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百太郎の説教と、義兵衛の挫折 <C271>

話の時期、3月4日は太陽暦で1778年4月1日にあたります。投稿日が4月1日なので、周囲の季節と一致する気候と思ってください。小説の中ではなく、今の季節の実感として、夏になると七輪と練炭が売れなくなるという義兵衛の焦りを感じて頂ければと思います。

■安永7年(1778年)3月4日 金程村


 登戸村から帰った翌日、書斎で百太郎に顛末を報告した。

 登戸村で得た練炭の代金、17896文(=約45万円)を百太郎に渡し、鋤を2本2000文と布海苔200文分を購入したことを付け加えた。

 また、今回、炭屋番頭から『江戸本店の主人と会ってもらいたい』と言われたこと、その主人が江戸のお殿様の所で七輪を見たこと、などもあわせて説明をし、江戸行きの許可を出してもらうことを願い出た。


 この話を聞いて、厳しい顔になった百太郎は天井を仰ぎ息を吐き出すと、義兵衛をグッと見据えた。

「少し重要な意見をするので、良く聞け。

 この登戸村といい、大丸村といい、とても沢山の銭がこの2つの村からこの村に流れ込んできている。

 お前もおおよその金額は知っていると思うが、全部で金9両(=90万円)に相当するお金だ。

 年貢の金35両を稼ぐだけということなら、この調子だと上出来で、やり過ぎと言っていい状態だ。

 だが、お前等はこれではまだ足りんということで一生懸命なのだろう。

 しかし、この大金を前に、問題が2つある。

 まず、大丸村だ。

 口を挟むまいと思っていたが、村の経済というのは掛売りで成り立っていて、現金はあまり持っていないのが普通なのだ。

 なので、お前が現金を2000文(=5万円)持って帰ってきたことに驚いた。

 芦川貫衛門さんは、お前の顔を立ててくれるために無理をしたのだろう。

 本来、これは掛売りにして持って帰るべきではなかったのではないかと思う。

 今度、大丸村に行くときにはワシもついて行き、芦川の爺様に謝らねばならない」

 確かに、あの時貫衛門は息子の貫次郎さんと長い話し合いをしていた。

 そういう事情があったとは気づいていなかった。

 俺は申し訳ない気持ちで一杯になり、義兵衛は真っ赤な顔をして俯いてしまった。


「おおよそ飲み込めたようだな。

 次は、登戸村の加登屋さんだ。

 こちらは、小料理屋と宿屋ということで現金収入がある分、甘えてしまったというところがある。

 最初に行ったときには4440文(=約11万円)ということで、まあ良いかと思った。

 しかし、その後の分も加えると、加登屋さんからは全部でおおよそ24000文(=約60万円)も受け取っている。

 ここ4回でこれだけの現金を加登屋さんから引き出したとすると、懐具合がかなり苦しい状態になっているに違いない。

 今回、9344文(=約24万円)を渡してくれたのは、例の金1両まとめ売りが1回できた後だからといっても苦しかったと思う。

 その上、直接転売することに釘をさされた状態では、手足を縛ったのに等しいので、見込み違いもあって一層苦しくなったに違いない。

 村が潤うのは嬉しいが、そのために周りで協力してもらう人を苦しい状態にするのは本意ではないぞ。

 今度、登戸村に行く折にはワシもついて行って口添えしてやる。

 まあ、まだ若いのだから、こういった人の懐具合まで考えられないのも無理はない。

 人に支えられているのだということを、忘れてはいかんぞ」

 本当に身の縮む思いだ。


「だが、この話には例外がある。

 それは、大金持ちの商家だ。

 あやつらの中身は、冷たく温情もない。

 約束したことが全てで、必要に応じてお上の威光を背に血も情けもないことを平気でするやからなのだ。

 もっとも、大金持ちの店主は自分から動かず、下の者に命じるだけで、それが段々苛烈になって末端の者に伝わるということで、店主自身に罪があるというよりは、商家を動かす仕組みそのものの宿命と言えばそれまでなのだがな。

