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小石川薬園とお土産の調達 <C289>

ちょっと一息の話しです。

 裏庭で強火力練炭に火を入れると、料理人が鍋を使ってごった煮を作り始めた。

 周りに、お婆様や主人・千次郎さん、大番頭など萬屋の首脳が雁首を揃えて手元をみているせいなのか、料理人がガチガチになっている。

 しかし、暫くするとごった煮が出来上がったようで、良い香りが立ち上っている。

 その様子を見て、千次郎さんが話す。

「この練炭は、確かにこのままでも充分使えるなぁ。

 これを料亭に売り込むか。

 江戸市中の主な料亭に実演販売して、ついでに小炭団を披露すると効率的に回れるか。

 義兵衛さん、この強練炭と小炭団・焜炉はいつごろ、どれくらい卸していただけますか」

 やっと、金程村との練炭取引が萬屋にとってどれほどの影響があるのかを理解して踏み出してもらえるようだ。

「この場で即答できません。

 まずは、今の七輪と練炭の扱いをはっきりさせて、それから料亭向けの強練炭や小炭団の話をしませんか」

 少し落ち着いたのか、お婆様が声を出す。

「ここでの立ち話も何じゃ。先ほどの茶間に戻らんか。

 おおよその方向は定まったのじゃろ。

 ならば、わたくしはもう言うことはない」


 茶間に皆が集まると、義兵衛が最初に口を開いた。

「強火力練炭はまだ生産が軌道に乗っておらず、いつどれ位卸せるかは今約束することはできません。

 一方、小炭団は量産できる状態になっており、いつどの程度必要なのかを言って頂いたほうが助かります。

 ただ、焜炉については先に説明したように、金程村では調度品としてふさわしい水準のものを作れません。

 また独占について、神社を頼る一策を説明させてもらいましたが、萬屋さん側での準備待ちです。

 七輪と練炭を秋口に大規模に売り出すというこちらからの提案も検討して頂きたいです」

「いろいろとご意見を頂き、大変ありがたいと思うが、要は萬屋の商いをこれからどうするか、という話に尽きる。

 ここは、お婆様と忠吉を交えて、萬屋としての話をまとめるのが筋と思う」

 千次郎さんがこう言うと、お婆様と忠吉が強く頷いた。


「今夕も宴席を設けさせて頂きます。

 その時にいろいろ話させてください」

 千次郎さんが改まってこう言うと、お婆様が続けた。

「折角、江戸市中までおいでになったのだから、いろいろ見て回ってはいかがかな。

 中田は、義兵衛さんと一緒に夕方まで案内してくると良い」

 これは好都合だ。

「ご配慮、ありがとうございます。

 丁度良い機会なので、小石川薬園へ行く用事を片付けてきます」

 実は、今回の江戸行きで『赤唐辛子』の種を求めたかったのだ。

 それ以外にも、工房の面々へ何かお土産を買って帰りたいと思っていたのだが、中田さんが一緒なら心丈夫だ。


 義兵衛と中田さんは揃って店を出て、まずは小石川薬園へ向う。

 前回たどった道は、お城の方を右手に見ながら迷いながら歩いていたが、今回は中田さんの案内で半刻ほどの時間でたどり着くことができた。

 門番に、同心の戸塚順二様への取り次をお願いする。

 間もなく、中へ通され、以前待たされた建物の中の土間で待つように言われた。

 すぐに以前もお目にかかった戸塚様が奥から現れ、義兵衛は平伏した。

「ああ、儀礼は良い。

 先日といってももう20日程前じゃったか、薩摩芋の種芋を下賜した金程村の者じゃの。

 あのおり、ジャガタライモの問い合わせをしておったが、今回はその件かな。

 長崎奉行あてに文を出してはおるが、まだ返事はないので、折角来てもらったが手ぶらになるのぉ」

 義兵衛は率直に尋ねることにした。

「いえ、今回はジャガタライモの件ではなく『赤トウガラシ』あるいは『タカノツメ』という名前の野菜の種を探しております。

