再び工房での体制変更の説明 <C293>
江戸での話し合いの結果、出来る分を作る、から、生産目標を設定します。
■安永7年(1778年)3月13日午後 金程村・工房
午後、助太郎の工房へ出かけ、全員を集めた。
まず、全員に江戸のお土産の金平糖を配り、その上に、米・梅・春には櫛も合わせて配った。
みんなニコニコして、どんないいことがあったのか知りたいという顔をみせている。
この笑顔が俺の心を癒してくれ、ここが帰るべき場所・守るべき笑顔だ、という思いを強くする。
そして、これから生産増大の嵐が吹き荒れるのだから、皆にきちんと事情を話すべき、と判断した。
「江戸の炭屋本店・萬屋さんのところへ、七輪と練炭・炭団の扱いについて交渉してきた。
その結果判ったのは今の生産量ではとても足りないということだった。
江戸は60万人のお武家様と60万人の町人、合わせて120万人が暮らしている大きな町だ。
そこで小炭団を売り出すとしたら、毎日6000個は必要になるだろう、と萬屋さんの番頭が言うのだ。
月で言うと、18万個だ。
今ここにいる皆がどんなに頑張っても、小炭団を毎日6000個作り続けることはできないだろう。
米さん、一日必死で朝から晩まで炭団を作ったら、何個作れるかな」
突然話を振られた米さんはびっくりしているが、先の巡回で鍛えられていたのか、その場で暗算して返す。
「頑張れば、おおよそ1000個はなんとか作れます。
しかし、そうすると粉炭を捏ねたりすることができませんし、他のものを作ることもできません」
質問の意図するところを汲んで返答してくれた。
「一番的確に手早く作れる米さんでも、手一杯になる。
しかも、作らねばならないのは、小炭団だけではなく、七輪・卓上焜炉と普通練炭・薄厚練炭・炭団と種類も多いのは米さんが指摘した通りだ。
粉炭も毎日15~20俵作らないと原材料が間に合わない。
江戸という人口の多い、消費の盛んな所を相手にするためには、普通のやり方では持たないことが判った。
そこで、思い切って人手を増やして乗り切ることを考えている。
金程村のそれぞれの家で、少しでも手が空いている人を出して欲しいと名主から話がいくだろう。
細山村へも応援を求めている。
お館の甲三郎さんに説明して、寺子屋の子供は近蔵や福太郎・春のように、午後手伝いに工房へ来てもらうようにするつもりだ。
なので、細山村だけでなく万福寺村の子供等も来てもらうことになると思う」
ここで一息いれる。
「どうしてこのような話をなさるのですか。
今まで通り、こうしろ・ああしろ、と指図なさるだけでよいではありませんか」
珍しく意見を言わない近蔵が発言する。
伊藤家の小作の子としてそれらしく振舞っているが、寺子屋での様子を見ても、実はできる子と義兵衛は評価している。
助太郎が疑問の返答をする。
「近蔵の疑問はもっともだと思う。
この工房に最初に皆が来た時は、皆で同じ作業を一通り行い、どういったところに仕事の難しいところがあるのかや、各人の向き不向きを見極めようとしていた。
こうした試行錯誤の結果として今の姿にやっとなっている。
しかし、これから入ってくる人に同じように時間をかけていることができない。
新しい人が沢山になると、俺が直接指導していられない状態になるのだ。
なので、全部の作業を知っている5人は、全員が係の長をしてもらい、新しく入ってくる人を指導してもらいたいのだ。
だから背景を知っておいてもらいたいのだ」
寺子屋の中でも下のほうに位置する福太郎や春が不安色な顔をしている。
「福太郎や春には、難しいかも知れないが、指定する作業の責任者として覚悟しておいてもらいたい。
中には、今ここにいる人よりも上手く作業できる人がいるかも知れないし、そうじゃないこともある。
また、年上の人に指導するという場面では困ることもあるかも知れない。
そういったことも踏まえて、米が、全体を仕切ってくれ。
その下に、梅・近蔵・福太郎・春で分担する。
細山の左平治と種蔵は、物の運搬や粉炭作り係の長として指導を行う。
