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新人配属 <C297>

工房に新しい人が大挙してやってきます。

■安永7年(1778年)3月16日 金程村・工房


 午前中に義兵衛を含め寺子屋組以外の全員で工房の作業場所の確認をする。

 原料のザク炭は34俵が用意されているが、本格稼動すると、2日分しかないのが難点になっている。

 そう思っているところへ、古澤村から木炭が運ばれてきた。

 大人4人で20俵(=全部で300kg)あり、ここで荷を降ろすと、あと2往復、全部で60俵を朝のうちに運んでくるとのことだ。

 これで94俵になるが、あとは細山樵組5人が10俵持って来て、それを使っていくことになる。

 まだ、原料炭置き場には200俵分以上の空きがある。

 炭俵が山のように積みあがっている姿は壮観だが、たった7日でこの山全部を製品に変えるくらいの重労働が待っているのだ。

『炭だけにブラックな工房』

 誰も笑ってくれず、北風も吹かない言葉が俺の頭の中を駆け巡る。

 義兵衛さんに思わず伝えたが、当然無反応でそのギャップに一人落ち込んだ。


 さて、今日から参加するのは、助太郎と同期以下で寺子屋組以上、支障の無いもので男女を問わずという条件になっている。

 寺子屋では、塾長経由で親御さんに話が伝えられている。

 金程村は寺子屋組に4人(内2名が女)が加わり、さらに伊藤家の小作・近蔵とは違う小作家から男1名の計5人が加わる予定だ。

 細山村は樵家から先に荷運びを手伝ってもらった2人に1人が加わり、計3人(全員男)が加わる。

 それ以外に、工房に通える範囲の寺子屋組が6人(内4名が女)加わる予定だ。

 万福寺村は、寺子屋から帰り道にあるため、5人(内3名が女)加わることが見込める。

 下菅村は全くわからない。

 しかし、万福寺村と下菅村については、甲三郎様からの声掛けしてもらっているため、寺子屋組以外に何人か来る可能性はある。

 見込める範囲でも19人も増えると、名主・百太郎は教えてくれていた。


 果たして午後になると、寺子屋からの3人に率いられた15人の子供等がやってきた。

 寺子屋を終えた人は、予定されていた金程村1名、細山村3名に加え、万福寺村から女2名、下菅村から男2名の8名になった。

 増えた23人のうち、男は12名、女は11名とだいたい半々だ。

 義兵衛も入れた最初の8人は、男5名、女3名なので、若干男の比率が高い。

 皆寺子屋で机を並べた者達なので、お喋りに花が咲くが、最初が肝心なのだ。

 全員を整列させた。


 ふと気づくと、工房の外には母親や爺婆じじばばとおぼしき人が何人もたむろして、心配してこちらを見ているのに気づいた。

『入学式でもあるまいに、大げさなことだ』とは思うが、大事な息子・娘がどんなことになるのかを少しでも見たい、というのが親心なのだろう。

 助太郎は台の上に置かれた拍子木を打ち、皆を注目させる。

「これから、この工房を立ち上げた金程村名主の息子・伊藤義兵衛さんからの訓示を述べてもらう。

 私語は慎むように。

 それから、工房の外にいるご両親様や関係される方は、工房に入ってその後ろで見学されてもよろしい。

 ただ、作業の説明になったら、工房の外に出て解散して頂きたい」

 助太郎は校長然とした口調で皆を上手く誘導している。


 義兵衛の出番だ。

「皆寺子屋で見た顔ばかりで知っていると思うが、伊藤義兵衛だ。

 最初は金程村が豊かになれば良いと思って手がけた木炭加工の製品が、今高く評価されている。

 そして、この見本を江戸に持ち込んだところ、沢山売れる可能性があることがわかった。

 昨日、お館にて報告をしたら、知行地が豊かになるのであれば、皆の力を借りると良いと仰った。

 工房は、この村にしかないが、ここで行った手伝いの結果は、それぞれの村を確実に豊かにできるはずだ。

 甲三郎様は、この工房の活動を強く後押ししてくださっている。

 先日も、この工房を巡視され、働いている者ひとりひとりにお声掛けくださった。

 お殿様も大変注目しておられるこの工房の活動に協力して欲しい。

 そして、それぞれの村を豊かにする支えとなってもらいたい」

 大人も聞いているので、あまり立派な訓示はできないが、それでも熱意は伝わったものと信じたい。


 次いで、助太郎は作業の説明に移る宣言をした。

 心配していた親共は工房を出て行き、外でお喋りをしているようだ。

 義兵衛の出番はここまでで、あとは現場の状況を見て回る。

 木炭から小炭団に加工する工程を一通り見せた後、粉炭作りから出来上がった製品の検査・格納までの各工程に元からいた人を割り振り、新しい23人にそれぞれの工程でやりたいと思う作業をさせている。

