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本店で強火力練炭のお披露目 <C287>

お婆様が再登場です。

 千次郎さんがお婆様を連れて、七輪と練炭も持って店の茶間まで戻ってきて、座卓の前に座る。

「忠吉、さっきの書付をお婆様に説明してくれ」

 忠吉は、義兵衛の『村人を餓えさせない』という想いと、そのために練炭を産み出したことを先に伝えた。

 そして、七輪を使った商法の例を解説した。

・七輪1個、練炭4個を無償提供し継続購入で元をとる

・購入者紹介で練炭をおまけとして付ける

 また、秋口まで品物を多量に積み上げ一気に売り出すこと、安価な類似品が大量に出るまでに決着をつけること、という時間・期間に制約がある見通しを説明した。

 そして、先に説明した販売方法で、初期投資で失った利益が意外に簡単に取り返せることを、取り返した後は丸々儲けになることを中田さんが算盤そろばんを弾き、数字で説明した。


「今、登戸の店では委託販売を行っており、結構高い値段で売っておりますが、売れ行きが鈍った場合に値段を下げて売るのではなく店頭での販売を一旦やめてもらいます。

 夏場の需要枯渇期に安値で売っているのを知ると、秋の需要立ち上がり時に提示した値段がいかにも高く感じてしまい、購入を手控えてしまうことがあると考えるからです。

 最初の勢い・流行に乗ることが重要で、秋口に『はつもの』感を出すように準備し、一気に市場全部、もしくは要所を全部押さえてしまうことが肝心です。

 そのためには、機会損失が発生しないように潤沢に、かつ過剰にならないように七輪と練炭をひそかに準備することが重要です」

 この際、上手く登戸の委託販売についての条件変更を織り込めればということで、前後を真綿でくるんだ状態にして、義兵衛は口を挟んだ。


「ええっと、こんな時に細かい話で恐縮ですが、2点確認させてください。

 登戸で販売を止めたときの練炭はどうしましょうか。

 あと、客が売ってくれといってきた時の対応はどうしましょうか」

 中田さん、ナイスです。

「表に出している価格表示の看板を引っ込めてください。

 余計と思う練炭は、こちらで引き取ります。

 売ってくれというお客様には、引っ込めたときに掲載していた値段で売ってください。

 その時に手元に練炭がなければ、加登屋さんに行けば練炭を都合してもらえると伝えてください」

 これは、加登屋さんでも練炭が販売できることを担保するための罠なのだが、引っかかるかな。

「判りました。

 そうしますよ」

 どうすればいいかを指示された安心感からか、あっさり同意してくれた。

『知らんぞ、中田さん。

 千次郎さん、目の前でOKしてしまったぞ。

 だから、万年番頭さんなんだよ』


 お婆様が口を開く。

「昨夜も言うたではないか。

 知恵を貸してくれれば、一緒に踊ってやろうと。

 細かい話は、どうでもよい訳ではないが、後で詰めても良いじゃろう。

 千次郎、お前は義兵衛さんの話を聞いて血がたぎってこないか。

 わたくしは、七輪・練炭で暖を取りながら、この新しいものでどうやって商売するのかを考えるのが楽しくてしょうがなかった。

 なので、義兵衛さんが説明された商売の方法を聞いて嬉しくてしょうがない。

 義兵衛さん、さっき話をした商売の方法は、これだけではあるまい。

 江戸市中の半分は、取りはぐれのないお武家様じゃ。

 出入りのお武家様に無償で配るというのは、その後に起きる騒動を思うだけでも心が震えるわい。

 なにせ、江戸市内の炭屋で七輪と練炭を持っているのが、この萬屋だけなのじゃから。

 先ほど千次郎には『気概があれば他の株仲間には卸す気はない』と申したそうじゃな。

 それに即答できんかった千次郎も情けないと思うぞ。

 番頭共もどう思おておる」

 やはり、最初に感じた通り、お婆様が萬屋のキーパーソンだった。


「それから、義兵衛さん。

 わざわざここに来るということは、これだけではあるまい。

 もう隠し事はなしにせんか。

 わたくしどもに、全部見せてくれんか」

 どうやら義兵衛の後ろにある包みが気になったようだ。


「はい、ここで出し惜しみするつもりはございません。

 ご要望通り、今作りかけのものですが、全部お見せしましょう。

