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芦川家での練炭の扱い・謝罪 <C277>

多少くどいかも知れませんが、大丸村は大切な拠点です。

 円照寺から芦川家の座敷に戻ると、まず父・百太郎が貫衛門さん、貫次郎さんの前で平伏した。

 義兵衛もあわてて平伏した。

「どうなされた」

 いぶかる貫衛門さんに、百太郎は謝罪し始めた。

「前回、こいつがお邪魔した時、こちらより練炭の代金として銭を持って帰り、大変失礼なことをしました。

 事情を聞き、これは一端お返しすべきものということで、今回頂いた2000文を持って参りましたので、改めてお納めください。

 親のしつけがなっておらず、大変ご迷惑をおかけしました」

「いやいや、これは済んだことです。

 お気になさらずとも良いですよ」

 貫衛門さんはそう言う。

「村々の事情をわきまえず、本当に申し訳ございませんでした。

 父が渡そうとしている2000文は是非お受け取りください。

 そうでないと、僕は… 僕は、人でなしになってしまいます」

 義兵衛は声を絞り出して床に額を擦りつけた。


「義兵衛さん、最初に来られたときに『米で支払ってもらえないか』と言われたときに『蔵にそれなりに米が蓄えられるまで用立てることができない』と誤解されるような余計なことを言ってしまったこちらにも、責任の一端はあると思います。

