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円照寺本堂での談話 <C276>

大丸村へ行きます。

まずは円照寺との話し合いになります。

■安永7年(1778年)3月8日 大丸村


 早朝に、焼印が入った七輪1個を含めて、七輪3個・普通練炭6個・薄厚練炭18個・炭団72個を義兵衛は背負い、返却する2000文を百太郎が懐に入れ二人は大丸村へ向う。

 義兵衛が目印に付けた手ぬぐいのところから、坂濱村と平尾村の境界らしきところを通り、坂濱村の天満神社横を経由し、坂を下って鶴川街道に出る。

 鶴川街道に出てからは比較的平坦な道を辿り、芦川家に到着した。


「おはようございます、金程村の伊藤百太郎です」

 大きな声で門の外から挨拶すると、義兵衛の見知った下男が顔を出し、脇門を明けると敷地へ招き入れた。

 玄関で待つうちに、芦川貫衛門さんと貫次郎さんが出てきた。

「貫衛門さん、大変ご無沙汰しておりました」

 百太郎が貫衛門さんに挨拶をした。

「いやぁ、懐かしいのぉ。

 30年、いや35年振りになるかのぉ。

 元気にしとるとは聞いておったが、こうして話をできる日が来るとは嬉しいのぉ」


 いつまでたっても紹介してもらえない貫次郎さんが機会を捉えて自己紹介する。

「わたくしは、貫衛門の息子の貫次郎と申します。

 百太郎さんのお話は、父から聞いております」

「貫次郎さん、えぇッ、あの赤ん坊だったあの子が、上の貫太郎さんが亡くなってから生まれ変わりのようにすぐ産まれたあの子が。

 そうか、もうそんなに経ってしまったのか。

 貫衛門さんも歳取ったように見えたが、ワシも同じように歳をとっているのも当然か」

 今度は百太郎が思い出モードに切り替わっている。

「早く正気に戻ってくださいよ」

 小声で百太郎にささやく。


 貫次郎さんは話しまくろうとする貫衛門さんを諌める。

「今日は、円照寺の和尚さんと契約を取り交わすために百太郎さんが来られているのですよ。

 まずは和尚さんのご都合を聞いて、こちらから伺うのが先決ですよ。

 誰か、使いを頼む」

 すると、先ほど案内してくれた下男が現れた。

「和尚さんにご都合を聞いて、いつ伺えば良いかを聞いてきてくれ」

 下男はお寺に向って駆け出したようだ。

「ご存知とは思いますが、お寺はすぐ傍にあるのですよ。

 義兵衛さんは、大麻止乃豆乃天神社おおまとのつのてんじんじゃへは、もう参拝されましたかの」

「はい、最初にこの大丸村に来た時に、芦川家を見つける前に鳥居を見つけ、参拝を済ませました。

 境内社がいくつかあるのに気づいてはいましたが、本殿だけの参拝に留めました。

 結構石段を登ったところにある神社なので、上からの眺めは良かったです。

 参拝を終えて、石段を降りたところにある広場がお寺の境内と気づいたのですが、円照寺へは寄ってはおりませんでした」

「あの山の南側と西側は、円照寺の持ち物で、境内から続く域内はかなり広いのですよ。

 本堂以外にも禅の修行所がいくつもあり、若い人も結構出入りしています」

 貫次郎さんはこういって説明をしてくれている。

 その間、父と貫衛門さんはまた二人で思い出話に夢中になっている。

 年寄りは、昔話をするものなのだ、と諦めるしかない。

 義兵衛は、持ってきた荷の中から、ここに残すものを降ろし、焼印入り七輪・普通練炭2個・薄厚練炭8個・炭団4個を準備した。


 下男が戻ってきた。

「和尚様と寮監長様は、本堂でお待ちになられております。

 なので『すぐにお出で下さい』とのことでした」

 貫次郎さんは父・百太郎に向かい話しかける。

「円照寺で和尚さんが待っているそうです。

 我々も同行・同席させてもらってもよろしいでしょうか」

「こちらこそお願いしたいと思っていたところです。

 是非、よろしくお願いします」

 そして、貫次郎さんを先頭に4人で円照寺へ向った。


 山門を潜り、本堂の前で貫次郎さんが中に向って声をかける。

「よお来なさった。さあ、本堂におあがりください」

 本堂の中から和尚が答えてくる。

 4人は縁側で草履を脱ぎ、軽く足を拭って本堂へ上がる。

 本堂の中では、上座にでっぷりとして袈裟を着た和尚さんと、細身で相変わらずの鼠色の作務衣を着た寮監長さんが座り、横側に貫衛門さんと貫次郎さん、下座には百太郎と義兵衛という順に皆が座る。

