第117話 叡智の牙城
何回見直しても結構誤字はあるもんですね......(笑)
どなたかは存ぜませんが誤字報告助かりました
――――王国軍参謀本部。
設立以来、常に規律と厳正さを追い求め、歩く者はみな整然とした足取りで移動する。
壁には魔王を倒す勇者の絵画が飾られ、その威厳は他の施設とは比べものにならない。
まさに人類の叡智の牙城といったここで、参謀次長は時計を見つめていた。
「突入開始から20分......、そろそろアイツが暴れ始める頃か」
ポツリとつぶやかれたそれに、同じ部屋で計画書を見直していた参謀将校が反応する。
「閣下、アイツとは......?」
「ん、君だって知ってるだろう。徹底的な合理主義の下で国家の奴隷となることを選んだ英雄だよ。――――――それより大佐、ウォールブレイク作戦第2段階の準備はできてるかね?」
えらく迂遠な言い回しの後、参謀次長は目の前の仕事に取り掛かった。
「現在、【ウォストブレイド国境大要塞】の前面に新鋭の1個機甲師団、および3個戦闘団、並びに第1ワイバーン航空師団と第7、第11爆撃航空艦隊が展開中。レーヴァテイン大隊による障壁無力化を確認した後、突っ込ませます」
「よし、鉄道課連中も相当頑張ってくれているようだな」
【旧エルフの平原】を兵站拠点とした王国軍は、魔王軍が使っていた主要交通路を使って補給を行っていた。
【旧エルフの森】をデポ(物資を後方で受け止めて整理する場所)とし、鉄道まで延伸しての大規模なものである。
「どんな部隊とて補給がなくては動けん、そういう点で【ウォストブレイド国境大要塞】は戦略拠点となりうる」
「ウォストピアの主要な鉄道線、その全てがウォストブレイドに集まっていますからね......」
ワイバーンの偵察で、ウォストブレイド要塞にはウォストピア国内あらゆる場所まで続く線路が確認された。
これは、ウォストピアを占領する上でこの先欠かせないものだった。
「それと、"例の兵器"はもう前線に到着したのかね?」
「先日までになんとか12両を輸送しました、65トンと非常に重い上にまだ列車が魔王領奥地まで伸びてませんからね......奇跡的でした」
「88ミリ砲を使う7型戦車の車体を流用したんだったか? どっちにしろ今回の要塞戦に間に合って良かった」
王国軍はウォストブレイドを守る3枚の壁と防御陣地を粉砕すべく、ある兵器を試作段階ながらも投入しようとしていた。
そしてそれは、後にウォストピアにとって悪夢と称されるものであった。
「まぁ、レーヴァテイン大隊が障壁を無力化できなければ長期戦も予想されますが......」
「おいおい大佐、君はなにを言ってるんだね?」
さぞかし不思議そうな目で見る参謀次長は、緊張しているのであろう大佐を前に葉巻を燻らせた。
「倫理も善の価値観も全て捨て去った、あのトチ狂った英雄が前線に行ったんだ......たとえ神であっても止められんよ」
「閣下、先ほどからおっしゃっているその方はもしや......レーヴァテイン大隊長、元勇者のジーク・ラインメタル少佐のことでしょうか?」
「それ以外あるかね?」
参謀次長は紫煙を吐き出す。
「あの男は特殊だ。勇者単体として好きに生きれば良かったものを、わざわざ軍に入って国家に隷属したのだからな」
「どういうことです?」
「少佐は勇者である自分すら1つのユニット、カードとして使うほどの国家の誕生を望んだのだよ」
「勇者1人でも十分なところを、国家という近代の魔王の腕となることを選んだと......?」
「そういうことだ、もちろん目的はあるだろうがね」
2本目の葉巻に手を出す参謀次長。
「そういえば最近、ある若者が話題になっていたな。なんでも魔力が無限の面白い魔導士らしい」
「エルド・フォルティス2等騎士ですか? 彼の噂は参謀本部でもよく聞きます。なんでも最高幹部級の敵を2度も倒したとか......」
トロイメライでデスウイングに致命打を与え、吸血鬼エルミナを単独で倒したエルドもまた、ラインメタル少佐に負けじと参謀本部――――引いては軍上層部にまで名を轟かせていた(本人は知る由もないが......)。
「ラインメタル少佐を始め、ロンドニア駐屯地やトロイメライ駐屯地の連隊長クラスからも連名で人事局に勲章授与の申請がきているらしい。ウォールブレイク作戦が終わったら『蒼玉銀剣章』が受勲されるだろうな」
「驚きました......、勇者パーティー以外に"蒼玉"の勲章を与えられる者がいるとは......」
"蒼玉"とは、いわば王国において別格を意味するもの。
魔王軍最高幹部級を単独、または少数で危険をかえりみず倒した者だけがこれを与えられるのだ。
そういう意味で、エルドは最高幹部エルミナをも単独で倒しているので条件は満たしていた。
そこに元勇者や連隊長クラスの推しである、授与はほぼ確実であった。
「『狂った勇者』に『蒼玉候補の魔導士』......、レーヴァテイン大隊を相手する亜人共がつくづく気の毒だよ」
2本目の葉巻を堪能しながら、参謀次長は天井を見上げて言った。