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登戸村の後始末 <C272>

百太郎、義兵衛、助太郎の3人で練炭を登戸村へ運びます。

■安永7年(1778年)3月5日 登戸村


 工房にある練炭・炭団を全部背負った3人は、登戸村の炭屋へ向う。

 炭屋の立て看板には『練炭有ります。普通1個320文、薄厚1個100文、炭団1個20文』と出ている。

 どうやら売り切れはないようだ。


「こんにちは、金程村の義兵衛です。

 補充する練炭をお持ちしました」

 中から小僧が出てきて奥へ案内する。

「かなり早い持込で助かります。

 まず、委託販売の状況からお知らせします。

 今までに販売したのは、普通が9個、薄厚が72個、炭団が217個です。

 炭団が何故か飛ぶように売れていて、何個かまとめ買いする方もおられます。

 売り上げは、14420文(=約36万円)なので、金程村の取り分は11536文(=約28.8万円)になります。

 在庫は、普通が6個、薄厚が8個、炭団が23個で、炭団の出が凄い勢いです。

 今日来て頂けてなければ、また売り物を切らしてしまうところでした。

 今回は、いかほどお持ち頂けましたのでしょうか」

 いつもの数量確認から始まる。


「普通練炭52個、薄厚練炭100個、炭団840個を持ってきました。

 薄厚練炭が手薄に成りそうですね。

 今手元にあるものを全部持ってきたので、直ぐに追加は難しいかも知れません。

 あと、季節柄、普通練炭の値段は多少下げても良くありませんか。

 例えば280文にすると、薄厚練炭を買われるお客様が普通練炭に流れるかも知れません」

「確かに今回追加された在庫数を見るとそうですなぁ。

 まあ、炭団が大量に入りましたので、4日くらいは凌げそうな感じですかな。

 それはさておき、江戸行きの支度はどうなっておりますか」

 義兵衛は百太郎の方を見て、任すという表情を確認した。


「今手続きをしておりますので、3月10日にはこちらに寄せて頂けると考えます。

 そして、その時にまた追加補充の練炭・炭団をここに持ち込めば丁度良いのではないですか。

 あと、僕が不在のときの補充については、ここに居ります助太郎が行いますので、ご承知ください」

 義兵衛は、そう答えた。

 実のところは、江戸行きの前に大丸村への訪問も済ませておきたいので、何日か確保しておきたいのだ。

 そして、大丸村に行く時には、ご利益のある焼印を押した七輪を持っていきたいと考えている。


「ところで、義兵衛が江戸・本店に行ってご主人と話をすることで、委託販売の契約が終わるということになるのですかな」

 百太郎は炭屋番頭に尋ねた。

「実のところ、手前共の主人がどのような意図で義兵衛さんと会いたいのかは判っておりません。

 ただ、この練炭のようなものを考え出したということ、委託販売契約にするということを持ち出したのが義兵衛さんと知って、主人が大変興味を持ったというのは確かです。

 それから、委託販売契約の中で、練炭を他の所へ卸しても良いと認めたことに大層憤慨していたことも事実です。

 私もこの件では大変叱られましたので、考えられるのは、この条件をなんとかして欲しい、といった所ではないでしょうか。

 私が相手では小僧の使いになってしまうので、主人自らが乗り出したということかも知れません。

 本当に申し訳ありませんが、私では伺い知れないのです」

 確かに、会う目的が何かを意識していなかった。

 用心深さという点では、さすがに名主・百太郎である。

「そのお話では、要領を得ませんなぁ。

 義兵衛が江戸へ行くことを、お殿様にどのように伝えれば良いのか、上手い理由はないですかな」

 実は、江戸行きの手形を作るのは名主が持つ権利なので、普通は特に問題がある訳ではない。

 しかし、甲三郎様は守り仏の神託設定を知っているので、念のため知らせておくべきなのだ。


「江戸の椿井様の所で、主人が七輪を見せてもらったそうです。

 その七輪を主人も入手できたが、これを炭の株仲間で扱うべき商品なのかを詮議することになった。

 そこで、これを作った者の意見が聞きたく呼び寄せた、ということではどうでございましょう」

「なるほど、では路銀などは炭屋さん持ちということで宜しゅうございますな」

 そうか、用があるのは先方で、呼び寄せるのであればその路銀は先方が負担するというのは道理だ。

 この釘を刺すのが目的で、百太郎はとぼけたのだ。

 番頭の中田さんは嵌められたことが判ったのか、悔しそうな顔をしている。

「もちろん、承知しております。

 よろしくお願いします」

 百太郎の勝利が確定した。


