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焼印入り七輪と見通しの説明 <C275>

助太郎に夏場に向けての見込みと方針の説明をします。

 白井与忽右衛門さんから開放され、這這ほうほうていで金程村に帰った百太郎と義兵衛だった。

 今回特に厳しかったのが「なぜ今お殿様の庚太郎様がお館にいるのか」という問いだった。

『丁度、お城で非番が続くので、里の様子を見に帰っておった』としか聞いていない。

『お忍びで戻っていたのじゃないか』位しか言い様がないのに『それでは判らん』の一点張りなのだ。

『甲三郎様にでも直接聞いてくれ』と言っては見るが『それができれば苦労せん』と返される。

 隠し事は何もないことを納得してもらうためには、言上した中身を洗いざらい話すしかなかった。


 家に戻るとまずは一息入れたが、明日早朝からの大丸村行きを控え準備を急ぐ必要がある。

 夕方の工房は忙しい。

 そうなる前に工房にたどり着いて助太郎と話をせねばならない。

 工房の入り口にははるが待っているのが見えた。

「義兵衛さ~ん、助太郎さんが待っていますよ~」

 まだ小さい体なのに、精一杯大きな声を出して呼んでいる。

 なので、駆け足で工房へ向う。

「春さん、お出迎えありがとう」

 ポンポンと頭を撫ぜて労をねぎらう。

 柔らかいほっぺたに、にぃ~っと笑い顔を作って出迎えてくれた。


 工房の奥に行くと、助太郎が待っていた。

「細山組の二人は、昨日から薪を運んできてもらっています。

 今日のところまででもう24貫積みあがっていて、あと4~5回運んでもらったら、一端止めようと思っています。

 それにしても、細山村の土地が広いと判ってはいましたが、その豊かさには驚きました。

 金程村では村民上げて木炭10窯がやっとという所なのに、今期樵家だけで15窯分の木炭を作っています。

 薪も充分にあるようです。

 正直、羨ましいと思いました」

 この分だと、向原構想は意外に早く納得してもらえるかも知れない。


「ところで、焼印の入った七輪はどうなっている」

「3個焼き上げましたが、1個割れて不合格、2個は大きさも大丈夫で合格品です。

 焼印無しの七輪は6個のうち1個は内側の寸法が小さくて不合格、5個が合格品です。

 明日、大丸村には何個持っていきますか」

「焼印がはいったものを1個と、無しのものを2個かな。

 あと、普通練炭を6個と薄厚練炭を18個、炭団を72個を持っていく準備をしたい」

 助太郎と義兵衛は、荷梯子にこれらを固定した。


「水田粘土の焼きあがり具合はどうなった」

「まず、赤土との混合比率ですが、1割程度混ぜる分には問題ありませんが、それ以上では割れやすくなります。

 また手触りも、色も明らかに今までとは違います。

 乾燥したときと焼いたときの収縮具合がある程度判りました。

 水加減の影響が大きいようなので、赤土1割を混ぜた試験片と、実物を何個か作って見極める作業を続ける必要があります。

 なので、水田から掘り出した粘土で七輪を作るとしたら、あと10日は必要でしょうね」

 これはしょうがない。

 水田の粘土の掘り起こし作業は一時中断しても良いのかも知れない。

 すると、今ある人の作業担当を変えていくしかないだろう。

 これからの季節、重要なのは強火力練炭なのだ。

 この製造には苦労しているだけに、その秘密は金程村の中で守らなければならない。

 思い切って秘匿する所を限定するのが良いだろう。


「今、水田から得た粘土はそれなりにあるので有れば、水田を掘り起こして粘土を持ってくる作業は中断しても良いと思う。

 そして細山組の二人には、もっと工房の中での練炭を作る作業をしてもらってもいいのじゃないかな」

「はい、そうするしかないと思っています。

 水田は丁度半間四方(90cm×90cm)を掘り起こしたところで、堀起しを止めます。

 あとは、練炭作りの作業、粉炭を捏ねる所と型抜き作業を頼もうと考えています。

 今その作業をしているよねうめは、七輪作りを中心にしていきます。

 その方向で良いですか」

「それでいいと思うが、僕から希望がある」

 この先の見通しを共有したほうがいいのだろうか。

 少し悩んだが、とりあえず必要なところだけ説明したほうが良いと伝える。


「まず、炭団・小炭団用のコンロの生産も進めて欲しい。

 それから、練炭の中でも、強火力練炭を米・梅だけで作るよう指導しておいてもらいたい。

 良木炭を粉炭にする所は、細山組に任せてもいいだろう。

 実は、今の練炭が売れるのは、あと半月もないと考えている」

 助太郎は怪訝な顔をしている。

 どうやら、背景と見通しを聞きたいようだ。


「今は寒い日もあるため、暖をとる道具として七輪・練炭は重宝するだろう。

