第1話 外れスキルのエリート魔導士は、学長から退学を突きつけられる
––––アルト・ストラトス王国。
魔法で栄えたこの国には、当然だが魔法を学ぶための施設が存在する。
名を【王立魔法学院】
エリート冒険者、または魔導学者など、国に名を残す魔導士ばかりを排出している名門であった。
その教室の片隅で、彼––––エルド・フォルティスは窓越しに青空を眺めていた。
彼もまた、いくつかの上級ギルドよりスカウトされているエリート魔導士……。
の、はずだった。
「よおエルド、お前今日で"退学"になるんだってな。聞いたぜ––––進路希望に"王国軍"と書いて学長に激怒されたらしいじゃん。せっかくのエリートコースがもったいないねぇ」
騒がしく笑う同期の登場だ。
絡んできたクラスメートに、俺はメガネを拭きながら応答してやる。
「知らないのかセルン? 最近はテロや魔物による襲撃も相次いでいるんだ。俺たち魔導士はもう冒険者パーティーの支援職に留まる存在じゃない」
「エルド! 軍隊なんて人殺しの道具なんだぞ。ムダ飯食いの税金ドロボウだ! 俺たちエリート魔導士とは正反対なんだよ。憧れなんて抱くもんじゃない」
ローブをはためかせ、彼は熱弁を振るってくれる。
「人様の職を笑うのがエリート魔導士っていうなら、俺はどのみち御免だよ。クソ暑い夏場に冷却魔法すらケチる学院なんてこっちから願い下げだ」
「お前の紋章……取り柄なんてせいぜい魔力量の多さくらいじゃねえか。中堅パーティーでチヤホヤされてた方が幸せだったんじゃね? 退学は正しい処分だったな––––この戦争好きめ!」
それだけ言い捨てると、セルンは取り巻きとともに部屋を出ていった。
「軍は"ムダ飯食い"か……」
テロやモンスターの襲撃事件まで平気で起こるこのご時世に、よくそんな口が叩けたものだ。
彼の頭の中はさぞ平和なのだろう。
「朝から喧嘩ばかりで疲れたなー」
どうせ今日で最後なのだ。
いい機会だし、学び舎ライフ最後の昼食は屋上で食べることにした。
「よっと」
立入禁止のハシゴを登ると、賑わう王都の街並みに蒼空が望めるレンガ造りの屋上。
「ん……、誰だ?」
そして、1人の"少女"が視界に映った。
「A1、こちらE6、感度よし、送れ」
柵にもたれながら何かを耳に当てているのは、茶色が似合うショートヘアの女子。
アイツはたしか数ヶ月前に転入してきた魔導士、セリカ・スチュアートとかいう名前だっけか?
成績優秀で欠席ゼロ、おまけに容姿端麗という主人公級スペックなので、学院ランク上位のセルンでさえも一目置いていたという。
傍にはパンと飲み物、そしてなぜかミリタリー雑誌を膝に広げていた。
「ああ少佐? お疲れ様ッス、偵察の方は今日にも終わりますよ。そっちはどうですか?」
そんな彼女が耳にあてているのは……間違いない、王国軍の保有する魔導通信機だ。なぜ彼女がそんな官給品を?
「いや〜、学院の潜入任務もこれで最後かと思うとちょっと寂しいです、ここの購買結構気に入ってたんスけど」
パンを頬張りながら機嫌よく誰かとしゃべっている。
会話に夢中でこちらに気づいてないのか、彼女の舌は饒舌だ。
「今日にはそちらへ戻ります、通信終わりっと。さーて飲み物飲み物って…………えっ?」
学院でも話題の美少女が見せた間抜けな顔は、俺へ向けられる。
ぶっちゃけ接点なんて無いだろうと思っていた。
だが俺は知ってしまったのだ、彼女の秘密を……。
目が合った瞬間、彼女はスカートに隠していたであろう"拳銃"を抜き、いきなり俺へ発砲した。
「ちょ! ちょっと待ったあッ!!」
––––ダンダンダンッ––––!!!
乾いた発砲音がしてしばらく、薬莢の転がる音が響く。
防御魔法に突き刺さっていたのは、紛れもなく銃弾だった。
「防いだっ!?」
危ねえーっ! 魔力量だけは人並み以上あるおかげでなんとか耐えきれたッ!