 多分『米で受け取れないなら、銭を回して欲しい』という思いが先にたってしまったのでしょう。

 そう好意的に解釈して、用立てたのですよ。

 ただ、芦川家としても、そう銭を持っている訳ではないので苦しかったのは確かです。

 なので、一端この銭は受け取りましょう。

 掛売り分が芦川家にあるということで、秋には間違いなく米で払いますよ。

 それで良いですね。

 判ったのであれば、顔を上げてください」

 貫次郎さんは、こう言って許してくれたようだ。


「それより、先ほど寮監長さんと面白そうな話をしていましたね。

 かまどに炭団を使うとか」

「その件で、お願いがあります。

 今回、炭団は68個を持参しましたが、これを寮監長さんにお渡ししてもよろしいでしょうか」

 義兵衛が貫次郎さんにお願いをしたとき、百太郎が割り込んだ。

「こちらに残した七輪と練炭は、今回ご迷惑をおかけしたお詫びとして持参したものです。

 なので、勝手にする訳にはいかない、としてのお願いになります。

 また、前回渡している七輪・練炭の扱いについても、虫の良い話ですが一度白紙にして仕切り直しさせて頂ければと思います。

 まずは、ご一考頂きたくお願いします」


「まず、ひとつずつ片付けていきましょう。

 炭団の件は、金程村に戻られてから手配するのでは時間もかかりましょう。

 ここにあるものを使われても良いですよ。

 誰か、円照寺へ使いに行ってください」

 先ほどと同じ下男が現れる。

「この炭団を円照寺の寮監長さんに届けてきなさい」

 そう指示すると、下男は炭団68個を荷梯子から外し、籠へ移すと一礼して出て行った。


「さて、今家に残っている練炭は未使用の七輪1個、普通5個、薄厚38個、炭団20個です。

 このうち、売り物用として確保しているのが、七輪1個、普通4個、薄厚20個、炭団10個という認識です。

 それ以外が、芦川家で購入した分で、多分古米2俵に相当する練炭と考えます。

 そして、この売り物の練炭については、委託販売品ということで売れた場合はその8割をお渡しするという約束です。

 これの見直しということでよろしいでしょうか」

 前回の約束も含め、冷静な貫次郎さんは前の話について改めて確認を求めてきた。


 百太郎が義兵衛をつつく。

 義兵衛に話をさせる合図である。

「今回持ってまいりました七輪2個、普通4個、薄厚12個も含め、先にお渡しした分も入れて全部芦川家に無償で提供させて頂きます。

 これらの分について、芦川家で自由にお使いください。

 もちろん、これを府中宿へ行商して売って頂いても良いですし、その場合でも金程村へこの分の代金は頂きません。

 今回、それぐらい、大変なご迷惑をおかけしたと思っております。

 そして、その代わりのお願いになります。

 金程村では、この練炭を行商しに行ける人の数がおりません。

 今年の秋までに大量の七輪と練炭を作るつもりですが、この芦川家で秋に米を収穫した後、七輪と練炭を金程村に代わって行商して頂けないでしょうか。

 そして、秋に行商に行くまでの間、芦川家の蔵に少しずつ行商用の七輪と練炭を貯めたいのです」

 義兵衛は百太郎と話し合った結果を告げた。

 要は、芦川家に対する話は全部リセットして、将来を一緒に考えて欲しいということなのだ。

 おそらく、百太郎が若いころにかけた迷惑に対して、利子をつけてお返しするということも含んでいるのだろう。


「今回も含め、今芦川家の中にある練炭は全部うちのものにして良いというのか」

 貫衛門さんは驚いたように声を上げた。

「ワシは恩義のある貫衛門さんに、息子とは言え迷惑をかけてしまったことを本当に申し訳なく思っている。

 もっと早く息子と同行していれば、このような事態になることを防げたのにと、本当に恥ずかしい」

 謝る百太郎に貫衛門さんは被せて言う。

「いや、なんの、なんの。

 お前さんが丁度義兵衛さんと同じ頃、この里に転がり込んできた時も同じようなもんじゃわ。

 ほんに、親子ともども似てらっしゃる。

 まあ、芦川の家は、伊藤さんとこの親戚みたいなものと思ってくだされ」

 百太郎は見事に地雷を踏んで自爆してしまった。


 ニコニコ顔の貫衛門さんはともかく、貫次郎さんは至って冷静だ。

 多分、申し出の中身の損得勘定をしているのだろう。

 そうでなければ名主は務まらない。

「金程村からこの家の蔵に七輪・練炭を少しずつ積み上げて、秋に大丸村から府中宿へこれを持って行商に行く、ということですか。

 行商で得た銭はどう分配されますか。

 あと、秋からということですが、これは何か意図があるのですか」

 鋭い質問だが、ここはもう正直に話したほうが良い。

 義兵衛には、おおよその目論見を伝えても良いと合図した。


「まず、行商で得た銭は金程村とこちらで折半する、で良いと考えます。

 また、甲州街道沿いの炭屋にこれを卸しても良いかどうかを、登戸にある炭屋の江戸の本店で確認してきます。

 多分、江戸の本店からは、どこに卸せばよいかの指示はあるでしょう。

 もし、練炭を特定の店に卸すということになれば、自分達で行商できる分を除き、その炭屋へ卸すところを手伝ってください。

 その通常の人足分に若干の上乗せと蔵の借用料を、練炭でお支払いします。

 おそらく、積み上げた練炭の大半は、何回かに分けて炭屋に卸すことになると思います。

 それは、追加で卸してもらいたい要求が何度も出るということを考えているからなのです」

 登戸からの運搬は船で、ここからの輸送は陸路になる。

 登戸ほどの量ではないが、甲州街道沿いの需要は府中宿の炭屋が押さえることになるだろうことを見越しての意見なのだ。

 多分、大半の量はここから甲州街道の店屋に卸す形になると思う。


「それから、秋に、ということですが、今日は3月8日(=太陽暦4月5日)で、冬のような寒さがもう来ない時期です。

 なので、これから暖を取るための道具を買う人は大きく減り、委託販売は値を下げても売れない状態になると考えます。

 したがって、見本として『こういう道具がありますよ、冬の寒い日は便利ですよ』を実演して見せることはしても、安く売ってはいけません。

 一度安い値段で買ってしまうと、それより高い値段で買う意欲が働かなくなります。

 なので、登戸の炭屋さんの店頭から値段が安くなる前に引き揚げ、どうしても欲しいという人には、それなりの値段で売るという方針にしようとしています。

 そして、秋までに生産してこちらの蔵に在庫を積み上げ、どうしても欲しいという人が一定以上居るという状況になった時、一気に売りまわることにします。

 なので、その日まで一文も収入はありませんが、それは別な方法で稼ぎたいと考えているのですよ。

 その意味では、寮監長さんの話はとても興味深いですね。

 暖を取るという以外に、料理での用途があるとすれば、夏場でも需要がそれなりにあるということですからね」

 果たして、この説明で貫次郎さんは納得したのだろうか。


「なるほど、先をきちんとお考えのようですね。

 今回までに頂いた七輪・練炭を売掛けではなく無償で頂くというのは、逆にちょっと悪いような感じですので、代わりに今年一杯芦川家の蔵の一部を使っても良いということにしませんか。

 今後とも色々と先行きについてお話を聞きたいと思います。

 よろしくお願いしますよ」

 誠意を見せれば、きちんとお返しをしてくれる。

 冷静な貫次郎さんには腹蔵なく、知恵を借りるのが正解のようだ。

 あてになる親戚待遇がここに出来ると、飢饉発生時の対応を随分柔軟にできるに違いない。


大丸村とその周辺の村は、府中宿の助郷の指定を受けています。この結果、甲州街道が公用(参勤交代)でにぎわうと、大変苦労します。

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