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生きる。  作者: テッド
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誰かに何か与えれるような作品になるかは分かりません。

出来る限りありのまま事実を綴ります。




手にはその人の"人生"が現れるという。

僕には爪を噛む癖がある。

爪を横にして口へ入れ、指からはみ出た部分を噛んでいく。その爪を指の腹で撫でると、爪の起伏を感じる。この爪を今度は縦に口へと運び二本の前歯の間を使い削っていく。

また指の腹で撫でると滑らかな指触りの爪となる。


僕の手は人より少し小さいという事以外にはなんの特徴も無い。

だから語るしか無く、この物語の語り手は僕自身。



手には五本の指がついている。右に五本。左に五本。

合わせると10本の指が“手“には付いているが、それらを手と呼ぶか指と呼ぶかは状況次第だったりする。

僕は右手のどこかの指で、弟は左手の中指だとすると、これは戸籍という書面の上では一括りにもなるのだった。






父は窓の外を見ながら呟く。

「極上じゃけえ」

僕はそんな父の横顔をチラリと見やって、奥の窓に目を凝らす。極上程ではないが悪く無い景色ではあるのかと思った。ここが病院でなければ。僕達が実の親子であったなら。

僕よりも父の近くに寄り、添う、8歳年下の弟に目をやる。もう殆ど身体を自由に出来ない父はこの時、喉に引っかかる痰や涎を自分では処理できずにいた。そんな父の涎を、痰を拭き取るために彼は毎日病院に通っていた。


「はるき、お昼行こうか。父さん飯行ってすぐ戻るけん」

父は何も言わず不機嫌そうな顔でこちらを一瞥する。この頃の父はもう自分の余命が尽きかけていることを認識してはいた。1人になる事を酷く嫌った。



「はよ呉に来いや。はよこんにゃ死ぬで。ホンマにもう来月には死んどるかもしれんで」

僕が父にメールを送った翌日に父から、こんな内容の電話がかかってきた。この電話がきっかけで、僕は父に会いに呉の病院に来ていたのだった。

「はるきは先生から詳しくお父さんの容体聞いた?」

病室とは違うフロアにあるコンビニに向かう為にエレベーターを待つ。こんな時現れる気まずい空気は他人では現れない。何か話さなきゃと、自然に会話しなくてはと、そしてまたぎこちない会話となる。

「うん……なんとなく聞いたよ」

「ほおね。兄ちゃんも後で先生と話してくるけん、そのあとまた話そうかね。とりあえずおかんにはまだお父さんの事、言わんでおこうかと思うんじゃけどええかね?」

「それで良いと思うよ。お父さんもお母さんには言うなって言ってたから」

弟は僕に標準語で喋る。方言をださず誰にでも丁寧な言葉で喋る子ではあったが、この丁寧な返事もまた、兄弟としての不自然な距離を誇張しているように感じた。


昼ごはんを食べるとすぐ「お父さん寂しがるから先に戻るね」と言い彼は病室へと戻った。

1人になり喫煙所へと向かう。敷地内禁煙となっているこの病院を出て、正面のバス停に向かうと大きめの灰皿が備え付けられている。病院利用者の為に用意されたスペースでは無いはずだが、近くにここしか喫煙できる場所が無い為、田舎のバス停とは思えない程人で溢れていた。反対車線に構えるバス停には誰もおらず、本来なら街へ向かう方向のバス停ではある筈なのだが。

このバス停へ来るには父の病室からは片道15分くらい掛かるのだが、なるべく病室に留まっていたく無い僕にとっては都合が良かった。


「お乗りになられますか?」

いつの間にかバスが到着していたようで、運転手が声を掛けてくる。バスには乗りませんよとアピールするには中途半端な位置に立ってしまっていた。

「あっ大丈夫です」

どっちとも取れる曖昧な返事をしてしまったが運転手は汲み取ってくれたらしく、バスは走り出した。走り出すバスを目で追いながら、最寄りのバス停ですら徒歩で20分かかる家に住んでいた頃を思う。思えばその家が父と弟と母と。家族で暮らした最後の家だった。


「実の子供じゃ無いあいつを愛せるか」



父が襖の奥でそう言い、また激しい物音も一緒に聞こえてくる。幼い僕は布団の中で耳を塞ぐ。言い返す母の言葉は涙で埋もれており聞き取れなかった。隣の部屋でまだ赤ん坊の彼の泣き声が聞こえる

後日更にエスカレートしたある日に母は受話機を取った。警察を頼りにそのまま母と僕は家を出ることとなる。

「鉄馬。お前わしを恨んどるか」


母と家を出る際父が僕にこう聞いた。僕は返事をせずそのままバス停から20分の家を母と共に去ったのだった。


病室へ戻ると変わらず弟の献身的な姿があった。僕は近くの丸椅子に腰掛け、父の顔を見る。

「お前まだわしを恨んどるんか」

病院へ来て時折父がそんな表情を見せた時があったように感じる。


「前田さんお時間よろしいですか?主治医からお話が御座いますので」

「はい」

病院へ来て最初にナースステーションに挨拶に行った。「今入院している、前田 ハルタカの長男です」そう言うと何人かの看護師さんが対応してくれた。足繁く病院に通う弟の献身的な態度はナースステーション内で評判が良く、またそんな弟に兄がいることは看護師達にとって初耳であった。その為説明しなければならない事が多く「担当のお医者さんとお話しできますか?」と要点を切り出すまでに時間がかかった。運良く担当医の都合がつき、看護師に呼び出されるまでに時間は掛からなかった。


「前田さんの……ご長男という事でよろしいでしょうか?」

「ええ、今名古屋に住んでおりますので、お伺いするのが遅くなって申し訳ありません」

「いえ。ただお父様からご長男様は血が繋がっておらず連絡は不要と言われましたので。連絡せず申し訳ありませんでした。御養子様という事ですよね」

首筋に冷たいものを当てられたような感覚になる。ズンと後頭部が重くなる。

「大丈夫です。両親離婚して父とは離れたのですが、僕の籍は父のところに残ってましたので。それで父の容体はーー」

「ーーという状態ですのでいつ状態が急変してもおかしく無いといったところです」

「わかりました。はるきは…弟への説明はどこまでされてますか?」

「今回と同じ説明を弟さんにもしたのですが…その際、義理のお兄さんがいるとお父さんに聞いたんですが、ご連絡可能ですか?と弟さんにもお尋ねてしまって……」

「ああ……弟は何と言ってましたか?」

「それが…弟さんは『‥‥兄なら離れて暮らしてるけど名古屋に居ますよ』と少し戸惑いながら仰ってまして…ご事情が分からないのに不要な事を言ってしまったのかなと…」

「なるほど…僕もどこまで父が説明しているのか聞いて無かったので。少し話ししてみようと思います。ありがとうございました。また何かありましたらご相談させていただきます。よろしくお願いします」

担当医の部屋を出てそのまま喫煙所へ向かう。


いつもそれなりに不自然な僕達兄弟の距離が、今日いつも以上に不自然という事は無かった。


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