充実した工房での一日 <C267>
義兵衛がブラック助太郎の指揮下で作業します。いろんな作業を手伝います。
3月2日になった。
今日は、助太郎の手伝いの立場で工房での仕事に励もう。
行くと、昨日同様の朝礼をしていた。
「今日は、手伝いをしに来た義兵衛です。
よろしくお願いします」
「はい、判りました。
では義兵衛さんには、福太郎と春が炭団の型抜きで失敗しないような道具を作ってください。
昼までにお願いしますよ。
あと、細山組が来たら、こちらの対応もお願いしますよ。
なにせ人手がまだまだ足りないのですから」
容赦なく、ブラック助太郎工房の手伝いに組み込まれてしまった。
助太郎は、炭団の型を使って水田の粘土の収縮率を調べるための試験片を作り、かつ小炭団の型を作っている。
義兵衛は工房の一角に陣取り、炭団の型を一枚借り、型に合う押し出し用の押さえ板を作った。
16個ある穴より少し小さい円柱の板を押さえ板に張り付けるのだ。
そうすると、型の穴一杯に押し込んだ練り炭の部分を円柱の柱の上に丁度乗るようにあわせ、型を押し下げると穴のところの練り炭だけが残るという仕組みだ。
後は、上に残った炭団をヘラで横にずらすだけでよくなる。
2回ほど試して、位置合わせが難しいことに気づいたので、案内棒を2箇所に設けた。
型を1寸の板1枚分浮かし、作った板と型の間に1寸の厚さの板切れを入れとめる。
練り炭を型の穴に入れる。上から押し固める。板と型の間に入れた板切れを抜く。型を真上から押す。外れた炭団をヘラで回収する。
この一連の動作で失敗なく簡単に抜くことができそうだ。
義兵衛は、米さんから練り炭を貰ったり、福太郎や春の作業状況を聞きだして道具に反映させたりしていた。
そして作るのに夢中になっていて、4俵の俵を担いできた細山組が来たことに気づいていなかった。
しかし、細山組は俵をいつもの場所に置くと、工房裏の粘土置き場で掘り返しの作業をしているようだ。
ここでのボスは助太郎で、彼には到着の挨拶と作業指示を受けていたようだ。
まあ、助太郎は試験片を作るために、水田の粘土置き場と工房の間を何度も往復していたから見えていたのだろうけどな。
昼の大休憩のときに、小炭団の見本の説明を受けた。
1寸半大(=4.3cm)四方に厚さ1寸(=3cm)の直方体のブロックで、重さは9匁(=34g)。
真ん中に紐を通す穴が開いており、下側の所は丸く凹んでいる。
下側の四隅には小さな凹みがあり、上側の対応する場所には凸部がある。
上側の平らな表面には「金程」「小炭団」と掘り込みがある。
試しに10個を積み上げ紐を通す。
一番下側の紐の先には小棒がついており、これで紐が抜けないようになっている。
作り方は、下側の型板、炭を置く中板、上から押さえる型板の3枚を使うとのことだ。
難しいのが、紐を通す穴を入れるための手順だった。
「下側の板に棒を立て、中板を合わせて練り炭を入れ、固めてから棒を抜き、上板を被せて押さえる。
それから、上板と下板を外して型から抜く作業になる。
型から抜いたら、穴が潰れていれば、棒を通して穴を開け、それから乾燥場所へ持っていく」
という段取りであることを、米が説明してくれた。
「ここで使った練り炭は検査で不合格になった練炭を砕いたものや、作るとき失敗した練炭を、再度練りなおしたものを使う。
少しは新しい粉炭も混ぜるが、大方は練り直しを使うことを考えている。
炭の質は悪いだろうが、不合格品を無駄にしないための作りなのだ。
この小炭団作りは、近蔵に頼みたいと思っている。
今日の午後から、米の指導を受けながら、近蔵が作ってみろ。
最初は難しいかもしれないが、頼むぞ」
助太郎はこう指示した。
義兵衛が作った炭団の型抜きを助太郎に見せると、小炭団に応用が利くと感心している。
それで、午後は助太郎は工房に残り、小炭団の型をもう一組作ることになった。
その代わりに義兵衛は細山組と水田に向う。
荷梯子に12貫、モッコに26貫の土を乗せ、踏鋤3丁を持っていく。
午後の目標は、あとモッコで4往復分の土を運び込み、同量の水田の粘土を持ち帰ることなのだ。
昨日より少し少ないが、一人少ない人数でこれだけの土を運ぶのは重労働なのだ。
昨日掘って埋めた所を少し掘り返し、また粘土を削り出していく。
段々慣れてきたので掘る速度は多少速くなるが、やはり運搬が問題になるようだ。
