第111話 旧エルフの平原撃滅戦
森の出口にあたる木影で、ルクレール大隊長は双眼鏡で目の前の平原を見つめていた。
そこにはワイバーン部隊の爆撃によって吹っ飛び、燃え上がる亜人部隊の姿がしっかりと映っていた。
さすがのルクレールも、まさか相手が戦列歩兵などという前時代的な隊列をしていたのは予想外であった。
当然ながら密集度の高い陣形は、王国軍の機関銃や砲撃、特にワイバーンの空襲を相手にすれば無力である。
「ワイバーン部隊の連中も驚いてるだろうな......、まさかああまで無防備とは」
「これでは航空部隊だけでどうにでもなりそうな気がしますな、大隊長」
「だな......上のワイバーン部隊に連絡しろ。掩護に感謝する、ここから先は本来の任務に戻られたし――――とな」
通信担当官が交信を行う。
「あいつらワイバーン部隊第2波の本当の仕事は、魔王軍後方拠点の爆撃だ。今のは寄り道ついでの空襲だろう。帰ったら1杯奢らねばな」
「では大隊長、露払いも終わりましたしそろそろ――――」
「うむ、始めるとしよう。情報によると第1亜人連隊だったか? ヤツらに一方的な戦闘というものを見せてやろうじゃねえか!!」
エンジンが一斉に起き上がり、黒煙を吐き出した。
「我々の時間だ!! 歩兵部隊は降車後すぐに戦闘用意! 第1〜第4戦車中隊は全速前進!!」
不可能と思われた森の強行突破を成功させた第1戦車大隊とその一同は、続々と森から飛び出した。
空襲で混乱状態にある亜人部隊へ、まず16両が火蓋を切った。
「目標! 正面亜人部隊! 弾種対榴! 撃てッ!!!」
空気を叩くような轟音の後、戦列部隊の中心に対戦車榴弾が直撃した。
適当なところで停車すると、各車両が射線のかぶらないよう射撃位置につく。
「よしっ! 降車急げ! ライフル小隊及び機関銃分隊は速やかに射撃を開始! 迫撃砲の設置急げ!!」
続々と兵員輸送車から降りた歩兵達は、戦車や輸送車の横で射撃を開始。
戦車に取り付けてある機関銃もガンナーが弾幕を張り始めた。
「ん? 敵の一部から莫大な魔力を探知! おそらく『超攻撃型戦闘形態』に変身したものと思われます!」
亜人は本気を出すときに、全身の筋肉を膨張させたり魔力を纏ったりすると報告されていた。
王都のアルナ教会でルシアを襲った亜人も、この形態だと考えられている。
こうなると拳銃弾程度では歯が立たなくなると、レーヴァテイン大隊から報告されていた。
「うおっ、アイツらすげぇスピードで突っ込んでくるぞ!!」
「主砲じゃ当たらん! 機関銃で薙ぎ倒せ!!!」
7.92ミリの弾丸が空気を裂きながら飛翔し、かわしきれなかった者からドンドン数を減らした。
さしもの亜人といえど、これほどの弾幕を張られれば小説の主人公のような突破は不可能。
戦士たちは機関銃部隊の前に呆気なく血をぶちまけた。
「敵変身部隊沈黙!」
「よーし、ではこれより前進し......うおっ!?」
戦車隊の少し前の地面がいきなり爆発したのだ。
この状態で誤射など考えられないと再び双眼鏡を手にしたルクレール大隊長は、丘陵の上にその正体を見た。
「大隊各員! 亜人の奥に面白そうなのがいるぞ!!」
それは真っ黒なボディから4つ足が生えた奇妙な魔導兵器で、そこから炸裂魔法を撃ち出していたのだ。
《どうされますか?》
第2戦車中隊長の問いに、ルクレール大隊長は意気軒昂に叫んだ。
「正面での撃ち合いは大好物だ! 弾種変更徹甲!! 連中に魔法と砲弾の射程距離の差を見せてやれ!!」
徹甲弾とは、文字通り装甲をぶち抜くための爆発しない種類の弾。
そのため装甲目標に対しては絶大な威力を誇っている。
「小隊集中――――――撃てッ!!」
4両が一斉に放った徹甲弾は、これでもかというほど綺麗に敵魔導兵器へ命中。
胴体が砕け散り、4つあった足はバラバラに四散した。
爆発するそれを見ながら、ルクレール大隊長は笑みを浮かべる。
「いい腕だ! 獲物はまだまだいるぞ、機関銃隊は引き続き弾幕展開! 各戦車は魔導兵器の撃破を優先せよ!!」
一方的とはまさにこのことであった。
魔王軍の放った炸裂魔法は、たまに当たりこそすれど派手に爆発を散らすも前面装甲は全くの無傷。
せいぜい随伴歩兵やガンナーが擦り傷をする程度で終わり、逆に位置がバレてしまっていた。
対する王国軍の砲弾は、撃てば撃つ分だけ魔王軍を減らしていくのだ。
「このド畜生がああぁぁぁ――――――――――――!! グブォアッ!?」
『超攻撃型形態』で突っ込んでくる者もいるが、組み立ての終わった迫撃砲部隊まで加わったせいで犠牲者はさらに増える。
第1亜人連隊はまさしく壊乱状態へと陥った。
「ヤツらは無抵抗の王国民を虐殺している! 決して逃がすな! 弾種変更対榴!」
4足歩行兵器グレイプニルを全滅させた戦車大隊は、地面を履帯で抉りながら前進。
照準を敗走する一団へと向けた。
「お前らは無防備な少女にすら手を出したんだ......、罪の重さを――――――知れッ!」
60両以上の戦車が、大気を揺るがすほどの衝撃波を起こしながら同時に発砲。
丘陵の奥へ逃げようとした第1亜人連隊をまるごと吹っ飛ばした。
その中に、亜人連隊指揮官のロッドが含まれていたことは後世の資料にひっそりと記載されることとなる。
◇
戦闘結果・魔王領【旧エルフの平原】撃滅戦。
王国軍側損害・軽傷者11名、兵員輸送車1両小破、戦車損害ゼロ。死亡者ゼロ。
魔王軍側損害・第1亜人連隊を構成する20000体中、18000体以上が死亡したと思われる。
残党は後方の【ウォストブレイド国境大要塞】へ逃走。
王国軍は【旧エルフの森】を完全に制圧し、【旧エルフの平原】に兵站拠点を構築することに成功した。
この戦いの後、参謀本部は次の攻略目標を【ウォストブレイド国境大要塞】に定めた。