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在りし日の追憶

作者: 倉本保志

日常そのものを楽しむことができるようになったのは、倉本は、つい最近になってからだと思います。

子供のころをはじめ、若いころは、日常というものは、何かに常に追いかけられていて、いわゆる、こなしている、という感覚が常に付きまとっていました。そのような日常から解放されるハレの日は、倉本にとって、とても大切なもので、言わば人生の目的のようなものであったのかもしれません。

それに比べて、最近の若者は、一つの目指すべき、しっかりした目標をもって日常を過ごしているような気がしています。うらやましい限りです。

 在りし日の追憶

  


 「たかしくん、こっちだよ、早く早く・・」

ひろしは、手招きをして、たかしを呼ぶと、急いで公園に向かった。

公園のまん中には、5メートル以上はある木枠のやぐらが組み立てられて、

工事用の照明があり、紅白の宴幕で、ぐるりと覆われている。

公園の周囲には、香具師やしの屋台が立ち並んでいるが、まだ、準備中で

商売を始めていないものも、いくつか見受けられた。

夏休みもあと半月、8月のちょうどのまん中あたり・・・

お盆・・・ 今日は、地域の、お祭りだ。

「ひろしくん、待ってよ・・」

そういって、たかしは、ちょうど公園の入り口付近でやっと、ひろしに追いつ

くと、片方のくつを脱いで、中から、小石を地面に振り落とした。

「くつに石が入っちゃって、ああ、痛かった・・」

片足でよろける、たかしの様子には、一向に気にも留めず、ひろしは・・

「たかしくん、見て、すごいだろ、屋台がいっぱい」

ひろしは、そういって、両手をいっぱいに広げたまま、ぐるりと一回転して

見せた。

「色々あるんだよ、カルメ焼き、焼きそば、輪投げ、ヨーヨー釣り、・・・」

「あ、そうだ、たかしくん知ってる・・・」

「なに・・?」

「ひよこ、釣りってのもあるんだよ・・」

「へえ、ほんと・・?」

「うん、去年 初めてやったんだ」

「…釣れた?・・・ひよこ」

「それがさ、全然だめ、」

「アヒルのヒナが中に混じっていてさ・・・

「…アヒル」

「そう、そいつが、えさをみんな横取りするんだ」

「アヒルは釣れないの・・?」

「そう、それがちょっと、インチキくさいんだよね・・ぼくが思うには・・」

「インチキ・・・どうして?」

「そのアヒル、ひなだけど大きくて重たいから釣れないんだ」

「ああ、そうなの・・?」

「みんな、それが分かっているから、アヒルを除けて釣ろうとするんだけどさ」

「・・・・・」

「そのアヒルが向こうから、ぱっと食いついて来て・・・」

「横から、ぱっとね・・」

「うん、うん、」

「みんな、アヒルが来ると、さっと、釣りざおを引っ張りあげて」

「まあ、これも、結構、楽しいんだけれどもさ・・」

・・・・・・・・・・

ひろしは、得意になって、たかしにあれこれと話していた。

たかしのほうは、にこにこして、そんなひろしの話に聞き入って

いる。

・・・・・・・・・

たかしは、ひろしの話に、ちょうど区切りがついたことに気付くと、

「お祭りって、面白いんだね、」

そういって、ひろしの横顔を見つめた。

・・・・・

「あのさ・・・」

「えっ・・?なに・・」

「たかしくんが、いた町のお祭りってどんな感じだったの・・?」

今度は、ひろしが、そう言って、たかしの顔をみる。

「え、ああ、・・おんなじかな・・・ここと・・」

「屋台が、出ていて・・・」

「あ、・・・・でも踊りはなかった」

「ふうん、そうなんだ、ないんだ・・盆踊り・・」

「うん、お祭りも、お盆の日じゃなかったし」

「へえ、・・・・」

ひろしは、ちょっと、その様子を、想像してみたりした。

お祭りで、このまん中の、やぐらがないなんて・・・どうなんだろう・・?