 しかし半月もすると、暖をとる必要がなくなる。

 そのため、登戸村での委託販売は、今のように品薄ということは無くなるはずだ。

 また、練炭を求めている人の多くは、珍しいものだから、高く売れそうだから真似しようとして買っている人も多いと推測している。

 こういった人の需要は一巡するとなくなってしまう。

 なので、いつまでも売れるものではない。

 炭屋で看板に出している値段を下げるようなら、在庫は全部引き取り、こうじ屋さんの蔵に置こう。

 そして、もう炭屋での販売を中止する。

 では、金程村での練炭作りを止めるかというと、そんなことはない。

 秋以降、冬に向けて爆発的に需要が発生するだろう。

 その時に物が不足していてはどうしようもないため、今と同じかそれよりも多い生産をして、春から夏の間に蔵にどんどん積み上げていく。

 そして、秋に一気に売り出す、というのが基本的な作戦となる。

 気をつけて欲しいのは、春・夏に作っている時は、入ってくる銭がないということなのだ。

 ここ半月の間に売れて入ってくる銭が、秋までの収入全てだと見えることになる」

 助太郎は、季節による需要の変化ということを理解したようだ。


「だが、銭がないと他所から材料を買うことができない。

 例えば、登戸で買う布海苔や、黒川村から買おうとしている原料の木炭なんかだ。

 では、その銭をどこから手に入れるかというと、それが強火力練炭と卓上コンロ・小炭団なのだ。

 この練炭・小炭団は、暖を取るためのものではなく、料理・調理をするためのものだ。

 料理・調理のための熱源の需要は、季節による変動が、暖を取るためのものより少ないはずだ。

 なので、強火力練炭と小炭団を持って旅籠や料理屋・居酒屋といった所への売り込みを図る。

 これで春・夏を食いつなぐということをするのだ」

「なるほど、加登屋さんの強い要望というのは、どの小料理屋もかかえている要望ということですね」

「その通りだ。

 なので、加登屋さんが七輪・練炭・コンロ・小炭団を使ってみて『こうなっていたら良いのに』ということは、どこも同じ要望を持っているということなのだ。

 だから、加登屋さんに真っ先に使ってもらって色々と指摘される内容に対応して練炭を改良し、狙いとする料理屋や旅籠などに売れる商品に仕上げる必要がある。

 次に登戸へ行く時は、強火力練炭と小炭団への要望を余すところなく聞いてきて欲しい」


「しかし、強火力練炭は実物を見せているので反応は聞き出せますが、小炭団はまだ見せてもおらず、そのコンロに至ってはまだ設計中です。

 これで一体どうやってコンロや小炭団への反応や要望を聞きだすというのですか」

 助太郎は食い下がる。

「小炭団を使ったコンロの実演は、実はあり合わせの道具でも実現できる。

 今回は時間がないので見せることはできないが、いずれやって見せよう。

 すると、次に行く時に小炭団への要望は聞きようがないか。

 ならばしょうがない。

 七輪の練炭とは違う使い道がある、とだけ伝えておいて欲しい」

 どうやら、余計なことを言ってしまったようだ。


「あと、秋になるまで七輪や練炭、炭団は蔵にうんと溜め込んでおき、秋の収穫が終わった後は大々的に売りまくるつもりでいる。

 重要なことなので、繰り返しになるが、この策を取るときに気をつけなければならないのは、炭屋から委託練炭を引き上げる時期なのだ。

 このまま委託販売を続けていると、夏の需要減退期に値段が底に落ちる。

 そして、その印象のまま秋・冬の需要期を迎えると、いかにも高いという感じになるため、夏期には料理屋向けを除き一切小売しない方向で行きたいと考えている。

 ただ、生産だけは切れ目無く続けて拡大していく必要があるので、理解しておいて欲しい」

 そうは言うが、実際に需要の振れ幅や供給の逼迫といったことは、見えないことだけに判り難いと思う。


 しかも自信タップリに言うことで隠しているが、秋に七輪や練炭が爆発的に売れるかどうかは、ある意味で博打ばくちなのだ。

 膨大な量を用意しても、それが全く売れなければ、練炭を売って米を買い付ける構想は破綻する。

 だが最初にそれなりの量を用意していなければ、市場を失うことになるのだ。

 ここまで練炭での策を進めておきながら、今更のように失敗した時の「はらへったよお」の声に怯えるのだった。


暖房需要が全く無い時期の練炭需要は、調理向けという方針を説明しました。

鍵となる人物は加登屋さんになります。やっと、辻売りの時に小料理屋の主人を引き込んだ意味をつなげることができました(すでにバレバレだったと思いますが、ここに来るまでが長かった)

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