「それから、もう1点お願いがある。

 すでにご承知かも知れないが、委託契約の条件として他のところに練炭を卸しても良いとなった件なのだ。

 当方としては、最初に大変お世話になった加登屋さんに、成り行き上練炭を多少渡している。

 この練炭について、加登屋さんの小料理屋に来た客に、炭屋の看板で示している価格で売ることを承知してもらえないだろうか。

 加登屋さんは炭屋の株仲間ではないが、ここは江戸の町中ではない。

 なので、小料理店の中で練炭を売ることを了解しておいてもらいたのだ。

 この見返りとして、七輪をこの炭屋にも卸すことを考えたい。

 実は、この曖昧さを利用して、加登屋さんでも練炭を売ってもいいのではないか、と言って最初に沢山買ってもらっているのだ。

 今更、あれはできなくなりました、という訳にもいかず、かといって炭屋さんに小売値で引き取ってもらう訳にもいかないので、困っているのだ。

 どうかな」


 炭屋番頭は、困った顔をしている。

 正に心配していた事態が起きているのだ。

「今、加登屋さんが店で売る分については、それで良しとしましょう。

 もともと、この登戸の支店は、この近郷で作られる木炭を効率的に集荷する目的のものです。

 小売については、酷い話ですが片手間だったのですよ。

 ただ、今度の練炭騒動のおかげで、本店の主人から注目されてしまっています。

 江戸まで殴りこむような真似や、本店の顔を潰すようなことさえしなければ、まあ了解してもいいと思いますよ」

 やはり、炭屋番頭の中田さんは、まだ血の通った情けのある商人だったようだ。

「では、先ほどの銭を受け取ろう」

 百太郎は炭屋の小僧から11536文を受け取り、これを10000文と1536文の2つに分けてそれぞれ袋に入れしまいこんだ。

 そして炭屋を出ると、その足で加登屋へ向う。


「ごめんください、金程村の百太郎です。

 いつぞやは大変お世話になりました」

 奥から加登屋の主人が現れた。

「息子がいつも大変お世話になっております。

 また、練炭のことについては大変ご迷惑をおかけしております」

 そう言って、先の訪問時に練炭の直売りを止めてもらいたいと言った件や、思わぬ大金を村に持ち帰ってしまった件を詫びた。

 義兵衛も百太郎に並んで頭を下げた。

「それで、練炭・炭団については、こちらに寄られる人に炭屋の看板の価格で譲っても良いという許可を、あらためて先ほど炭屋番頭からもらいました。

 行商することも、どうやらお構いなしの感じです。

 ただ、これからお分けする練炭・炭団は、村からの好意で貰っている風を装ってください。

 表立って対価を受け取ると、卸していることになり、場合によっては難しいことにもなりかねませんので、ご注意ください」

「はぁ、まあ宜しゅう御座いますが、目論見が大分違いましたなあ」

「誠に申し訳ございません」

 義兵衛はまた深く頭を下げた。


「それから、義兵衛から聞いている話をつなげると、ここ数日で結構な大金を加登屋さんから受け取っていることが判り、申し訳なく思っております。

 こちらに丁度10000文(=25万円)ありますが、一度これをお戻しします。

 加登屋さんは、もう金程村にとって、無くてはならない存在です。

 村の中では、売掛金、買掛金という形で直接銭の遣り取りはしておらず、適宜清算する方法を取っております。

 村の衆同様に、これからは練炭を売掛金として加登屋さんに預け置きます。

 手元に余裕がある時に、売掛金を清算して頂ければと思います。

 これからも、末長く金程村とお付き合い頂きたく、よろしくお願いします」

「勝手も知らず、大変申し訳ないことをしてしまいました。

 どうぞ、お許しください」

 義兵衛はもっと深く頭を下げた。


「いやいや、そう頭を下げんでも良いですよ。

 確かに、当方も目の前の儲け話を聞いて、少し頭に血が昇っていたようです。

 イザという時あてになる親戚がいる、という風に思ってくださっても良いですよ。

 義兵衛さんも良い父親を持たれたことよ。

 義兵衛さんといい、助太郎さんといい、金程村は今後大発展するのでしょうなぁ。

 良い体験をなされた」

 笑顔で許され、やっと心が晴れた義兵衛だった。


 そして、いつかあったように、3人で金程村に戻っていったのであった。

練炭の個数内訳の数字と金額の部分を削除すると、話が繋がらない感じになるため、ウザイかも知れませんが残しました。

次回は、焼印が入った七輪にかかわる話です。

感想・コメント・アドバイスなど、お寄せください。筆者の励みになります。よろしくお願いします。

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