炭屋訪問と道具屋での鍬探し <C280>
金程村から練炭を運んできた義兵衛の一行4人は、登戸村の炭屋に向った。
入り口の所で、炭屋に委託販売しない強火力と小炭団を残すため、荷の積み替えをする。
荷の積み替えが終わると、さあ、搬入だ。
「こんにちは、金程村の義兵衛です」
大きな声で店の入り口から奥へ向って声をかけると、番頭の中田さんが現れた。
「あれぇ、明日こちらにこられると思っておりましたが、随分と早くこられましたな」
「明日は朝早く出るのではないか、ということで今夜加登屋さんのところで前泊しようと思ったのです」
「これは、丁度良かったです。
早朝に江戸へ向けて集めた木炭を送り出す船がありまして、これに同乗させてもらえれば随分楽になるのです。
いやぁ、助かります。
ところで、今回も練炭をお持ち頂いたのですよね」
店先に置かれた練炭を見つめる。
「はい、七輪4個、普通練炭10個、薄厚練炭276個、炭団1200個を持ってきました。
薄厚練炭が不足気味という認識で、これは全部持ってきました。
普通練炭と炭団は村にまだあるので、追加で持ってくることが出来ます」
「それは、ありがたいことです。
すぐにでも追加で持って来て頂きたいですなぁ。
まあ、店の前で話しをしていてもしょうがありません。
皆さん、奥へ行きましょう」
番頭の中田さんは、店先の小僧へ七輪・練炭・炭団を運び込むように指示し、4人を店奥の座敷へ誘導した。
義兵衛、助太郎、左平治、種蔵が座敷へ上がると、丁稚がお茶を配る。
義兵衛は小さな声で左平治、種蔵へ注意した。
「銭の話しが出ますが、驚かないように心得ておいてもらいたい。
まずは番頭さんに紹介するが、村でのことはあまり喋らないよう頼む」
木炭を卸しにくることはあっても、お茶が振舞われお客扱いになることがないため、左平治・種蔵はもう驚いているようだ。
この分では、銭の話が出たらどうなるかわからない。
少し落ち着いてから、番頭さんが座敷にやってきた。
「お待たせしました。
今回は、新しい人がおりますな」
「今回、練炭を作る工房の仲間に運搬を手伝ってもらいました。
僕が来れない時に、助太郎だけでは運べないこともあると思います。
そのような時はこの仲間に運んでもらうことになります。
こちらから、左平治、種蔵と言います」
左平治、種蔵はそれぞれ名前を名乗って挨拶をした。
二人はこの炭屋に来て番頭さんを見たことはあるが、当たり前だが、紹介されたこともなく、番頭さんはこの二人のことは全く覚えていないようだ。
「さて、前回は3月5日に来られておりますので、それから今日までの5日の間に売れた内容を説明します。
普通練炭が280文に値下げした結果45個出ており、残りは13個です。
薄厚練炭は人気で全数の108個売れて、残りはありません。
炭団は結構多量にあったのですが750個売れていて、残りは113個です。
売り上げは全部で38400文(=96万円)になりますので、金程村の取り分は30720文(=76.8万円)です。
金額が多いので、小判5枚を入れ、残りの10720文を丁銀・100匁分と四文銭で支払います。
今、小僧に用意させますので、お待ちください」
助太郎は多少慣れてきてはいるが、小判5枚には吃驚している。
左平治、種蔵は、聞いたこともないような金額を聞いて、口をあんぐりと開けて声も出ない様子だ。
「はい、判りました。
それでよろしくお願いします」
これで、前回の委託販売分の話しは終わった。
「ところで、今回お持ち頂いたものの中で七輪がありますが、こちらはどのような価格で出されますか」
「小売値を800文(=2万円)でお願いします。
ただ、看板には個数も合わせて表示してください。
売れる毎に書き換えることになりますが、重要なことです。
あと、どのような人が買っていったのかも十分気をつけて見ておいてください」