だが、高低差もあるし、細い道なので、モッコを使うのが一番ましのようだ。
3人なので、順に回すことにして、まずは義兵衛と左平治が組んでモッコを担いだ。
左平治は力が強いので、運搬作業が捗るし息もあまりあがってこない。
これは話をする調度良い機会だ。
「左平治さん、細山村ではあと木炭窯を3窯興すと聞いているが、この冬でどれだけ窯を興す予定だったのかな」
「全部で12窯の予定でしたが、ザク炭を全部金程村で買い上げるとかで、ともかく木炭が不足するということからあと3窯分位は干した木を集められるじゃろ、ということで15窯に増やすよう言われたと言っておりました」
「ところで、その窯に火を入れるところを見にいってもいいだろうか」
「問題はないと思いますが、結構時間がかかりますよ。
木を窯の中に並べて、隙間なく小枝や枯葉を突っ込んで、それからやっと火を点けるのですよ。
それから、毎日煙突から出る煙の色を見て窯の中の状況を推測するのですが、この辺りはもう神業ですね。
4~5日もかかってやっと焼きあがるので、意外に待たされますよ」
「金程村は小さいので、村総出で炭焼きをするけど、細山村は大きいから総出という感じではないよな」
「はい、樵の家3軒だけでやっています。
なので、木炭の上がりは樵の家だけで分けることになります。
炭焼きは天候にあまり左右されないので、不作で悩まされることは少ないのですよ。
ただ、炭焼きだけでは見入りが少ないので、この工房で作っている練炭を細山村でも作れればという思いを大人たちは思っているようで、中を良く見てくるように言われています」
なるほど、やはり産業スパイですか。
ちょっとした加工で価値が10倍になるのなら、どこだって真似したくなるのが、当然だよな。
この話は、左平治に聞いて正解でした。
いろいろな話を聞くと、金程村より専業化が進んでいるだけで、経済的な仕組みは大差ないことが見えてきた。
これなら、『向原』構想も夢ではなさそうだ。
むしろ、七輪・練炭を工場規模にして量産するという図式が好ましい。
ただ、向原がこの地区の収入全体を牛耳る状態になった時、細山村からの独立性の高さが気になる所だ。
今まで、細山村の農家が、奥に住む樵たちを養うという図式だったに違いない。
それが、米主体経済から金経済になることで逆転するのだ。
「皆が等しく豊かになればいい」という理念が、貧しい故共有されている金程村とは事情が少し違うのだ。
どこかの時点で、お殿様を巻き込んで村々の意識を変えていくしかないのだろう。
その日の終礼の後、助太郎は義兵衛を呼び止めた。
「義兵衛さん、出来たんですよ、火力の強い薄厚練炭が。
見て行ってください」
キラキラした目で迫ってくる。
そして実験すると、薄厚練炭と同じ重さで倍の厚さなのに燃える時間が6分の1(20分)位と短い。
「おまけに、薄厚練炭と同じように重ねて使うと、その分時間が伸びるのですよ」
もう、得意満面である。
しかも手持ちで8個できているということだ。
これは、加登屋さんに売り込みにいくべきだ。
「助太郎、凄いの一言だ。
明日、登戸村に練炭・炭団を持っていこう。
明日朝ここから持って出るから、準備しておいてくれ」
「よろしゅうございます。
この強火力練炭を見て加登屋さんがどんな顔をするのかが楽しみです」
充実した一日に満足した顔をしている。
「助太郎、実は作ってもらいたいものがある。
炭団、小炭団用の調理用小型焜炉だ。
折角、強火力練炭という課題が解決したばかりなのに申し訳ない」
そう言って、卓上に固形燃料を使った一人用の開放型の焜炉を図示した。
「これは、今年の夏を乗り切るための切り札になるのだ」
助太郎に劣らずブラックな俺=義兵衛なのであった。
細山村から樵家を切り離し、練炭作りに特化することで起こりえる問題を考え始めました。
抑圧されたように見える樵家から「誰が養っていると思うんだ」という言葉が出てくるようであれば、向原構想は失敗なのです。
ブラック助太郎の影響を受けて、義兵衛もブラックになってしまいました。
次回は、強火力練炭を持って加登屋さんを訪ねます。それから義兵衛だけ炭屋へ向って愚痴を聞き始めるというお話です。
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