 2種類の新しいものを見本として持ち込みました。

 どちらも、夏場に銭を得る手段として考えているものです。

 まだ色々と試しの途中なので、実物を見て不備な点があればお教えください」

 こう言って強火力練炭と小炭団の入った包みに手を伸ばす。

「今までお見せしている練炭は長い時間ゆっくりと燃えるという特徴がありました。

 今回持ってきているものは、どちらもその特徴を否定する練炭です。

 まずこの練炭は、強火力練炭と言います」

 義兵衛は強火力練炭2個を座卓の上に置いた。


「見ての通り、厚さは普通練炭の半分、薄厚練炭の2倍ですが、その特徴は6分の1刻(=20分)という短時間で燃え、その間練炭の6倍近い強い火力を発する所にあります。

 料理を作る所で使うことを想定しています。

 今までの練炭だと、せいぜい鉄瓶で湯を沸かすのがやっとでしたが、この練炭では強い火力が得られるため鍋料理を作ることができます。

 また、薄厚練炭と同じように重ねて七輪に入れることで、2倍の時間、3分の1刻(=40分)に燃焼時間を引き延ばすことができます。

 特徴は簡単に火をつけることができるところです。

 急な来客で急いで調理しようとする場合、かまどに火を起こすのと比べると圧倒的な優位性があります。

 登戸村の小料理屋・加登屋さんの協力を得てここまで仕上げています。

 ただ、量産上の技術的な課題があるため、日産はまだ数個という水準です。

 こちらは、夏の間に大きな街道の小料理屋や旅籠といった所で、直接実演販売をしていこうと考えています。

 実演する時にどんな料理が見栄えするのかを考えている所です。

 小売り価格として、七輪は1000文、強火力練炭は160文を予定しています。

 一度売れると、あとは時々強火力練炭を持って巡回すればよいので、巡回可能な軒数もしくは生産上限が、販売可能な限界数になります。

 裏を返すと、巡回する人手や生産数を増やせば、増やした分だけ売上が上がると思っています」

 一気に強火力練炭の説明をした。


 中田さんが驚いた顔をしている。

「加登屋さんの所とやたらと懇意にしていると思っていたが、こんなことをしていたのか。

 これは全く知らなかった。

 料理なら、どんなに暑くても火を使うから、そこそこ需要はあるだろうし、薪を使うことに比べたら確かに便利だ。

 この用途は、ちょっと想像できなかった」

 千次郎さんも声を上げた。

「なんともはや、この強火力練炭を是非試したい。

 1個160文なら直ぐ買おう。まとめて2個で320文とは安い。

 丁度七輪もある。早速試してみたい」


 興奮している男どもを、お婆様がおさえる。

「これ、静かにせんか。

 目先のものに誤魔化されるではない。

 確かに興味深い商品ではあるが、それだけではない。

 義兵衛さんが説明の中で『実演販売という売り方をする』と言っておったことにお前らは気付いたか。

 料理屋の板長の前で、七輪・練炭を使って、売り子が料理して見せると言っておるのじゃ。

 見栄えのする料理を考えておる、じゃと。

 なんでそんなに自信ありげに、今までありもしない売り方をひょいと説明しやる。

 義兵衛さん、お前さんは一体何者じゃ」

「いえいえ、これはこの練炭を試している時に、加登屋の主人が芋煮を作ってくれたので思いついたのですよ。

 温かい醤油の香りが良くて、効能をクドクド説明するより、実際に見せたほうが料理人には判りやすいと」

 多分、実演販売なんて言葉=形式知が無いので、そこにひっかかりを覚えたに違いない。

 経緯を説明すると、なんとなく『さもありなん』という感じで有耶無耶になって、ほっとした。

 だが、この勢いで加登屋さんの所で見せた小炭団の実演をしたら、仰天されてしまうに違いない。


「強火力練炭は、練炭というものがあるのでなんとなく判るが、もう一つの小炭団とはなんじゃ。

 袋の中に瓦の欠片かけらを束ねたようなものが2本あるのが見えたのだが、それがそうなのか」

 大番頭の忠吉さんが口を出してきた。

 さあ、第二弾の始まりだ。


千次郎さんはお婆様に頭が上がらないのです。お婆様の年齢は60より前なのですが、恐くて聞けません。

感想・コメント・アドバイスなどあればお寄せください。


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