 もしこちらにあればと思いお聞きした次第でございます」


 戸塚様は腕組みをして何かを思い出すかの風であった。

「それは、確か種をこちらで持っておる。

 種子の外皮を加工して辛みの調味料としておるのは知っておろう。

 村で特産品にでもするつもりか。

 まあ、先に取り寄せるので、少し待っておれ」

 義兵衛をおいて、戸塚様は奥へ引き込み直ぐ戻ってきた。

「今、種を取りにかせておる。

 で用途はなんじゃ」


「赤トウガラシの実を米に湧くコクゾウムシの虫除けに使うことを考えております。

 突然の来訪で申し訳ございませんが、これはこの療養所へ献上させて頂きたく、お納めください」

 義兵衛は、銀10匁と豆板銀を懐紙につつみ、戸塚様に差し出した。

 10匁は療養所、豆板銀は戸塚様の取り分という配慮なのだ。

「うむ、ありがたく受け取ろう。

 虫除けとは考えたな。

 香りで虫を遠ざけるなら山葵ワサビも効果があると聞く。

 ただ、虫は湧かなくなるが、強烈な臭いが米に移るとも聞くので、注意して使えば役に立つはずじゃ。

 確か、そちの近郊では中河原村・府中宿という多摩川沿いのところで栽培しておったぞ。

 川筋に沿った崖から出る清水で育成するように聞いておる。

 近くの村で買ってみても良いかもしれんぞ」

 銀の効果か、虫よけのためにどうすればよいかの話をしてくれる。


 しばらくすると、中間ちゅうげんがトウガラシの種を小さな布袋に詰めたものを手にして現れた。

 戸塚様は、その小袋の中を改めたあと、義兵衛に渡した。

「これが種じゃ。大切にいたせよ」

 義兵衛は小袋を受け取ると、その場で平伏した。

 戸塚様は満足げに頷くと奥へ戻っていった。

 これでトウガラシの種は入手できたし、なにより山葵も効果がありそうな話を聞けて満足した。


 小石川薬園を出ると来た道を逆に辿り、本店のある日本橋へ戻っていく。

「その種が銀10匁とは思い切りが良いですな」

「こちらは一介の農民で、戸塚様はお武家様です。

 お手を煩わせることになりますので、多少過分にしたほうが良いという父の教えです。

 前回も同様に差し上げておりますので、多少面倒と思ったとしてもこのようにご対応して下さいます。

 またいつ何時なんどきお手を煩わせることになるやも知れません。

 先で必要になるかも知れない縁をきちんと繋いでおくのに、銀は重宝します」

「なるほど、では中田にはどうでしょう」

「ご冗談が上手い。

 商売人には気をつけよ、が父の教えでございます」


 日本橋の近くになると色々な店がぎっしりと並んでいる。

「工房へのお土産として、金平糖を7人分と櫛を3枚欲しいのですが、案内してもらえますか」

 中田さんは、こういった物を扱う店にも詳しいようで、たちまちお土産を調達できた。

 全部で400文(=10000円)になったが、きっと喜んでもらえるに違いない。

 春や福太郎の無邪気な笑い顔が無性むしょうに見たくなった。

「7人分と3人分、これが練炭を作っている人数ですな。

 すると、運んできた2人を入れて、たった13人であれだけの売上を出しているとは、話だけではとても信じられませんよ」

 荷運びしてきた子供にはお土産がないものと踏んで、男7人・女3人を想像したに違いない。

 その子供だけで、しかも助太郎を入れて7人と説明したら、仰天した挙句嘘ツキと思われるだけだろう。

 そこで、ハハッと軽く笑って正直に答えるのを止めた。

 結構時間を使ってしまったのか、夕刻になって日本橋の本店に帰り着いた。


結構あっさりと休みの午後が終わります。

さて、次回が交渉の要点の妥結となります。江戸での話しは一応終わります。

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