本店で小炭団のお披露目と卓上焜炉 <C288>
81話の感想の刈り取り予定でしたが、該当部分は90話に延びてしまいました。
話数予告は難しいことを改めて感じました。
『第二弾の小炭団の出番だ。
しかし、加登屋さんの説明とは違い、炭屋さんへの説明ということを忘れないようにするんだぞ』
義兵衛は、小炭団の束を1本取り出し、座卓の上に真っ直ぐに立てた。
「使い方に特徴があるので、少々道具をお借りしたいのですが」
大番頭さんが丁稚を呼び、背の高い五徳と火皿、水の入った徳利を用意してもらった。
そして、義兵衛は加登屋で使った紙の残りを取り出し、箱を折る。
「この小炭団は、料理屋の客席で使うことを想定しています。
そして、今簡易的に五徳と火皿を使いますが、七輪同様に専用の道具・卓上焜炉を設計中で、出来次第一緒に販売します」
「ははぁ、辻売りの時の改造火鉢と同じということですな」
中田さんが口を挟むことで、当事者をアピールしてくる。
「小炭団は、せいぜい6分の1刻(=20分)程度しか火が保ちません。
しかし、形がそろっているところ、持ち運びが便利なこと、四角いため収容しやすいことという特徴があります。
さらに、小さいため使用されている原料が少なく、そのため希望小売価格は8文程度に設定したいと考えています。
典型的な薄利多売商品です。
こちらは最初、料理屋などお客に料理を出すところへの実演販売で売り込むことを考えます。
しかし、これを使った料理を見たら、同じものをどの料理屋でも出そうとするでしょう。
そうなると、卓上焜炉と小炭団を多量に買い求めるお客が殺到すると考えています。
では、実演してみましょう」
火皿に小炭団を置き、五徳の上には水を入れた紙箱を載せる。
小炭団に火をつけると、上の紙箱の水が温まるのを待つ。
「料亭では、普通作り置きの料理を皿に盛って出します。
都度作ったものを直ぐに出せばよいのですが、作った後、料理を食べるまでの間に冷めてしまうことが往々にしてあります。
ならば、客席で温めればよいのではないか、というのが着想です。
実際に食べる少し前に、小炭団に火を入れます。
8分の1刻(=15分)位載せておけば、結構温められますので、作り立てのように美味しく食せます。
野菜屑を煮て醤油で味付けしたものを、これで作ってみましたが、ホクホクしたものを食卓で食べるのは格別でした」
丁度箱の中から湯気が立ち始めた。
お婆様も、千次郎さんも、両番頭さんも、ただただ驚いている。
「小さな焜炉がそれぞれの膳の上で、食べている時に火が点いて、湯気が出ている状態のものがあるなんて。
しかも、熱々のものをそのまま口にして」 ゴクッ!
大番頭の忠吉さんは言いながら、喉仏が動いた。
「囲炉裏傍で、鍋から摂るというのであれば出来るが、それが膳の上で出来るなんて。
確かに、どこかの料亭で出したら、絶対真似をするしかない。
どの料亭でも、これを出そうとすると、一体どれだけの焜炉を準備しなければならないのか。
一晩で、どれだけの小炭団が消費されるのか。
1個が安いだけに飛ぶように売れる光景が目に浮かぶ。
考えただけでも震えがくる」
千次郎さんが、声を震わせながら話す。
やがて、小炭団の火が消え灰が残る。
「実は、お願いがあります。
金程村で作る専用の焜炉はいかにも田舎仕立てで、江戸の一流料亭で出せるような焜炉を作ることができません。
後日見本の焜炉を提供しますので、これを元に膳に合う焜炉を作ってもらえないでしょうか。
気にしなければならないのは、小炭団を乗せる火皿と火皿から乗せる台までの距離位でしょうか。
火皿は、炭団も乗せることができる大きさで作っておけば、長時間あぶる焜炉にもなります。
少し図に描きますよ」
義兵衛は、文机から半紙と筆を取り、サクッと三面図を描いた。
底が2寸半の四角い板の上に直径2寸の円が切ってあり、四隅の角からは四本の足が上に伸びている。
そのままの形で、重ねて置くことができるように要所には寸法(内寸と外寸)の注釈をつける。
上に伸びる足の内側は熱にさらされるが、外側は直接熱せられないので、装飾を施すことができる。
図を見て、大番頭の忠吉さんは、足の高さの指定がないと質問してきたが、そこを今確認しているので待ってもらいたいとの返答をした。
どうやら、これを作らせる先のアテはあるようだ。
多分類似品が沢山作られるに違いない。
ならば、七輪の焼印の工夫を話しておいたほうが良いかもしれない。
七輪が秋葉大権現なので、卓上焜炉は愛宕神社でどうだろうか。
「忠吉さん、このまま焜炉を作らせると、同じようなものを作るところが直ぐ現れます。
実は、七輪も同じことが起きると考え、ちょっとした仕掛けをするようにしています」
こう前置きしてから、秋葉大権現の焼印を押す独占契約を締結している話をした。
半紙に、鳥居と寺名・額・神社名という焼印の形を書いて示しもした。
「なので、同じような契約を、愛宕神社と結ばれてはいかがでしょう。
焜炉にお印を入れることができるのは萬屋だけで、もし他で愛宕神社のお印を入れるのであれば多額のお布施を取ればよいと囁いておくのです。
神社は新たな収入の道を得ますし、他所はお印がないものを売るしかないため、萬屋は焜炉を独占できます」
この話をした時に、皆のけぞってしまった。
「ほれ、またトンでもない知恵が出よった。
どう考えても、合わせて踊るしかあるまい。
千次郎よ、この案は早いもの勝ちじゃ。
ここで茶を啜っている場合ではなかろう。
忠吉、さあどうする。
義兵衛さんはこの歳で、対策を考え抜いて、しかも禅寺を相手に一人で話をまとめ上げておるのじゃ。
お前にできん訳はなかろう」
お婆様は急かすが、これだけで直接動くと禄なことにならない気がする。
余計とは思ったが口を挟む。
「僕の場合は、寒村の窮状を訴えたのと、村の大地主さんの立会いがあったからこそ上手くいったのだと思います。
萬屋さんの看板を持って、直接愛宕神社の神主さんに交渉しても上手くいくようには思えません。
働きかけをするのであれば、愛宕神社の氏子総代を抱きこんでから、焼印独占の話をするのが得策ではないでしょうか。
もしくは、寺社奉行の筋で権威を背景に、愛宕神社の肝を握っている人をあぶり出してから、その人を落すとか。
商家には商家なりの方法があると思います。
『急いてはことを仕損じる』ということもありますので、慎重に、二重三重に策を巡らすのが得策です。
万一愛宕神社が落せなかった場合でも『ここに儲け話がありますよ』と匂わせて、後出ししてくるところの邪魔をしておく位はしておいてもいいと思います。
そして、その場合は目標を荒神様のお札に切り替えてもいいでしょう。
どうでしょうか」
「ここまでお膳立ての意見を貰っておれば、容易い話ではないか。
義兵衛さんが凄いのか、お前等が不甲斐ないのか、もう、わたくしは悔しいのですよ」
お婆様がヒートアップしてきている。
「皆さん、ちょっと落ち着きませんか。
千次郎さん、強火力練炭を試してみませんか」
この店で飯作りを担当する料理人を呼び出し、鍋と食材を用意してもらう。
それから、七輪に件の練炭を1個入れ、皆で狭い裏庭まで移動したのであった。
次回は、この日の午後の話です。
感想・コメント・アドバイスなどお寄せください。筆者の励みになります。