けど、もしこれがライフルとかだったらだいぶヤバかったな……。
「あなたはたしか、今噂のエルド・フォルティスさんじゃないですか。どうしてここへ?」
「どうしてもこうしても、俺はここでラストランチを飾りに来ただけだよ。あと、いきなり発砲なんて物騒じゃないか」
防御魔法を解除。
突き刺さっていた弾丸がカラカラと落ちる。
「なあスチュアート……、お前の拳銃や通信機……王国軍のだよな?」
息を呑んで切り出すと、彼女はものすごい勢いで首と手を横に振った。
「ち、違いますっ! わたしは決して軍人とかそういうのじゃないのでッ!!」
「最新モデルの拳銃持ちながらとか否定になってねえぞっ!?」
「うぐっ......! 確かにわたしは王国軍人ですよ。だけどそれがどうしたんですか!? 事実を学院中にでもばら撒きますか!?」
即行で開き直りやがった。
いやしかし、このまま誤解を抱かれても困る! 人生最大の山場だ––––男を見せろ!!
「セリカ・スチュアート! 俺はこう見えて軍志願者だ! さっきこれを伝えた学長にブチ切れられ、今日にもここを退学する。軍の苦しい現状も理解しているつもりだ! もちろん、"魔導士が不足"しているという点もな!」
「た、たしかに今は人手不足で苦労してますが……。あなたはエリート魔導士を目指していたんじゃ? ってかなんでそんなことまで知ってるんスか!?」
俺は転がっていた薬莢を拾うと、前に突きだす。
「愚問だな……なぜ拳銃が最新モデルだとわかったか、前にやった体育の授業で『"エンピ"持ってきてくれます?』とかいうポカーンなお前の頼みに、なぜ俺だけがスコップを持ってこれたか!」
待遇や世間体だけなら、既にスカウトされている冒険者ギルドで『上位魔導士』職に就いた方がたしかに良いかもしれない。
けれど俺はっ––––
「その答えはただ1つ!! 俺も君と同じ人種だからだぁッ!!」
大暴露。
そう言っても差し支えないテンションなのは、たぶん同志を見つけてしまったせいだろう。
我々の業界は肩身が狭いのだ。
「あっ、あぅっ……!」
固まるスチュアートへ、俺は続ける。
「君が膝に乗っけていた雑誌は"月刊ミリタリー島の最新号"、今月は魔導戦車についてだったな。俺はねセリカさん––––君と76ミリ戦車砲について語り合いたいんだ」
物騒極まりないも、これが我々なのだ。
俺はセルンに言われた"戦争好き"という言葉を否定していない、当たり前だ、自分は平和を愛する戦争好きなのだから。
しばしの沈黙の後、スチュアートが口を開いた。
「あなたの紋章は?」
「えっ?」
「紋章の力を聞いてるんですよ! なにが取り柄なんですか?」
食いついてきた!? だが紋章のこととなると自信が無くなるな……。
今朝も言われた通り、俺の紋章は大魔法を撃ったりすることなどできないのだ。
しかし問答していても仕方がない、とりあえず見せる。
「はいよ、魔力量だけが取り柄の紋章だ。このまま冒険者ギルドに入ってもすぐ捨てられるのは見えてる」
「はっ!? いやこれ––––えぇっ!!?」
「なんだ、汚れでも付いてたか? それともマジでゴミ能力とでも?」
「この莫大な魔力量……!! たしかに冒険者なら役立たずのゴミですが、わたしたち王国軍にとっては最適の紋章ッスよ!!」
一縷の望みは、希望となって現れた。
「エルドさんでしたっけ、今日でここ退学するんですよね?」
「ああ……、そうだが」
セリカは拳銃をスカートに隠すと、細い右手を俺に差し出した。
「なら王国軍で働いてください! あなたのその紋章、最弱から最強へと変わりますから!! ちょうど趣味友も欲しかったですし」
弾けるような笑顔とは、まさにこういう表情を言うんだろう。
彼女の満面の笑みは、俺を混乱させることなく頷かせていた。
俺はこの日、ただの冒険者候補から『王国軍魔導士』という、最強国営パーティーの一員になった。
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