試し売りに行くことになりました <C208>
最初の佳境に入る直前の回です。よろしくお願いします。
父・百太郎は父ではなく名主の顔を見せながら、こういい始めた。
「この七輪と練炭はとても面白い。
こんなものがあるとは思いもよらなかった。
これが、どの程度の値段がつくかワシには検討もつかない。
お前の見立てでは、練炭1個100文(=2500円)となっていたが、原材料350匁の木炭を加工したら、上等の木炭一貫(=3.75kg)と同じ値段で売れるという理屈が理解できん。
ならば、実際に売ってみるしかなかろう。
助太郎には大変世話になった。
この件では後日色々と頼むことも出てくると思うので、その折にはよろしくお願いしたい」
とりあえず夕方までは火が消えないということなので、誰かに見張っていてもらうこととして、一旦解散することとなった。
「この件では義兵衛さんの言う通り、大儲けできる気がする。
ならば、ともかく原料となる粉炭を確保するのが急務だよな」
助太郎はこう呟くと、一目散に戻っていった。
多分、今まで見向きもされなかった木炭の切れ端を沢山集め、これを鑢で擦って粉炭を増産するに違いない。
練炭本体を作る要領はわかってきたので、同じようなものなら数十個位はすぐ作れる感じだ。
ただ、粉塵爆発にだけは気をつけてもらいたいものだ。
家に入ると兄・孝太郎が待っていて、書斎へ来るよう促された。
書斎には父・百太郎が待っており、献策のときに示した書付が広げられていた。
父の正面に正座すると、父が口を開いた。
「木炭を加工して付加価値を付け、現金収入の増大を図るというお前の献策は、実際に物を見させてもらって確かなものがあると実感した。
今回作った練炭は、そのまま商品として問題ないところまで出来上がっているのかを聞きたい」
「正直言って、商品として売るには不出来です。
粉炭の粒度や内部の分布もマチマチで、製造方法も試行錯誤して作ったものなので、練炭毎にまだ寸法や燃焼持続時間や火力にバラツキが大きいと見ています。
単に火がついて長持ちすればよいということであれば高級な備長炭には負けます。
この練炭の特徴は、どの練炭も同じ時間一定の火力が期待できること、形状が同じなので多量に保管する時に扱いやすいことなのです。
1個2個をそれぞれ別の人にバラ売りするのであれば大きな問題にはなりませんが、数十個まとめて購入するという方には今のものを売る訳にはいきません。
また、練炭を燃やす七輪も、今回仮にということで火鉢を加工して見せましたが、練炭の持つ力を発揮させるには、それ用の七輪という専用火鉢を作る必要があります。
実はこの火が長時間続くというのは七輪あっての技なのです」
「つまり、今あるものならバラ売りはしても良いが、本格的に売り出すにはまだ準備が足らんということだな。
それを聞いて少し安心した。
素人が3日で作れるような代物であれば、どこでも直ぐに真似をするだろう。
そうすると、金程村の特産品ということではなくなる。
それなりの技術や製造上の秘密というものがあれば、同じようなものを作り出すことができるようになるまでの時間で利益を稼ぐこともできるし、更に改良を重ねて良いものを生み出すこともできる」
なるほど、さすがに名主だけのことはあって、先のことまで見通している。
ブルーオーシャン=競争のない未開拓市場、レッドオーシャン=競争の激しい既存市場という言葉があるが、先行者利益が得られるブルーオーシャンの期間は長いほうがいい。
この期間で確かなブランドが確立できれば市場を寡占できるが、成型木炭では新規参入の敷居が低いだけに、直ぐに色々な村から同一寸法の似たような練炭が出てきて競争が激化するに違いない。
俺の知識では、容易に真似できないような特徴を持つものを考え付くことができないので、すぐレッドオーシャン状態になるに違いない。
そうなると、生産主体を、七輪にするか練炭にするかの選択を迫られるかも知れない。
俺はこういった考えも義兵衛に伝えた。
「まずは、この火鉢・仮七輪3個と残った練炭14個を街へ持って行って、どれくらいの値がつくかを確かめてみよう。
明日、ワシとお前で登戸村へ行くので、二人で分けて運べるように準備してもらいたい。
あと、本格的に売り出すための下準備も進めてもらいたい」
製品アイデア流出の危険性はあるが、値段の確認という意味で辻販売してみる必要性は判る。
バラ売りであれば、特徴にまだ気づかれる可能性は低いだろう。
ともかく、商品を本格的に作る必要があるということは理解されたようで、俺は助太郎のところへ急いで行くように義兵衛に伝えた。
助太郎は小屋の前で炭の切れ端を束ねて鑢がけをしている。
そこへ走ってきた義兵衛は助太郎の顔を見るなり声を掛けた。
「その作業、ちょぉ~っと待った!プレイバック、プレイバック」
義兵衛の言葉があまりにもある歌のフレーズに近かったせいか、続く歌詞・メロディーが俺の頭の中に目一杯頭をよぎった。
それが直接義兵衛に伝わったのか、義兵衛の口から思わずメロディーに乗って、その時代には全く似つかわしくないフレーズがあふれ出た。
『なんじゃ、それは』と義兵衛は毒づいたので、俺は失礼と謝った。
まあ、助太郎にはよく判らなかったのか、後ろのフレーズが聞かれてはいなかったのか、特に反応はないので、そのままスルーして事なきを得た。
ひょっとすると、俺と義兵衛は同化し始めているのかも知れない。
助太郎は手を止めて義兵衛の言葉を待つ。
「どうやら本格的に練炭・七輪を作る方向になったようだ。
今までは、どんなものかを判ってもらうために試験的に作ったのだが、販売する商品としては、まだ欠点も多いので、今までのままの作り方ではいけないと考え、まずは作業を止めにきた」
長い話になるので、助太郎の工作机を挟んで向き合った。
この練炭・七輪について、村として本格的に販売する方向になりそうなこと。
大量生産に向けて、均一な品質のものを作るための仕組みを考える必要があること。
といったことなど説明して背景を共有した。
その上で、火力や持続時間、接着のための麩糊の混入量の最適値、木炭の粒度の組み合わせを、まずは見出さねばならないことを説明した。
「色々な要素を変えた試作品を作って、どれが一番良いのかを見極める実験をしなければいけません。
4寸(=12cm)大の練炭を作って燃やす実験では、時間も材料も無駄が多いので、一~二寸(=3~6センチ大)の円柱型のものを作りましょう」
具体的には、まずは直径2寸×高さ1寸の円柱形のペレットを作って燃焼実験をすることを提案した。
体積では16分の1になるので、結構沢山のものを一気に作れ試すことができる。
練炭の原料にする木材、摺り下ろした粒度、麩糊の量など成分を色々変えながら、ペレット重量・着火具合・燃焼時間などの項目で評価していくこと。
基準ペレットも同時に燃やし比較すること。
など実験する内容を伝えた。
「明日、試験的に作った残りの14個がどれ位の値段になるのか売りに行くことになるので、その間に助太郎は実験を進めていってもらいたい。
あと、今回と同じ練炭を2個と仮七輪=改造火鉢を1個、明後日までに至急作っておいてもらいたい」
義兵衛さん経由になるのでもどかしいことこの上ないが、俺の言いたいことは伝わったようだ。
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