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萬屋本店での交渉 <C290>

89話目(=投稿開始から89日目)で累計で50万PVを達成することができました。弊著を読んでくださる皆様、感想やコメント・アドバイスをお寄せ頂ける皆様のご支援に深く感謝します。ありがとうございました。

また、駆け出しの「きただ」に小説の書き方について、読者からご指導して頂けるのはとても助かっています。この「なろう」に投稿して正解でした。この場を設置・運営しておられる「株式会社ヒナプロジェクト」様に感謝します。

さて今回は江戸に出てきたの話しの最終話です。

 店ではまず茶の間に通され、少し待たされた。

 それから、昨夜同様奥座敷へ来るようにお呼びがかかった。

『これでどうやら決着するな。

 大筋さえ決まれば、細かな調整は登戸の店を通じてすればよい』

 そう告げると、義兵衛さんがまだ残っている案件があることを言ってきた。

『府中宿で大丸村・芦川さんの対応先の話が抜けていますよ。

 府中宿で卸した店が株仲間で江戸に本店もしくは支店を持っている場合、やっかいです。

 中田さんに、府中宿の炭屋を調べて、契約上問題のない炭屋を指定してもらうのが良いと考えますがどうですか』

 確かに、この件を言うのを忘れていた。


 皆が席に着くと、千次郎さんが最初の挨拶をし、やはりお酒の猪口ちょこを掲げての乾杯となる。

 料理に、なんと天麩羅てんぷらと出し巻き卵が加わっている。

 天麩羅の具は、白身魚の切り身と葉物野菜で、うどん粉を塗して胡麻油で揚げたものということだ。

 ただ、残念なことに、仕出し屋から取っているため、冷えて水気が染み出し多少しんなりとなっている。

 暖かいのは、味噌汁と御櫃に入れて持ってきているご飯、熱燗にしたお酒ぐらいだ。


 こう思って料理を見ていると、同じ思いを皆持っているようだ。

 各自のお膳の上で温めるという方法があると知ってしまうと、こうすれば熱々を食べることができると思ってしまうようだ。

「これは、卓上焜炉こんろがあることを知ってしまうと、もう無い膳というものが考えられなくなりますな。

 すると、どの料亭でも、どの仕出し屋でも焜炉と小炭団を購入するしかないでしょう。

 江戸のお武家様は約60万人で、その内1分(=1%)の人がこういった膳で毎日食事すると6000人分。

 毎日6000個の小炭団が消費されると思うと、月18万個の小炭団を使うことになり、これは1個8文としても144万文、つまり毎月360両の売り上げ・・・」

 番頭の中田さんが、考えるまま声に出していたが、360両のところで固まってしまった。

 この呟きを聞きながら、義兵衛さんは、毎日6000個を作らねば間に合わないことに気づいて固まってしまった。

 小炭団を毎日6000個も作るのであれば、七輪や練炭を作っている時間がないではないか。


「毎日6000個というと、稼動8割で7500個の焜炉を準備する必要があるし、しかも必ず売れる。

 1個100文で作らせて、200文で売れば150万文の売り上げ、360両位か。

 そもそも7500個準備するのに、どれだけ時間がかるのか。

 下手に少しの量で販売を始めたら、焜炉も小炭団も奪い合いになるに違いない。

 焜炉が1個200文と思っていても品薄になると値があがるのは間違いない。

 しかも、火の神様のご利益がある焜炉は、ここにしかないとなると奪い合いになるだろう。

 見目が悪くても、金程村で作った焜炉も仕入れておいて、上等な物がなくなったら代わりのものがあると紹介するのが手か。

 この分だと金程村製の焜炉をおいてみたら、買ってくれる人もおるかも知れん」

 多分、忠吉さんは卓上焜炉作りを任されたようで、色々なシーンを想い浮かべてブツブツ言い始めている。


「ほれ、獲らぬ狸の皮算用、とはこのことじゃ。

 まだ具体的に何もしておらんのに、欲ばかり掻きよって。

 面白いものがあるから夢を見たがるのは判るが、まずは自分が汗を流してナンボのもんじゃろう」

 お婆様が皆の話を締める。

 その声に押され皆箸を進める。


 このような遣り取りが食事中も繰り返され、終わりに近づいたとき、千次郎さんが話し始めた。

「義兵衛さん、この席では相応しくないかも知れませんが、萬屋としての方針・方向をお伝えします。

 まず、江戸市中で金程村の七輪・練炭の販売は独占したいので、萬屋だけに卸すようにしてください。

 つまり、他の木炭株仲間へは卸さないという約束をしてもらいます。

 その代わり、今まで木炭は固定価格で売り掛けとしていましたが、七輪・練炭については固定価格に相当する最低価格を保証した上で売り上げの7割までを金程村の取り分として計上することにするようにします。