・・・・・・・・・

「じゃあ、この踊りの歌も聞こえないの・・」

二人は、公園の真ん中あたりから聞こえてくる、盆踊りの音頭に、耳をそばだてた。

小気味よい、太鼓のリズムと、しゃがれた声で歌われるこの…音頭を、ひろしは、

小さい頃から聞き慣れていた。

「・・・・・・・・・」

「なんだか、さびしいね」

ひろしは、ふと、その気持ちをつぶやいた。

「うん、そうかも知れない・・」たかしのほうも、その言葉にうなずいて見せた。

「屋台、回ってみようよ」

そう言ってひろしは、右手にある、屋台の方へ走って行った。たかしも、

そのあとを、急いで、追いかける。

・・・・・・

「あ、やばい・・」

ひろしは急に立ち止まった。人ごみの向こうに、しょうたがいたのだ。

しょうたは、ひろしのすぐ近くに住んでいて、ひろしよりも2学年、年が

上だった。

少しばかり気の強い、ひろしは、口のきき方が、生意気だと、この、しょうた

に、いつもちょっかいを掛けられていて、すこし、トラウマ気味になっていた。

「・・・・」

「ひろしくん、どうしたの・・?」

「いいや、なんでもない、」

「・・・・・・・・・・」

「そうだ、たかしくん、ひよこ釣りしようよ」

「えっ・・いいけど・・?」

じゃあ、こっちだ、来て・・・

そう言って、ひろしはたかしの手をとると、大急ぎで元来た方に引き返した。

屋台は、毎年、その位置がなぜか決まっていて、ひろしは、ひよこ釣りの場所を

しっかりと覚えているのだった。

「ほら、・・・ここ」

人ごみをかき分けるようにして屋台を覗く・・・

「・・・・あれ、飴屋・・」

ひろしは慌てて、隣の屋台にたかしを引っ張った。

そこには、氷の上にパイナップルの黄色が、鮮やかに、照明に照らされていて、

しかも、甘い独特の、あの南国フルーツの香りを漂わせていた。

「やっぱり、ここじゃない・・」

ひろしは、冷やしパインとその横の、飴やの間を何度も、いき来した・・

そして、たかしに、悲しそうな顔を向けると

「今日は、やってないみたい・・・ひよこ・・・」

「どうする・・」

「あ、いいよ、ぼく・・・べつに」

たかしは、ひろしに少し気を使ってわざと、興味がなかったようにふるまった。

「・・・・・」

もともと、人の気持ちを察することに長けていた、たかしは、初めて、自分から、

「ねえ、ひろしくん、ぼく、たこ焼きが食べたいな・・」

弟が、兄に少し甘えるような、口調でひろしに言った。

「あ、そう、じゃあ、こっちだよ」

ひろしは、先ほどより、ずっと混み出した、人ごみをぬうようにして、こんどは、

しっかりと、たこ焼きの屋台の前までたかしを案内した。

・・・・・・・・・・

公園の隅のブランコに並んで座り、アツアツのたこ焼きを、二人は頬ばった。

「あっちちちち・・」

ひろしは、熱さの余り、たこ焼きをひとつ、まるのまま吐き出してしまう。

「わあ、やばっ・・・」

ひろしは、サンダルのつま先で、落としたたこ焼きに砂をかけると、ぽーんと

むこうに、蹴とばした。

「うふふふ・・・」

その仕草を見て、たかしは思わず笑いだす。また、その笑い声につられるようにして

「あはははは・・」

ひろしも、たかしの顔を見ながら笑いだした。

ずっと昔から続いているこの、ハレの日、 盆踊り・・・

それは、子供たちにとっても、同じだった。

宿題に追われる、さほど、面白くない日常・・・

彼ら子供たちも、その、鬱々とした日々を、なんとか、頑張って過ごしている。

頑張れるのは、今日のような、ハレの日が、年に何度か、訪れるからに違いない。

・・・・・・・・

「あーあ、一年中、ずうっとお祭りだったらいいのに」

「ひろしは、暗い夜空を見上げて、ぽつんと言った。

「うん、そうだね、・・・」

「「でも、・・・」

「えっ・・・」

ひろしは、たかしのほうを見た。

「・・・・・・」

「でも、楽しいお祭りは、一度きりだから、いいのかも・・・?」

「・・・・・・・」

ひろしは、ハッとした。

確かにそうだ、毎日がお祭りなら、やがてそれにも飽きてしまう、・・・

・・・・・・・・・・・

ハレの日は、日常のずっと、ずっと向こう側に、キラキラ、きらめいてないといけ

ないんだ。

「たかしくん・・」

「えっ・・?  なに、ひろしくん・・?」

ひろしは、ポーンとブランコから飛び降りるとそのまま前に駆けだした。

そして、くるっとたかしのほうを見て、こうつぶやいた。

「きみって、やっぱりすごいや・・・」

「えっ・・・?」

不思議そうな顔をして、ひろしのほうを見ている、たかしに向かって、

「つぎは、どこの店にいく・・・?」

「・・・いいよ、」

「えっ・・?なに・・」

もういちどひろしは、たかしに訊いた・・・

・・・・・・・・・

「いいよ、ぼく、ひろしくんの行きたいところで・・・」

しばらく、止まっていた、盆踊りの・・・聞きなれた音頭が、また、

やぐらの向こう側から、忽然と、聞こえてきた。

二人は、こころゆくまで、ハレの日を楽しんだ。

・・・・・・・・・

夏休みを終えて、2学期が始まった教室は、そのにぎやかさを取り戻していた。

しかし、そこにはもう、たかしの姿はなかった。

・・・・・・・・・

ひろしは、いまは空席になってしまった、その窓際の席を、しばらく眺めてい

たが、日直の号令に気づくと、起立し、少し遅れて、先生に、2学期最初の

あいさつをした。

 

                おわり




まえがきの後半、すこしオーバーシュートしてしまったので、ちょっと追記します。

最近、メデイアなどに広く語られている哲学・・というか夢伝説・・、願いは必ず実現する・・といったたぐいの幻想、ある限られた人にとって、これは紛れもない事実となるのでしょうが、今を生きる大半の人たちにとって、これは、単なる幻想にしかすぎません。でもそんなこと言ったら、元も子もありません。寅さん風にいえば。「それを言っちゃあ、おしめえよ・・」ということになるのです。だから、倉本は次世代を生きる若者に、(幻想であると知りつつも)この言葉をやはり贈ります。

「あきらめるな、願いはいつか実現する・・」と

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