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大慌てで登戸へ <C279>

船旅の可能性を示唆され、急遽予定日前に登戸村へ出立します。


■安永7年(1778年)3月9日 大丸村 → 金程村 → 登戸村


 芦川家の仏間で目が覚めると、父は二日酔いのていでまだ布団にくるまっている。

 義兵衛は父を起こさぬようにそっと布団を抜け出すと土間へ向い、囲炉裏傍で朝餉の支度をしているさちさんに挨拶をする。

 そして、手ぬぐいを借りると屋外の井戸傍へ向う。

 上半身を肌蹴はだけると、釣瓶で汲み上げたばかりのひんやりとした水を手ぬぐいに掛け、ギュッと絞ると体を拭き始める。

 手ぬぐいが生温くなったと感じると、また水を掛けて濯ぎ、ギュッと絞り体を拭く。

 まだ少し寒い風に吹かれて皮膚がキュッと締まり、さっぱりとした感じになる。

 最後に釣瓶の水で顔をバシャバシャと洗い、手ぬぐいで顔を拭って大きく深呼吸し、気持ちを引き締めシャキッとなる。


 家に入り土間に戻ると、父を始めとして大人達が起きており囲炉裏で暖を取っている。

「義兵衛さん、もう朝餉ですよ。

 はよう囲炉裏傍へお座りなさい」

 幸さんがそう声を掛けてくる。

 急いで百太郎の横に座ると、下女が麦混ぜ飯を使った茶粥を大きなどんぶりに盛って渡してくれた。

 皆に器が渡ったことを見てから、貫次郎さんが「では、頂きましょうか」という声にあわせ「いただきます」の挨拶をする。

 湯気の立つ茶粥を啜り込み、飯を味わう。

 多分、大人達の二日酔いを気にして腹に優しい茶粥にしたことに途中で気づいた。


 腹一杯食べ終わり、一同揃って「ご馳走様」を言い、丼を片付けると、下女が皆にお茶を配った。

 そしてお茶を啜りながら、雑談が始まる。

「今日は、これからどうなされますかな」

 貫衛門さんが尋ねる。

「はい、義兵衛が江戸に行く準備をせねばなりません。

 申し訳ありませんが、金程村に早く戻りたいと考えております」

「義兵衛さんは、こう言っては失礼だが、非常に面白い人に見えます。

 本当は、まだまだ色々と話を聞きたいのですよ。

 なんとかなりませんかね」

 貫次郎さんがそう訴える。

 義兵衛にこう言わせた。

「江戸から戻りましたら、またこちらにお邪魔させて頂きます。

 実は、少し相談したいこともあります。

 まだ、構想が固まっていないので、江戸に行っている間にもっと考えておきます」


 そして、しばらくしてから大丸村の芦川家を辞去し、金程村に向った。


「それで、貫次郎さんに相談したいこと、というのは何なのかな」

 帰り道で、百太郎が聞いてくる。

「実は、大丸村の堤防の向こう側に広がっていた河川敷より一段高くなっていた荒地です。

 あそこで金程村向けの薩摩芋を作ってもらえないかな、と。

 適当な交換条件とか、芦川さんのところで作ってもらって金程村が作物をもらえる方法が見当たらないので、良く考えてからにしようと思ったのです」

「村で作るのではなかったのか」

「小石川で見た本に栽培に適した土壌のことが出ており、どうも金程村はあまり適切ではないようです。

 当然村でも栽培してはみますが、大丸村の河川敷沿いの荒地がより栽培に適した土地で、かつ活用していないように見えたことから、駄目元で相談してみようかなと思ったのです」

