!」
高速で放たれたバリスタの矢は、なんとこれまた少佐に"素手"でガッチリと掴まれた。
正面からこの速度の物体を見切るなど、もはや人間業という領域ではない。
「ほぉ......プレゼントかい? だがウォストピア製に興味はないんだ、お返しするよ」
「この悪魔がぁッ!!!」
それが、バリスタ砲手の残した最後の言葉だった。
高台に向かって投擲された矢は、バリスタの土台ごと亜人を貫通。
奥の尖塔へ突き刺さった。
「全員掛かれぇッ!! 身体能力では我々に決して敵わぬと教えるぞ!!」
「残虐な勇者め! 俺たちがここで悲劇を終わらせてやるッ!!」
もうどっちが正義の味方かわかりません。
いや、もう正義や騎士精神などは塹壕の死体となって消えたのでしょう。
「フッ、クハハハ! ハッハッハッハッハッ!!!」
少佐は足元に転がっていた魔法杖を奪い取ると、すぐさま足元に倒れる黒魔導士へ『炸裂魔法』を1発。
絶命を確認する時間すら惜しいばかりに棒術のような動きで切り返すと、『高出力ファイアボール』をさらに3連射で真横の亜人群へ発射した。
「アグアアアァァァァッ!!!! 熱いっ! 熱いいいいいッ!!!」
突撃を敢行しようとした集団が爆炎に包まれた。
それだけでは終わらない。倒れる黒魔導士の首元には、おそらく愛人から貰ったであろうペンダントが下げられていたのだ。
「ハッハッハッハッ!!!」
無理矢理引きちぎると、少佐は握りしめたペンダントへ魔力を送り込んだ。
「『炸裂魔法付与』!」
思い出の詰まったであろうペンダントは、先ほどのファイアボールで燃えていた集団へコツンと当たった直後――――――爆発した。
この場に常識人がいれば、とんでもないゲス野郎と叫ばれた行為でしょう。
「ふむ、久しぶりに魔法を使ってみたが、どうやら鈍ってはいないらしい......」
亜人たちは動けないでいた。
ラインメタル少佐の、勇者の圧倒的な強さはもちろんだが別の理由もあった。
「なっ、なぜアイツは炸裂魔法と火炎魔法の"2つ"を使えるんだ......!?」
魔法とは、通常紋章の示す1属性しか使えない。
炎なら炎だけ、炸裂属性なら炸裂魔法だけと決まっているのだ。
それなのに、目の前の勇者は当たり前のように複数属性を繰り出した。
「死にゆく諸君らには冥土の土産も必要あるまい、強いて言うならば――――――」
周囲の気温が一気に下がっていく。
「私は勇者だからだ」
途端に白くなった息に困惑していると、彼らの眼前に無数の魔法陣が浮かび上がったのだ。
「せっかくだ、彼女の技も借りさせてもらおう」
少佐の背後に浮かぶ魔法陣は次々に"氷の槍"を生み出すと、空中で静止させていた。
「そんなっ......、その技は――――」
魔王軍に味方しているなら知らないはずはない。
繰り出された氷属性魔法は、彼らが畏怖する最高幹部の専用技だったからだ。
「ちょっと魔法を借りるよアルミナくん、最上位氷属性魔法――――『グラキエース・フレシェットランス』!!!」
それはロンドニアで吸血鬼アルミナが繰り出した技。
発射された無数の氷の槍は、囲んでいた亜人の実に半数を殲滅。
もちろんこれに終わらず、少佐はさらに魔力を奥底からたぎらせた。
「その顔だ! その顔が見たかった!! こちとら王都で散々退屈してたんだ! 貴様らは良いストレス解消"道具"だったと記憶しておこう!!!!」
中庭の気温がグンと上がる。
氷の槍を出していたさっきとは対照的に、真夏のようだった。
現れたのはこれまた無数の炎でできた槍。
「あっ......悪魔! 悪魔だぁッ!!! こいつは勇者なんかじゃない! 悪魔だ!!」
「お褒めの言葉と受け取っておこう――――――くらえ」
灼熱の槍が逃げ出す亜人たちへ指向した。
「最上位炎属性魔法――――『イグニス・フレシェットランス』!!!」
潰走する集団250を、あっという間に炎の槍が貫く。
奥の城壁ごと彼らを粉砕した少佐は、魔法杖をかつぐと1人悠々と歩き出した。
「久しぶりに魔力を使いすぎたな......、こうなるとやはりエルドくんのようなマナ無限の紋章が羨ましい。......ないものねだりだがね」
生命の音が消えた中庭で、9ミリ拳銃のスライドを引く音だけが響いた。