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第104話 開戦の材料

 

 ――――王国軍総合病院


 静かで完璧に清掃された病院内を、俺とセリカは歩いていた。

 病院と一口に言ってもここは軍の病院なので、そこらを歩いている看護師がベテラン兵士だったりする。


「ここで良いのか?」

「そうみたいッスね、よ〜しお邪魔しまーす」


 今日は先の亜人によって起こされたテロで重症を負ったアルナ教会プリースト、ルシアのお見舞いにきていた。

 散々職業否定され、一時はクレームをつけに行こうとも思った相手だがこうなっては怒る気になれない。

 なにより1人の人間として純粋に心配であったからだ。


 病室の扉を開けると、個室のベッドでルシアは窓を見ていた。

 ちょうどお昼を回った頃なので病室はとても明るく、外は青空で満たされていた。


「こんにちはルシアさん、今日は勝手ながらお見舞いに来させていただきました。体調はどうですか?」


 こないだ罵倒した手前顔を合わせにくいのだろう、揚々としたセリカを見てルシアは若干うつむいていた。


「そんな怖がらなくっても大丈夫ですよ、わたしたちはお見舞いに来ただけなので」

「お見舞い......ですか?」

「はい、すりおろしたリンゴも持ってきたので良かったら食べてください」


 彼女の怪我に配慮したであろう見舞いの品。

 こういう会話や気配りは、やはりルシアと同じ女性のセリカがいてくれて本当に助かる。


 ふと見渡すとルシアの布団の上に何かが置かれていた。


「ルシアさん......それは?」


 たまらず尋ねる。

 それは本――――というより、本だったと形容すべきグシャグシャの紙の束だった。


 うっすら読み取れるタイトルからして、アルナ教の教えが書かれた本だろう。

 信者なら必ず読み漁り大切にしているはずのものだった。


「これですか? あっはは......みっともないですよね、ずっとこんなの信じてたんですから」


 なにかを悟ったように苦笑するルシア。

 俺は置いてあった席を取り出して彼女の傍で座った。


「軍人の俺で良ければ話を聞く、もし嫌なら話さなくてもいい」

「大丈夫ですよ、もう軍人がどうとか言うつもりもありませんので」


 乾いた笑顔。

 それだけで少しわかったような気がした。


「平和を愛し、どんな争いごとも話し合えば人々はわかりあえる。――――――そうマルドー支部長に教えられ、わたしもつい先日まで信じていました」

「......みたいだな」


 破り捨てられたアルナ教の本をルシアは拾った。


「わたしは元々孤児で.....アルナ教会の孤児院で育てられました、だからこそ親同然だった支部長とアルナ教の教えは絶対だ......ずっとそう思い込んでいたんです」


 本が勢いよく壁に投げつけられた。

 ページはバラバラになり清掃された床に散らばる。


「でも現実は違った! 気が狂いそうな痛みと恐怖の中で――――何度祈っても神は助けてくれなかった!! そしてわたしを殺そうとした亜人は誰より信じていた支部長が差し向けた!! こんな理不尽が......!!! 理不尽が......ッ」


 ボロボロと涙をこぼし、布団を握りしめるルシア。

 嗚咽しながらも彼女は続けた。


「神様は助けてなんてくれなかった......教えは全く役に立たず、殺されかけたわたしを最後に救ってくれたのは......今まで忌み嫌っていた王国軍あなたたちでした」


 痛むであろう体を起こし、なにを思ったか彼女は俺の胸に顔を押し付けてきた。


「怖かったッ......! 怖かったよぉっ!!! 死ぬかと思った――――死んじゃうかと思ったっ!! 痛かった......! 痛かったよッ!!!」

「ッ......!!!」


 俺の軍服に顔を押し付け、年相応の声で泣きじゃくる。

 あまりに痛々しい現実、横にいたセリカもこの光景に歯を食いしばりながらもジッと見守ってくれていた。


「ヒグッ......! ウゥッ、えぐっ......!!」


 あともう少し到着が早ければ彼女はこんなにも傷つかなかっただろうか、嘆いてもしょうがないことを俺も思わずにはいられなかった......。


 ルシアが少し落ち着いて寝息をたてた頃、俺たちは静かに病室を去った。

 長い廊下を歩く。


「......エルドさん」

「なんだ......?」


 セリカから抑揚よくようのない声が発せられる。

 ただでさえ参っていた俺へ、彼女は淡々と告げてきた。


「これは本人のダメージが回復するまで言うなと担当医さんから口止めされてるんですが、ルシアさんの体はもう......、赤ちゃんが作れないらしいんです」


 次の瞬間、俺の頭の中は真っ白になっていた。

 は......? 子供が作れない......?


 セリカの声が震える。


「受けたダメージが大きすぎて......彼女の体はもう一生赤ちゃんを作れないだろう、ということらしいです......っ!?」


 理性や遠慮、ここが病院だということも忘れて俺はすぐ傍を走っていた壁を思い切り殴っていた。

 真っ白な壁に穴が開く。


「悪いセリカ......、ちょっと......抑えきれなかった!」


 ......ふざけんなッ、散々痛めつけておいて、あんなにひどい目に合わせておいて、亜人国ウォストピアとやらは家庭を作る喜びさえも少女から奪うというのか!!


 やりきれない怒りばかりが込み上げる。


「クッソ......、壁壊しちまった、弁償だな」

「大丈夫ですよエルドさん......」


 言って横に立ったセリカはふりかぶり、俺を遥かに超える力で壁をぶん殴った。

 轟音が響き、壁にヒビが走る回る。


「わたしも共犯ですのでッ......!!」


 悔しさ、助けることはできたが守りきれなかった。

 そんな感情が俺とセリカにとめどなく溢れていた時、ふと後ろから声が掛けられた。


「その様子だと、お見舞いは終わったようだね」

「少佐......」


 立っていたのは俺たちの上官だった。

 その手には見舞いの品を持っている。


「すみません少佐、病院だというのに理性を欠きました......」

「気にするな、壁の修理と諸々はこっちに任せたまえ。それより大ニュースがあるんだ」

「ニュース......ですか?」

「あぁ、我々にとって聞き逃すことは許されないものがね」


 少佐がバッグから出したのは小型の魔導ラジオ。

 そこから、少し控えめだがハッキリと声が聞こえてきた。


《本日午後、アルト・ストラトス政府は今回の亜人による王都無差別虐殺事件の声明を出しました》


 女性アナウンサーの声が淡々と出てくる。


《このような非人道的な行為は決して許されない。悪辣あくらつなる亜人国ウォストピアの残虐な行いはアルト・ストラトス――――ひいては大陸における恒久的な平和と安定を損なう危険な行動であり――――――》


 そして、ラジオからは俺たちにもっとも関係のある言葉が吐き出された。


《現刻をもって、アルト・ストラトス王国は亜人国ウォストピアへの侵攻を開始すると発表。繰り返します、我が国はこれより新生魔王軍の属国であるウォストピアと戦闘状態に突入しました》


 ラジオの電源が落とされる。

 同時に、ラインメタル少佐は俺たちへ正対した。


「さて、我が精鋭揃いのレーヴァテイン大隊が一員である貴官らに今さら問うのは不毛だと思うが一応聞いておこう。駆り出されるは最前線だ! 仕事に対する意気込みを聞かせてもらおうか」


 少佐の問いに、俺とセリカはほぼ同時に答えていた。


「「暴れてやるッ!」」


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