「そうか、ワシも少し方法を考えてみるとするか」


「ところで、明日、登戸から江戸に行くのであれば、今日の夜までに登戸へ行って、加登屋さんのところに泊まってはどうかな。

 番頭さんもお前が来るのを待ってから出立するのでは遅かろう。

 登戸から江戸に行くには、木炭を運ぶため多摩川を下る運搬船に乗せてもらうのが一番楽なはずだ。

 おそらく、船は早朝に出ると思う」

「今回、登戸に行くにあたっては、練炭をできるだけ沢山持っていきたいと考えています。

 なので、助太郎だけでなく、細山村から応援に来ている二人にも手伝ってもらって運ぶ予定にしています。

 このあたり、どうすればいいでしょうか」

「三人一緒に登戸で泊まってきても良いぞ。

 幸い、練炭を売って得た銭がある。

 加登屋さんのところを旅籠として利用すれば、少しは合理的にお返しできるというものだ。

 あと、そろそろ田起しの季節なので、新しいくわを何本か、5~6本ほど仕入れてきて欲しい」

「わかりました。

 今使っている鍬とは違う形状のものがあるのではと思いますので、探してきます」

「違う形の鍬というのは初めて聞くが、なんという名前の鍬なのか」

「『備中鍬』といいます。

 今使っているのは、すきと同じように平たい刃先を手前方向に付けたものですよね。

 『備中鍬』は、その刃が平たいものではなく、鉄の棒で出来ていて、爪のような形に開いて、3~5本付いているものです。

 掘り下げたときに棒が深くまで刺さるので、水田を深い所まで掘り起こすのが楽になります」

「いや、見たことはないなぁ」

「登戸なら、こういった道具類は色々あると思いますので、探してみますよ」

 こうやって、色々な話をしながら歩くと、割と早く昼前に村に着くことができた。


「今日登戸に行くための準備を指示してきます」

 こう百太郎に声を掛けると、義兵衛は工房へ駆け出した。


 工房へ着くと、丁度昼の大休止が始まったところで、皆が集まっていた。

「助太郎、今夜登戸村へ行けるか。

 江戸行きが明日朝では間に合わないということで、今日午後練炭を持って登戸村へ行きたいのだ。

 荷運びを手伝ってもらう左平治、種蔵も一緒に、加登屋さんのところで一泊して来いと言われた」

 名前の出た3人は固まっている。


 最初に硬直が解けたのは、助太郎だ。

「よし、判った。

 まず、左平治、種蔵、今日の午後は登戸村まで荷運びを手伝ってもらう。

 そして、登戸村で一泊するので、今から親にそのことを伝えてこい」

 そう指示して二人を送り出した。

「次は、工房の作業だが、よね、留守中の生産は頼んだぞ。

 戻ってくるのは、明日の午後になると思う。

 それから、荷造りに掛かろうか。

 義兵衛さん、普通56個、薄厚276個、炭団2560個が今ある在庫です。

 それ以外に、強火力12個、小炭団60個が出せます。

 どれ位持っていきましょうか」

「なら、普通10個、薄厚276個、炭団1200個、強火力と小炭団は全部持っていこう。

 あと焼印なしの七輪も4個行けるかな」

 ちょこちょこと助太郎が計算している。

「全部で60貫なので、行けますよ」

 荷梯子4基にそれぞれ15貫を固定する作業を始めた。


 ここで一度義兵衛は家に戻り、江戸行きの荷物をまとめる。

 着替えくらいで大した量ではない。

 百太郎は、10000文分の路銀と、それとは別に鍬用として5000文と加登屋宿泊の400文を用意してくれていた。

「それから、登戸で炭屋さんから受け取った銭から必要と思う分を持って行っても良いぞ」

「ありがとうございます。

 では、行ってまいります」

 百太郎から用意した銭を受け取る。

 傍らでは、母が戸口まで見送りにきている。

「体には注意するんだよ。無事帰ってくるんだよ」

「いつものことだから心配することはないよ。炭屋番頭さんも一緒だし」

 これが終の別れでもあるまいにと思うと、母の繰言にいささかうんざりする。

 急ぎ工房へ取って返す。

 丁度、左平治、種蔵が駆け戻ってきたところだった。

 そうして、急転直下、4人はあわただしく登戸村に出立したのだった。


 道々、今回の目的を補足説明する。

 義兵衛は明日早朝に炭屋番頭さんと江戸へ向うが、助太郎達3人は炭屋から受け取った練炭の代金を村へ持ち帰り百太郎に渡すこと。

 帰る前に、新しい鍬を5~6本購入すること。

 そして、鍬は『備中鍬』にして欲しいことと、値段はおおよそ1本1000文位で購入して欲しいことを話した。

「それで、備中鍬というのはどのような形なのですか」

「今使っている鍬の先は平たい板状だが、備中鍬は柄のところから鉄でできていて、先が3~5本の鉄の爪に分かれている。

 鉄の爪は四角い棒状で先が尖っている」

「そのような鍬は、見たことがありません。

 もし、見つからなかったら、どうしましょう」

「その場合は、考え直す必要があるので、普通の新しい鍬を2~3本買って帰ってください。

 銭は、父から預かっています」

 どうやら、まだ備中鍬は出回っていないようだ。


 登戸村に到着すると、真っ先に炭屋へ向った。


次回は、細山組の二人が登戸村の炭屋でびっくりした(第一弾)という話です。

感想・コメント・アドバイスなどお寄せください。


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