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流れ作業の導入 <C296>

タイトルで内容はバレバレです。

■安永7年(1778年)3月15日午後 金程村・工房


 義兵衛が工房の中を覗くと、明日の増員受入に向けて準備の真っ最中だった。

 中でも、助太郎は徹夜して小炭団の型を必死で作っていたようで、死んだ目をしながら手を動かしている。

 助太郎の傍らで、梅が材料や道具の受け渡しをしており、それでどうにか型が作れているようだ。

 こんな助太郎に代わって仕切っていたのは米だった。

 粉炭を貯める場所を1間四方確保し、粉炭を捏ねる馬櫃と作業場所を確保するため、工房の中の備品位置の変更を指図している。

 どうやら、甲三郎様が巡回するにあたって説明した動作の流れ順を意識して、それぞれの位置関係や移動線まで考えているようだ。

 米の手足となって動いているのは細山組の2人で、あちこちと物の移動をしている。


「もうし申し、助太郎さん、生きていますよね」

「あっ、義兵衛さん、丁度良い所でした。

 これから寺子屋組が来る時間なのですが、指揮する手が足りていないのです。

 私一人では、明日までに片付きそうにありません」

 米さんが早速に飛んできた。

「様子を見ていると適切に指示できているようだ。

 午後は、寺子屋組に型抜きまわり、製品検査まわりの整理をさせてくれ。

 乾燥部屋の拡大と、製品収納庫ついては、僕が細山組と一緒に整理する」

 まずは米さんを落ち着かせる。


「助太郎さん、大丈夫か。

 暫く寝て体力を回復させないと、今のままでは返って効率が落ちてしまうぞ。

 昨日、登戸から戻ってそのまま型作りをずっとしていたのだろう。

 一体、何個仕上げたのかな」

「今ので、丁度12組作りました。

 前からあるのも入れると16組です。

 1回の操作で小炭団が16個できるので、1組の型で1日25回操作すれば6400個作れます。

 実際は、一人が1日で倍の50回操作できるはずなので、これで間に合うと思います・・・」

 助太郎はその場で崩れ落ちるように寝てしまった。

「梅さん、ちょっと重いかも知れないが、助太郎を奥横の畳部屋へ運んで寝かせおいてくれ。

 それから、米さん、小炭団の生産方法について、16組も型があると面白い作成方法があるんだ。

 午後、寺子屋組がきたら説明して少しやらせてみてくれ」


 米さんに説明したのは、江戸時代にはない流れ作業方式なのだ。

 実際に、ベルトコンベアはないので、お盆の上に型を一式載せ、各自の作業が終わると次の机へお盆を滑らせる。

 最初に型をセットする、次に穴に捏ねた粉炭を詰める、上から型を押す、しばらく馴染ませて型から外す、型を清掃する。

 5工程なので、5人一組として、二組10人を対面する形に並べ、自然に競わせるようにする。

「今まで、一人で全部の手順を繰り返しているので時間がかかっているのだ。

 各自が同じ一動作しかしないのであれば、慣れればそれだけ早く操作することができる」

「これは凄いです。

 1日で多分12000個は出来てしまいそうです。

 ただ、一番時間がかかるのが、捏ねた粉炭を同じ量だけ穴に入れるところで、手に取った練り炭が多かったり少なかったりするのが厄介なので、ここにお盆が溜まる感じです」

 米は問題点を指摘する。

「ならば、最初から決まった量、乾燥して減る水分まで見込んで、捏ねた粉炭を10匁毎に竹筒に分けて入れておけばいい。

 竹筒の粉炭を穴に入れるというだけなら簡単なはずだ。

 すると、空の竹筒を集めて捏ねた炭を10匁入れる作業をする人を追加すればいい。

 皆でやってみて、溜まりそうな作業を見極めて、そこを対策すればいい。

 場合によっては、同じ作業を二人ですれば溜まることはないはずだ」

 義兵衛は直ぐに対案を提案する。

「私は、これから使える竹筒を沢山集めてきます」

 米はこの仕組みを理解したようだ。


 やがて寺子屋組がやってきて大休憩が始まり、皆で茶菓を前にひとしきり雑談という形の情報交換をする。

 休憩時間が終わり、作業時間が始まるときに義兵衛は話し始める。