 元の6人は新人に作業させた結果を書き取り、作業の向き不向きを記録していく。

 この記録を使って、流れ作業の担当割り振りする、というのが助太郎の魂胆なのだ。

 1刻(=2時間)あまりで、各自だいたい3~4工程分の作業をやってみることができたようだ。

「明日から本格的に作業をすることになる。

 明日午後には、各自それぞれがどの工程の作業を担当するか発表する。

 寺子屋組でない人は、朝には工房へ来てもらいたい。

 今日来た人は解散するが、元からいる人は残って欲しい。

 以上」

 この後は、小学校の下校時並のお喋りと混沌の時間が必要だった。

 新人が工房からけるまで、相当の時間ロスが発生しており、統制に先行きの不安を感じてしまった。


 新人23名が捌けた後、8人で雁首揃えて相談を始める。

 小炭団を作る主工程の要所に米さん以外の5人を貼り付ける。

 そして、23人の名前を書いた駒を作り、この駒を作業の向き不向きが書かれた記録と照らしながら割付を決める。

 やがて出来上がった表を見ると、女性陣11名全員が小炭団の型を扱う作業に集中している。

 一方男性陣は、粉炭作成・捏ね作業と乾燥室・製品収納庫にかかわる作業に集まっている。

 明日からの本格稼動での注意点を共有する。

・各人の作業速度の差で滞留がないかを絶えず確認する。

・型を使う作業で滞留が起きている場合は、春が助っ人に入り、梅が作業の問題点を調べ指導する。

・粉炭で不足が見えるときは、左平治が助っ人に入り、翌日からの人数調整は助太郎が行う。

・捏ねた炭が不足する場合は、米さんが助っ人に入る。

 この作業には、10匁を測って竹筒に分けて入れる作業が入るが、この助っ人は福太郎とする。

・出来た小炭団の検査は、近蔵が助っ人に入る。

・乾燥室・製品収納庫の搬入は、種蔵が助っ人に入る。

 あとは、全体は助太郎が采配し、米が補佐することを確認して、相談は終了した。


 相談後に調理用の七輪を外から囲う鉢について、助太郎と話をする。

「何言っているんですか。

 もう、一杯一杯ですよ。

 卓上焜炉の量産に目処がついていない状態で、登戸村の炭屋さんに応じて200個作る必要があるのですから。

 この上、調理用七輪の外枠ですか。

 2~3日、せめてこの新人23人で小炭団の量産が見えてからにできませんか。

 幸い、流れ作業という画期的な方法を教えてもらえたので、落ち着けば目標に照らして何人かは引き抜ける可能性はあります。

 もっとも、その場合は原料の木炭が間に合わないのですがね」

 凄い剣幕でまくし立てる助太郎を初めて見た。

 随分追い込んでしまったようだ。


「明日、僕の手が空いていたら、ここで試作品を作ってもいいかな。

 それならば、助太郎は皆の調整役として動けるし、場合によっては僕が助っ人に入れる。

 原料の木炭は、本命の黒川村にあたってもらえるか、打診しておこう。

 助太郎、自分を追い込んではいけない。

 他の人ができることまで、助太郎が背負い込むことはないんだよ。

 昨日のように徹夜して作るなどという真似は、もうしないで欲しい」

 義兵衛の声に、助太郎は少し落ち着きを取り戻した。

「そうですね。

 今日の準備で少し疲れて、苛立っていました。

 明日にしましょう」

 確かに、どこから見ても問題だらけで一杯一杯なのだ。


工房責任者の助太郎はとてもイライラしていますが、当然でしょう。

次回は、この新人達による生産の風景です。

感想・コメント・アドバイスなどよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 新規生産ライン立ち上げ事業。 管理職は大変だ。
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