「なるほど、十分注意しておきましょう。
売れた場合の金程村の取り分は1個あたり640文(=1.6万円)でよろしいですな。
これも、不足したら補充して頂けるのですよね」
「実は、七輪は作るのが結構難しいので、いつも補充できるという訳ではありません。
善処しますが、村にものが無い場合はご容赦ください。
あと、重要なお願いをします。
それは、今後練炭の売れ行きが酷く鈍るようなことがあった場合、委託している練炭を引き上げるということです。
普通練炭が200文、薄厚練炭が65文の値段になっても売れなくなった場合は、委託販売を止めたいと考えます。
このあたりのことは、江戸に行ったときに本店・店主様にも機会があればお伝えしたいと思っています」
「今は、売れなくなるということは考えにくいのですが、まあ了解しました。
それよりも、まずは補充をよろしくお願いしますよ」
炭屋番頭さんは、悪い人ではないが、目先の売買にしか気が回っていないようだ。
今回の清算だけでも5日で7680文(=約19万円)も店は儲かっているのだから、無理もない。
やがて、小僧が三方に銭を入れ、捧げ持ってきた。
小判5枚、14個の丁銀の匁数の刻印、4文銭を1貫(=96枚)と84枚あることを数え確認し、丁寧に頭陀袋にしまい込む。
横を見ると、また左平治、種蔵が惚けていた。
これで取引は終わり、明日早朝に義兵衛が旅支度をして店に来ることを説明して炭屋を辞去した。
まだ、夕刻までに時間があるため、加登屋に行く前に道具屋で鍬を探すことにした。
道具屋では、色々な種類の鍬が売られていた。
「備中鍬、という名前の鍬は知りませんか」
そう店主に聞いたが、全く知らないようだ。
ひょっとして、備中鍬はまだ生まれていないのかも知れない。
そう思いながら、色々と物色していると、今使っている平鍬(=後の風呂鍬)以外に股鍬というものがあるのに気づいた。
しかし、これは単に平鍬の鉄の部分が2つ~4つに分かれているだけで、俺の知っている備中鍬とは随分違う。
だが、当座として新しい平鍬を3本と、股鍬を2本購入した。
価格は、平鍬が800文(=2万円)、股鍬が1000文(=2.5万円)で、合計4400文(=11万円)の出費になる。
備中鍬はまたの機会にして、今回はとりあえず新品の鍬を持ち、加登屋さんの所へ向った。
夕刻、加登屋さんの店に着いた。
「こんにちは、今日は宿泊客としてやって来ました」
そう挨拶をして店に入る。
「4名様、ご到着、毎度ありがとうございます」
加登屋店主は調子を合わせて出迎えてくれた。
そして、宿泊代400文を渡すと、お客様待遇で恭しく受け取る。
しかし、持ってきた強火力練炭12個を目にすると、調子が変わった。
「今、夕飯時で立て込んでいます。
とりあえず、宿泊所に上がって頂き、夕飯を召し上がって頂いたあと、調理場にゆとりが出てからお話をしませんか」
義兵衛、助太郎は了解し、宿泊場所になっている離れに行き荷を降ろした。
「義兵衛さんは、強火力練炭と小炭団をいくつか江戸に持っていきたいのですよね。
ご希望の数量をおっしゃって頂ければ、今別に包みますよ」
「そうだな、強火力練炭を2個、小炭団を20個持っていこうか」
助太郎は、この数量を選り分けると、風呂敷に包みなおし、義兵衛の手持ち荷物に合わせた。
「では、まずは夕飯にするか」
そう声を掛けると、4人揃って店の食事卓へ向っていった。
備中鍬は、まだこの時期にはこの名前となっていません。この判りやすい名前が付いていないので、探し出せないのです。しかし、類似品はありますので、まずはこれを購入し、改造を依頼することになるのでしょう。
workhoseさん、ご指摘ありがとうございました。
次回は、加登屋さんでの食事シーンが登場します。
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