「助太郎は今、徹夜の疲れから休んでもらっている。

 なので、僕から話をする。

 明日午後から、今までこの練炭にかかわったことのない人が大勢加わることになる。

 と言っても、寺子屋で一緒に学んだ友達ばかりになるだろう。

 違いは、ここは教えてもらう場所ではなく、買ってもらえるものを作る場所だということだ。

 今日、お殿様代理の甲三郎様にも頑張るように言われた。

 金程村だけでなく、お殿様の知行地全体の取り組みとするようにも言われた。

 お殿様の期待に応えるためにも、皆が力を合わせていく必要がある」

 どこまで心に浸みたかは判らないが、金程村の面々は最初の意気込みを思い出したに違いない。


「新しい人が沢山入ってくるため、作業のやり方を大きく変えるしかないと考えた。

 最優先で作らなければならないのは小炭団ということは皆も知っているだろう。

 そこで、新しい作業方法を説明する。

 丁度、炭団自体を作るのに携わったことがない左平治と種蔵がいる。

 新人と同じ目線で判り難いところを都度質問してくれ。

 米さん以外の6人は机の前で横一列に並んでくれ。

 あとは、米さん、さっき話したことを皆に説明してくれ。

 僕は補足説明して回るから」

 指名を受けて、米さんは流れ作業全体の説明を行い、そして割り振った各自の作業内容をやって見せた。


「では、始めましょう」

 米さんの声で、上手から作業が始まる。

「ほう、これは面白いが、目が回る」

 種蔵が真っ先に声を上げる。

「ちょっとの説明で、俺にも炭団を作る作業ができているぞ。

 実は俺はこの作業をやってみたかったんだ」

 左平治は、型から小炭団を抜く作業を楽しげに始めた。

 でも、これを一日中繰り返したら飽きがくるのは間違いないだろう。


 ざわざわする工房に気づいたのか、助太郎が作業している場に飛び込んできた。

「申し訳ない、寝てしまった。

 ところで皆一体何をしているんだ」

 米さんが説明する。

「これは流れ作業方式と言って、生産を飛躍的に高くする方法です。

 義兵衛さんが教えてくれたのですが、それぞれが単純な一作業を担当するだけなので、新しい人が入ってきても覚えなければならないことが少ししかないので、人が増えても比較的簡単に対応することができます。

 とりあえず、やっている作業を見てください。

 実際には、これを2列作って向い合わせに置き、競わせるそうです。

 今までの一人で最初から最後までするのと違い、何倍もの速度で作ることができるのですよ」

 そう言って示す先を助太郎は観察し、ことの次第を悟った。

「助太郎、この方法はとても効率的だが、丸一日同じ作業を繰り返すことになるので、担当する部分で苦痛になったりすることもある。

 なので、途中で人と作業を組み替えたり、成果が上がった人には報奨を出すという工夫が必要だ。

 このやり方ができるのも、型が充分あるからできることなのだ。

 最初の報奨は、助太郎が受けるべきなんだろうな」

 そう言うと、皆は作業の手を止め、拍手をし始めた。

 助太郎は、うなっている。

「確かに型は沢山作ったが、こんな作業方法があるなんて思いもよらなかった。

 このやり方なら、日産5000個越えは間違いないです。

 2列なら、10000個はできそうです。

 これで安心できました」

「それから、明日は古澤村から原料となる木炭を60俵持ってくるそうだ。

 続々と集めるから、しっかりやろう」


 この後、助太郎さんと米は明日の段取りについて相談を始めた。

 義兵衛と細山組は、乾燥部屋の拡大と、製品収納庫の整理を行った。

 梅は膨れ面をしながら、寺子屋組と作業場の整理を行っていた。

 皆、力を合わせて難局を乗り切るのだ。


職場に新しい人が入ってくるための準備は意外と大変です。

肝心の新人はこの苦労を知らないのですがね。当たり前じゃないのですよ。まあ、自分が新人のお世話をする番になると判るのですが。

それにしても7人の工房で20人を越える新人を受け入れるとなると大変なのです。

という話が次回です。

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