第112話 サーニャの祈り
――――亜人国首都 ウォストセントラル。
魔王軍に編入されたこの国は、戦士たちを魔王軍に吸収されることを引き換えに独立が保証されていた。
そこそこ大きな王城が建つ街の教会で、1人の猫獣人の少女が祈りを行っていた。
「あぁ......女神アルナ様、どうか我らウォストピアに......戦へ向かった兄にご加護をお与えください」
彼女の名はサーニャ。
着古した白のワンピースが似合う、頭に猫耳の生えた可憐な猫獣人の少女である。
ここは昔からサーニャのよく通っていた教会で、15歳の彼女は今日も信心深く祈りへやってきていたのだ。
「こんにちはサーニャ、今日も熱心だね」
この教会の神父を務める老齢の亜人が奥から出てくる。
彼はずっと昔からここの教会を管理しており、よく祈りにやってくるサーニャのことは人一倍理解していた。
「神父さん......、こんにちは」
「おや、元気がないね」
「はい、今日は戦のことでアルナ様にお祈りしようと......」
浮かない表情を見せたサーニャへ、神父は現在ウォストピアでもっとも盛り上がっている話題を思い出す。
「戦争とは......なんとも物騒なものだ、長続きしなければいいんじゃが......」
「えぇ......、戦争が早く終わってくれればきっと兄もすぐに帰ってこれます」
「兄?」
「はい、わたしの家系は代々戦士の家庭だったらしく、兄も戦いに赴きました」
サーニャは祈りを込めた両手をグッと合わせる。
大丈夫、きっと大丈夫だ。どんなに人間が凶暴でも女神アルナ様が守ってくださる。
わたしが祈った分だけ、兄を包む加護はきっと大きくなる......!
そう信じてやまなかった。
祈り続ける彼女へ、神父が近寄る。
「失礼ながらお兄さんはどこの部隊へ? まさか最前線かい?」
「いえ、兄の配属は【ウォストブレイド国境大要塞】です。あそこにはまだ王国軍が来ていないので、たぶん大丈夫です」
自信なく答えた。
それは開戦からここまで魔王軍がずっと敗走を続けており、つい先日は【旧エルフの平原】まで突破されたと噂で聞いたからだ。
もちろんそれはウォストピア政府によると真っ赤なウソで、なんの証拠も信憑性もないデマだと発表された。
それでも国境にまで敵が、あの勇者率いる王国軍が迫っているかと思うとサーニャは気が気でなかったのだ。
「【ウォストブレイド国境大要塞】か......あそこには魔導砲や優秀な戦士が多いと聞く、きっと大丈夫じゃ。なにより3つの巨大な壁と"魔甲障壁"が人間をウォストピアへ入れないよう防御している、必ず防げるだろう」
「ですが......」
「心配ないよサーニャ、君が戦いに巻き込まれないようお兄さんは戦士として任務に就いたんだ。信じてあげなさい」
神父の言葉にサーニャは若干の安心を覚える。
ウォストピアは無敵なんだ......、誇り高き亜人の戦士である兄なら必ず王国軍を追い返してくれるだろう。
自分がここで主への願いを唱え、アルナ様へ信仰を捧げれば王国首都の攻略すら一気にいけちゃうかもしれない。
そんな根拠も信憑性もないサーニャの安心の裏で、アルト・ストラトス王国は次の手を打っていた。
ウォストブレイド攻略作戦が発動したのは、皮肉にも彼女が祈りを捧げているこの瞬間だったのだ。