工房の外側の仕事になるので、俺が直接仕切る。
もし、新しく入ってくる人がその作業に相応しくない場合は、俺か義兵衛さんに報告すること。
他のこういった作業の方が向いている、という感覚は全部の作業を一通りしている皆だからこそ判ると思っている。
一緒にやってきて、一番あてにしているのがここにいる『みんな』なのだ。
よろしく頼む」
この後、助太郎は3月末日までの16日間に作り出す製品の目標数値を、優先順位が高い順に掲げた。
・小炭団:100000個
・炭団:3000個
・卓上焜炉:900個
・七輪:300個
・強火力練炭:600個
・薄厚練炭:1500個
・普通練炭:30個(薄厚120個分)
みんな息を飲んだ。
これまでの作業で作っていた数量とは桁が違うのだ。
今更ながら、助太郎が「これではまだまだ全然足りん」と言っていた意味が染み透ってきた。
「毎日均等に作っていたのでは、分散して生産効率が悪いので、特定のものに集中して作ることも考える。
皆もこうした方が良いという話があれば、どんどん案を出してほしい。
この間、梅が言った『粉炭を練るヘラ』のような秀逸な案があれば、梅のようにご褒美を奮発するぞ」
みんなの視線の集中砲火を浴びた梅は真っ赤になって袂で顔を隠した。
「ご褒美って何もらったの?」
梅の横に居た春は『自分もほしいなぁ』という表情で無邪気に問いかける。
「内緒よ。内緒だってば」
梅は消え入りそうな声で答える。
「はい、話はここまで。
では、とりあえずいつもの作業に戻ってください。
毎日の生産量の変更を行います。
炭団は4分の1の128個にしてください。
代わりに、小炭団を64個から512個に増やします。
目標の10万個にすれば少ないですが、塵も積もれば山となる、です。
福太郎さん、春さん、作業が少し変わりますが大丈夫ですね。
近蔵さんの指示に従って作業してください」
助太郎は強制的に打ち切りを宣言し、作業変更を指示した。
義兵衛は、細山組に声をかける。
「左平治と種蔵は、明日登戸村に七輪と練炭を持っていってもらう。
今回は残念なことに泊まりじゃないからな。
準備を手伝ってくれ」
無印七輪3個と、焼印入り七輪6個、普通練炭62個、薄厚練炭336個、炭団3408個、小炭団256個、卓上焜炉12個、強火力練炭8個と結構な在庫がある。
「義兵衛さん、助太郎さん、明日は村からもう二人程なんとか呼んでみましょうか。
6人なら、90貫まで行けますよ。
優先順位の高い4脚と、できればという2脚に分けて作っておくといいですよ」
種蔵が案を出してくれた。
「頼めるならそうしてもらいたい。
凄く助かる話だ。
名主の白井さんには、後から了解をもらっておく。
それで、これはご褒美に該当するのかな」
義兵衛がそう言うと、助太郎は笑いながら、首を横に振った。
しかし、先日の急場にあたり現場からの緊急要請という事例の最初なのだ。
細山組から自発的に出たところに価値があるのだ。
上手くいくようなら、義兵衛からご褒美を出した方が良い。
「助太郎、梅へのご褒美はなんだったのか教えてくれ」
「内緒よ。内緒だってば」
助太郎は梅の物まねをする。
こいつ、まさか何かしたのか、と思って問い詰めると白状した。
なんと、助太郎が昔作った木彫りの人形だった。
『梅にしてみれば、何をもらったではなく、誰からもらったかが重要なんだろうな。
ならば、義兵衛が種蔵に出せるものはないな』
そう思いながら、義兵衛も明日の準備を手伝った。
焼印入り七輪は2個、卓上焜炉は8個、結構量がある炭団は1200個にして、あとは全部持っていくと丁度90貫目くらいになる。
ちなみに、おおよそ小売値で金20両の金額なので、加登屋さんに卸す分を除くと15両程度の取り分に相当する。
急遽の応援2人をあてこんでの6脚に15貫目ずつくくりつけ終わると、工房の終礼が始まる前に家に戻った。
工房の中もいろいろと大変です。
次回は、また登戸行きとなります。
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