炭屋番頭・中田さんの陥落 <C269>
炭屋番頭の中田さんが、江戸本店の主人とどのような話をしたのか、ということから色々と本音を吐き出します。
「確か、加登屋さんでは七輪1個に普通練炭6個と薄厚練炭15個をまとめていたはずですよね」
義兵衛はこう水を向ける。
「そうだよな、加登屋さんを拠点にしているのだから、筒抜けなんだった。
そう、その通りで、練炭が看板通りの値段なら、七輪は580文位の値段と思っている。
でも、七輪の値段なんて聞いていないし、加登屋さんは『ここでは、練炭を売っている訳ではなく、七輪を買ってくれた人にお礼ということで幾つかを付けて渡しているだけ』と白々しいことを言う。
これも、義兵衛さんの入れ知恵なのじゃないかと疑っているのだよ。
まあともかく、そんな散々な思いをして江戸・日本橋の本店に駆け込んで主人に経緯を洗いざらい説明したのさ」
ここで一息入れるように大きくため息をついた。
「最初に言われたのが『七輪に練炭を入れて火をつけてみろ』だった。
それで、前見たように紙縒りを上に載せて火を点けると、穏やかに赤い光と熱が出ている。
主人は『旗本の椿井様のお屋敷で見せて頂いたものと同じだ』と言うじゃないか。
それで確か、金程村は椿井様の知行地だ、と気づいたが、もうそこまで手を回していたのかと思うとギョッとしたぞ。
『椿井様の所ではゆっくり見ることは叶わなかったが、お前が持ち込んでくれたので、これで色々確かめることができる。
先に練炭を持ち込んだ折には、悪いことをしたな。
何かあるというお前の感は正しかったようだ。
そして、お前の話の中にあるように、練炭よりは七輪に工夫があるようだ』
そう仰るではないか。
それだけではないぞ。
『金程村との委託契約とやら、精一杯工夫して交渉した結果であろう。
店に売り上げと一緒に手数料が入る仕組みは中々面白い。
登戸の店もこの商売で結構潤ったのではないかな』
と、ここまでは褒める口調だった」
また、ため息をつく。
本店での場面を思い出したのか、ちょっと見たこともないゲッソリと頬肉が落ちた表情を見せる。
「そうさ、ここまでは良かった。
だが、金程村と委託契約したときに『練炭に関係する品物に関してはここ以外にも卸す』という条件が入っていたが、これについてはこっぴどく叱られた。
『この店で炭を扱えるのは、炭の株仲間に入っているからということは知っているはずなのに、このような条件を付けて許すということの意味を判っていたのか。
株仲間を結成し、お上に少なくない冥加金を納める代わりに炭の扱いを独占させてもらっているのだ。
炭の流通と値段について、不足がないようにし値段を安定させることが狙いということで、お上から独占を許されておる。
そこへ、株仲間に入っている店から、仲間の店以外に卸しても良い許可を得た、という証文を出したことになるのだぞ。
それは、お上のご威光を蔑ろにするということになる』
この言葉を聞いて俺は震えて縮み上がってしまったのだぞ。
まさかと思うが、このことを知っていて条件を潜りこませたのか」
やっと気づいたのか、だから話をする時に『重要な条件』と言ったんだ、と思ったがそれを認めては話が進まない。
「いいえ、ただ加登屋に使う分は相応の値段で買い取ってもらいたかったのですよ。
そのような話になっているとは、ちっとも気づいておりませんでした」
なるほどな、という顔をしてこちらを見ている。
「それで、委託販売を止めて正式な卸値を決めればこの条件も消え、契約も解除できるのだろう」
どうやら、ここが正念場だ。
「普通練炭320文(=8000円)が小売価格で、その8割の256文(=6400円)が卸し価格になる、ということでよろしいのですね」
ここが交渉の始まりの地点である。
「いや、それは無理だ」
「では、何が値段の安定ですか。
この上、お上を蔑ろになされるのですか」
炭屋の番頭は、またおおきくため息をついた。
「本店の主人は『契約を反故にするのはお前には荷が重かろう。
委託販売を止める話を上手く切り出しても、碌な値段決めはできんだろう。
多分、その小僧はお前より上手で、交渉では良い様にあしらわれてしまうに違いない。
最初に法外な値段を持ち出して交渉してくるようなら、その場ではなにも決めるな。
そして、この本店に連れてこい。
ワシは、その小僧にとても興味がある。
販売委託契約なんて、ちょっと思いつくこともできない、信じられない方法を編み出したのもその小僧なのだろう。
農家の子供にしては、何か色々隠している気がする。
考えれば考えるほど、その小僧が怪しい。
お前も、その小僧並に知恵が回れば、すぐにでも暖簾分けしてやれるのだがな』
なんて嫌味を交えて言うのだ。
どうやら、この話は主人の読み通りの展開だ。
ならば、俺と一緒に江戸へ行ってくれまいか」
この話に、とうとう来るべきものが来たかと思った。
炭屋の番頭をちょっと苛め過ぎたに違いない。
感はいいし、人も良いし、ただちょっと欲が張っているだけの商売人なのだ。
しかしこうなってくると、この人を番頭にまでした炭屋本店やその主人がどんな人が気になってくる。
そして、話を聞いただけで義兵衛のことを怪しいと見抜いた人物が、敵に回るのか、味方にできるのかが気になる。
だが、まずは目の前の炭屋の番頭から本音を引き出すことが優先だ。
「なぜそこまで明け透けに僕に話してくれるのですか」
「お前さんは、ここに来る人間とは何か違っている。
練炭といい、七輪といい、凄いものを持ってくるが、何かこれで全部という感じではない。
金程村を背負っているという感じだが、それでいてガツガツしていない。
きっと練炭なんかも、ある目的を達成する手段の一つなのだろうというように見える。
だから、練炭の小売も上限を付けてくる。
銭ではなく人を押さえに来る、人誑しという感じだ。
誠実に対応する人には、決して悪いようにはしない、そう思えてしょうがないのだ。
俺の直感がそう言うので、そう対応することにしたのだ」
やっと全部吐き出したというサッパリした表情をしている。
どうやら腹芸抜きの本当のことのようだ。
ならば、炭屋番頭の中田さんは、もう、俺の味方、いや金程村の味方になってくれるに違いない。
「こんな僕のことを高くかって頂き、ありがとうございます。
江戸行きの件は、一度村に戻って父に了解を取ってからお返事させて頂きます。
いずれにせよ、お殿様の了解と手形を頂かなければなりませんので、7日程下さい」
「あと、今回はとりあえず普通を10個、薄厚を80個、炭団を240個持ってきています。
これで普通練炭は15個になりましたが、これでは足りないですよね。
しかし、今回持ち込めたのはここまでだし、加登屋に残してきた量も知れています。
なので、3日以内にもう少し持ってきます」
しょうがないという顔をする中田さんに更にたたみかけた。
「江戸本店はどのような規模なのか、またご主人というのはどのような方なのか、お教えください」
『これは、俺の主観だが』と言いながら、ポツポツと断片的に説明をしてくれた。
もうすっかり知人扱いになってしまった中田さんの長い話が終わった。
だが、実際は会って話をしてみるしかないだろう。
長い時間だったようにも感じたが、店の小僧から銭10752文を受け取り、加登屋に向ったのだ。
江戸本店の主人の件は、まだ伏せています。
次回は、強火力練炭を見た加登屋さんの反応と、価格の感触を確かめます。
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