 これは、七輪・練炭が高騰した場合に得られる利益を還元するという特約です。

 萬屋から金程村に卸して頂きたい物量を事前に提示しますので、金程村は納期と数量を返答ください。

 生産量を考えると、ここは逆に、金程村から納期と数量を提示してもらい、全数受け入れるかを回答する方法でも良いかと思います。

 それは、都度協議する、ということでよいと考えます。

 また、金程村での生産量が需要に追いつかない場合の処置として、萬屋では金程村以外で作られた七輪・練炭についても取り扱う可能性があることも含み置きください」

 千次郎さんが、金程村と萬屋の間で行う商いの大枠を説明してくれた。


 義兵衛さんは、概ね良いのではないかとして了解しようとしたが、俺は疑いを持った。

 この条件だと、独占卸しの項目を残したまま、卸し枠を絞られる可能性がある。

 その場合、金程村は過剰に在庫を抱えたまま売り先を失い立ち往生してしまう。

「概ね了解できますが、金程村から卸し希望数量を大きく下回る受入数量を萬屋さんが示されたときに、独占卸しの約束を解除できるようにしてもらえませんか。

 あと、府中宿でも七輪・練炭の商いをしたいと考えています。

 江戸市中に店を持つ炭屋かどうかを調べる術がないので、どの炭屋を相手に商いをすれば良いかを登戸店番頭さんに見て頂きたいと考えます。

 なので、江戸市中以外の炭屋については、株仲間であることを理由に指定した炭屋には卸さないという指図を金程村は受け入れる、という趣旨を入れて欲しいですね」

 一応ではあるが地雷を踏む可能性を低くする提案返しはできたようだ。


 義兵衛の提案を聞いて、忠吉さんは驚いているが、千次郎さんは『やはりな』という顔をしている。

「義兵衛さん、あなたはとても商人に向いていなさるようじゃ。

 せがれや、ここにいる両番頭より、よほど抜け目がないとお見受けしますぞ。

 名主の家とは言え、次男坊じゃろ。

 村で農作業をするのではなく、この萬屋で働いてみる気はないかのぉ。

 さすれば、わたくしが直ぐにでも番頭に推挙するぞ。

 それと、孫娘はまだ8歳なのでちょっと早いが、娶わせても良いかのぉ」

 お婆様の暴走が始まった。


「折角の申し出ではございますが、まだそのようなことは全然考えておりません。

 金程村の人を背負っている身という意識でございますので、我が身の栄達は考えておりません。

 今は、ただただ平にご容赦くださいませ。

 さて、今日の午後で小石川薬園へ行くこともでき、概ね江戸での用を終えることができましたので、明日には村に戻り、七輪・練炭の開発と量産に励みたいと考えております。

 今回は皆様と顔見知りとなり、有益な意見交換ができたと思います。

 また、交渉した内容は、文書を交換して確認・締結すればよいかと考えます」

 七輪・練炭・炭団の卸し値段、最低保証価格の取り決めはしていないが、番頭の中田さんからおおよその最低価格は聞いているだろう。

 それを汲んでもらえればよい。


 食事を終え、茶を飲みながら、お婆様はまだブツブツ言っている。

「ほんに勿体無い話じゃ。

 今回は諦めるが、まだまだ関わりはあろうことじゃから、だんだんその気にさせればよいわ。

 孫娘もうんと磨きましょうほどに、今度会わせればメロメロじゃろう」

 駄々漏れですよ、お婆様。


 その夜はもう突っ込みもなく平穏に終わった。

 持ってきた銭も、ほとんど使うことなく終えることができた。

 さあ、村に戻って次の準備だ。


お婆様のところは筆が進みました。

次回は、江戸からの帰り道に商売の方法について話しをした件です。

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