「このたびは、七輪に秋葉大権現様の焼印を押すことを認めて頂いたことの正式な御礼に罷り越しました。

 まずは、これがご加護の焼印を入れた七輪でございます」

 百太郎の言上に合わせ、義兵衛は持参した七輪を和尚さんの前に押しやる。


 和尚さんは真新しい七輪を手にした。

「ほほう、これが焼印入りの七輪ですか。

 おお、鳥居の下に額に入って『火伏・秋葉大権現』となっておりますな。

 この七輪とやら、前に頂いたものの調子が良くて手放せませんぞ」

 見ると、和尚さんと寮監長さんの間には前回献上した七輪があり、これに火を入れている様子だ。

「本堂はこの板敷きじゃろ、もう春とは言えなにせ冷えるのじゃ。

 禅の修業には丁度良くても、本堂のお勤めにはちときついのじゃ。

 一度この温もりに触れてしまうと、もう手放せん。

 ちょっと離れるときは、小まめに蓋をして火を抑えると、練炭も思った以上に長持ちする。

 しかし、あれから8日も過ぎると、流石に残りも少なくなって来ておってのぉ、この分では芦川さんのところから買うしかないかと思っておった所なのじゃ」

 練炭が人質になっているようなものである。

 今回献上する七輪も使うとなれば、消費量は2倍に増えてしまうので、直ぐ練炭が不足するのじゃないかな、大丈夫かなと少し思った。


「今回、初穂料の先納分として、練炭で丁度1000文相当分、七輪25個の焼印に相当する量をお持ちしましたので、お納めください」

 義兵衛はそう言って、後ろに置いた練炭・炭団を前に押しやった。

「では、有り難く納めさせて頂きます」

 寮監長はこれを引き取り、誓紙を取り出した。

「これは、先に交わした約束を記したものです。

 中身をおあらためください」

 百太郎は前に差し出された誓紙を受け取り中身をあらためる。

「ありがとうございます、これでよろしくお願いいたします」

 この遣り取りで、一連の契約事の片はついた。


 和尚さん、貫衛門さん、貫次郎さん、百太郎で和気合い合いと雑談をする中、話題に入っていなかった寮監長さんが声をかけてきた。

「義兵衛さん、前回頂いた炭団がかまどで意外に重宝しております。

 今回、4個しか頂けませんでしたが、もう少し分けて頂けないでしょうか」

 炭団は七輪で使うことはないと思っていたので、どんなことになるかと思ってはいたが、この様子だと意外な使い道があるのかも知れない。

「一体どのように使われておりますのでしょうか」

「練炭は、和尚様が一人占めされているので、これを寮の炊事場で料理用に使えません。

 前回頂いた10個の炭団の使い道は私に任されていたので、色々試しているうちに、面白い使い方に気づいたのです。

 竈ではいつも薪を使いますが、あと少し火を大きくしたい、もう少し火を保たせたいという時に、炭団を1個放り込むと丁度いいのです。

 しかも、火を落すときに、まだ燃えている炭団を隅のほうに寄せ灰で包んでおくと、そのまま長持ちするのでこれを次回の種火にでき、次に竈に火を入れるのが断然楽になります」

 やはり、火を使う料理という観点から、炭団だけでなく練炭も含めて工夫すれば一定の需要はありそうだ。

 ただ、献上品や先納品は、お寺としての懐が痛んでいる訳ではないので簡単に使えるが、これを20文と思うと気軽に使えるかが疑問だ。

 その意味では、使い方を見極めた新しい性質の炭団の開発を考える必要がある。


「あと少し火を大きくしたい時、今までと同様に薪を使うのと比べると、どんな感じですか」

「薪だと、大きさが不揃いですし、火の点きも良くないです。

 消し炭を使うと火の点つきはいいのですが、丁度良い消し炭を探すというのが結構手間なのですよ。

 このあたりの見極めが、まあ慣れなのでしょうが、見誤ることもあります。

 しかし、炭団は直ぐ火が点くし、同じ大きさ・同じ重さなので、見当が付け易く、使い勝手がいいのです」

 成程、この意見は参考になる。

「わかりました、炭団は後で届けさせます。

 代わりに、何かこうしたらいい、というような要望があれば、是非お教えください。

 今回は、今後も炭団についていろいろとお教え頂くお代として、差し上げましょう」

 気前が良いように見えるが、実際に使ってみて新しい意見を寄せてくれる方は貴重なのだ。


 こういった雑談も一息ついたところで、4人は円照寺を辞去し、芦川家へ向った。

「さあて、今度はこちらの番じゃ」

 芦川貫衛門さんが声を上げる。

 どうやら長い午後になりそうだ。

円照寺との交渉事はこれで終わりました。

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