 なので、大金持ちの商家との話は、どんな些細なことでも油断してはならない。

 例え店主が鷹揚おうようで情けある人物だとしても、契約の書面に血は通っておらん。

 書面が全てで、自分達、つまり商家の儲けのためとあれば何でもしてくる、と充分用心してかかることだ」

 これは、江戸・日本橋で炭屋本店の主人に会う時の心得なのだろう。

 こういった約束の恐さは、俺も仕掛けた方だけに良く知っている。

 義兵衛には回りを見て些細なことでも深く考え、兆候を見逃さないように、と常日頃から注意喚起をしているが、改めて意識するように忠告した。


「江戸行きの話は了解した。

 手形や旅に必要なものの準備はしよう。

 多分、泊りがけになるのだろうが、番頭さんと離れないように注意することだな。

 特に、宴席には用心しろ。

 そういった気の緩みそうな所では、つい本音が出ることもあるし、本音を吐いてしまい後悔することも多い。

 華やかな場所は、回りを敵に囲まれていると思うことだ。

 ワシから今言えるのは、そんなところだ」

 長い、長い、本当に長く、そして恥じ入るようにさせられる説教がやっと終わった。

 義兵衛は退席すると、その足で工房へ向う。

 悩み疲れた心を癒し、再び奮い立たせてくれるのは、助太郎のいる工房なのだ。


「助太郎、話を聞いてくれ」

 悲惨な表情をしている義兵衛を見て助太郎は驚くと、工房の一番奥にある工作台に義兵を連れ込み白湯を入れてくれた。

「一生懸命働いているみんなに、そんな顔を見せないでくださいよ。

 ここで一番偉い義兵衛さんがそんな表情をしていると、何が起きたのかと心配するじゃないですか」

「父・百太郎から説教を受けた。

 この村に銭を集め過ぎた。

 大丸村の芦川貫衛門さんや、登戸村の加登屋さんに迷惑をかけていることに気づかされた。

 これから色々なことをしていくための、とても重要な場面で協力してもらう人達なのに、僕は迷惑をかけていたんだ。

 自分の軽率さが、単にお金を持って帰って喜んでいたというのが恥ずかしい」

 俺は、義兵衛は胸の内を助太郎に向って吐き出した。

 自分の悔しい思い、恥ずかしい思い、後悔の念を洗いざらいぶちまけた。

 助太郎は、それを黙って全部聞いてくれた。


「義兵衛さん、もう済んだことです。

 百太郎さんに言われて気づいたのだから、それでいいんですよ。

 その気持ちを忘れないで、大事な人達とちゃんと向き合えばいい。

 まだ、16歳なんだから、大人達は大目に見てくれますよ。

 少なくともここで気づいたことで、金の亡者にはならずに済んだ。

 守銭奴ではなかったということで、いいんじゃないですか」

 思い切り慰められた。


「さあ、気持ちを切り替えましょう。

 数年後に迫っている飢饉で、村の人が餓えないようにするのが最終的な目的なのでしょう。

 俺はその目的に、大義に感動して全面的に協力しているのです。

 ここで働いている子供等も同じですよ。

 しなければならないことは沢山あります。

 まずは、登戸村の炭屋へ練炭を運ぶ必要があるのでしょう。

 さっきの話だと、百太郎さんも一緒に行ってくれるようだし、まずは一つずつ片付けて行きませんか。

 明日、登戸村へ一緒にいきましょう。

 3人でなら48貫は担げます。

 今日の終わりには、普通練炭が52個、薄厚練炭が100個、炭団が840個準備できます。

 これだと大体44貫(=165kg)になりますので、全部一気に持っていきましょう。

 ただ、強火力練炭や炭団用焜炉コンロは手がついていませんがね」

 助太郎は明るく話しかけてくる。

 くよくよしていてもしょうがない。ここは前に進むしかないのだ。

 ブラックのはずの助太郎に励まされて、前向きな気持ちに切り替えることが出来、義兵衛の顔つきも普段の感じに戻ったようだ。


 義兵衛は家に戻り、明日登戸村に行く旨と、一緒に来てもらいたい旨を百太郎に告げた。


悪いと気づいたら、即実行あるのみです。普通、こんなに素直に反省して行動するということは、出来ませんね。何かと理由を付けて責任逃れしようとする厄介な生き物です、人間というのは。

さて次回は、登戸に行って謝るという話しです。

感想・コメント・アドバイスなどお寄せください。よろしくお願いします。

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