第103話 利害の一致は素晴らしい効用を互いにもたらします
「いやはやご苦労だったね"ミクラ1等陸曹"、おかげで彼らの情報がまるごと手に入った」
ご機嫌そうに執務室で銃を磨いていたラインメタル少佐は、眼前の男へ労いの言葉を投げていた。
品質も良さげな木製デスクの上には、1つのケース......これこそ彼の欲しい物だった。
「少佐は連邦語も読めるのですか?」
「嗜む程度と言っておこう、まぁこの書類くらいなら問題ない」
ケースから山盛りの紙が溢れ出す。
「なるほど......我が軍の配備状況や国内情勢、中央近衛やレーヴァテイン大隊の任務内容まで細かく書かれている。よく押さえてくれた、危なかったよ」
「満足されたようでなによりです少佐。貴重な弾丸を1発使ってしまいましたが、連邦の工作員とセットなら対価として十分でしょう」
ケースの中身はマルドーが長い期間、必死で調べたであろう内容の書類がギッチリ詰まっていた。
これが連邦の手に渡ったらと思うと空恐ろしい。
「これで私の頼みは聞き入れられるというわけですね?」
そのアイス屋は飾り気なく言う。
「衣食住の確保、そして君と同じようにこちらへ来てしまった"日本人の保護"だろう? もちろん行うとも、っと言うより既にやってる」
「ほう?」
「こないだ見つけた日本人と思しきオオミナト ミサキという少女は、既に我がレーヴァテイン大隊で保護している。少しばかり働いてはもらっているがね」
ケースの書類を1枚ずつ見ていく少佐。
「まだ女の子なら民間人でしょうに、またぞろ腕でも立ったのですか?」
「こちらに来てからは一流ギルドに属していたらしい、先日の教会戦では随分活躍してくれたと部下から聞いたよ」
「我が国ではライトノベルや異世界ファンタジーが流行っていましたからね、アッサリ馴染むにはちょうど良さそうです」
「ライトノベルか......僕にはわからん単語だ。フムフム......、ん?」
ケースの底に1枚のファイルを見つける。
明らかに他とは違う、赤い連邦語で「極秘計画」と書かれていた。
少佐は中を開く。
「――――――これはまた......」
思わずニヤける。
「どうされました?」
「いやなに、我々の住む真下にいつの間にか奇妙なものができていたらしい。全くこれだから共産主義者は信用できん......こと嫌がらせに関しては天才だな、今度またアルミナのヤツに聞いておかないと」
パタンとファイルを閉じる少佐。
「ところで、弾はまだ大丈夫なのかい?」
「89式自動小銃の弾は大丈夫ですがまだ使いません、ここでは補充などロクにできませんので」
「もし弾切れを起こしたら譲ってくれても良いんだぞ?」
「我が国の防衛技術を流出させるわけにはいきません、弾切れを起こしたら破壊処分するだけです」
「釣れないねぇ、他に地球から来た連中は衣食住と引き換えに渡してくれたというのに」
引き出しを開け、氷属性魔法で冷やしておいた抹茶アイスを食べだす少佐。
「商売の方も上々らしいね、我が国で流行っているあたり抹茶アイス戦略は大成功したと見える。実に素晴らしい食文化を持っているのだな......日本国というのは」
「ありがとうございます、抹茶は我が国の歴史ある食の一つです。引き続き改良と市場開拓は続けるつもりですのでまたご贔屓に」
退出しようとしたアイス屋へ、ラインメタル少佐は最後に一言だけ伝えた。
「協力感謝するよ、日本国陸上自衛隊 西部方面普通科連隊所属 ミクラ カケル1等陸曹。また何かあったら頼むよ」
ミクラ1曹は一礼だけすると、静かに退出していった。
「......さて、そろそろ病院へ見舞いに行った彼らが到着する時間か。自分もいくかな」
抹茶アイスを食べ終えた少佐は、最低限の荷物とお見舞いの品を持って広報本部を出た。
【89式5.56ミリ軍用自動小銃】
日本国陸上自衛隊が採用する主力小銃で、日本人の体格に合わせた世界でも高性能な部類に入る小銃。
脱落しやすい部分には、よくガムテープが巻かれている。
【西部方面普通科連隊】
現在は無くなり、南西諸島等の離島防衛を目的とした水陸機動団へと再編成されている。
練度がバカ高く、装備もめちゃくちゃ優遇されているので普通じゃない普通科連隊なんて呼ばれていた。