水田の粘土を掘ってみました <C266>
工房の午後の風景を描いてみました。
昼過ぎに寺子屋組の近蔵、福太郎、春が来ると、工房は大休憩に入る。
今日は関係する子供8名が揃っての一服となる。
炒った大豆を摘み、沸かした湯に焦がし麦を入れた麦茶様のものを飲み、お互いに雑談をする。
この雑談を通して、それぞれの作業状況を助太郎は抜け目無く確認しているようだ。
この機会を使って、細山村の樵家と名主との関係を聞きだすよう、義兵衛にけしかけた。
「細山村で樵の家は、どういう仕組みで暮らしているのか教えて欲しい」
義兵衛は細山組の二人に声を掛けたが、反応があったのは年下の種蔵だった。
どうやら、左平治はこの手のことをあまり考えていないようだ。
「僕は子供なので、あまり詳しいことは判らないけど、作った木炭を名主の白井さんの所に持ち込んで米に換えているのだと思う。
それ以外に、左官仕事や大工仕事など、都度村の仕事を請け負って掛売りにして、秋冬夏に名主さんから米を貰っているのだと思う」
種蔵は子供なりに、どうやって食べ物をもらっているのかを心配していたようだ。
そこで、種蔵に細かく話を聞いていく。
その結果判ったことは、木炭を作る時には樵仲間だけで作業しているということで、独立具合が金程村より高いようだ。
こういった聞き取りで、種蔵の貴重な大休憩は終わってしまった。
実作業をする現場の人間の休息時間を奪うようでは、本当に駄目上司だ。
さて、昼の大休憩が終わると、工房組5人は米が指図する体制にして、義兵衛・助太郎・左平治・種蔵は掘り出した土をより運搬量の多いモッコ2個に入れ、踏鋤3丁を手に水田へ向う。
義兵衛の分まで踏鋤は用意されていなかったので、その代わり平たい板を持っていくことになった。
水田では、どこまで粘土層かを確認するため、まず半間四方を掘ってみることにした。
最初は4人同時に鍬入れするような形でそれぞれの辺から掘ったが、モッコ1杯分(26貫=98kg)の粘土が掘れると、細山組はモッコで粘土を持ち帰り、代わりに工房で掘り出した土を持ってくる分担で作業を進める形となった。
細山組が土を運んで戻ってくるまでの間、一角を集中して掘り進める。
やがて土が粘土の明るいねずみ色から赤茶けた赤土に変わる。
粘土層の厚さは、想定した2尺(=60cm)より深くおおよそ半間(=90cm)もあった。
長年、何代にも渡って田を作り続けた賜物であり、その1寸毎に代々この田に費やされた労働の汗が染みているのだ。
この分では、おおよそ半間四方を半間掘ると、約400貫の粘土が得られる。
「これだけの粘土を運ぶのは、だいたい2~3日はかかりますね。
掘るのに時間が掛かると思っていましたが、掘るより運ぶほうによっぽど時間がかかりそうです。
ところで、この粘土全部で七輪300個分だとすると、最終的に足りますかね」
助太郎は概算で数字を弾き出す。
流石に『まだまだ足りん』が口癖になってきつつある助太郎だ。
「水田の粘土を全部使うのではなく、多少赤土を混ぜて量を増やしてもいいかも知れない。
どの程度混ぜても大丈夫かを試してみないか。
あと、七輪を作るのに使う粘土や土の量が減れば、それだけ軽いものが出来て重宝すると思う。
普通練炭を300回程度使えたら、それ以降は壊れてもしょうがないと言う水準まで質を落としてもいいと思う。
一応、小売価格を強気で1000文と考えているのだから、一回3~4文の使用料と思えば妥当かな」
義兵衛がそう伝えると、助太郎はなる程それは良い考えだ、という表情をした。
「いやぁ、しかし、またやることが増えましたね。
小炭団の型が、まだ1組しかできていないのですよ。強火力の練炭もまだ残っていますし、その上に七輪の強度実験ですか。
これは大変ですよ」
珍しく助太郎が弱音を吐いている。
助太郎とそんな話をしながらも、手は止めずに深堀した角から垂直に削るようにして穴を広げていく。
一尺×二尺の広さで半間深さの穴を掘り、90貫程の粘土を積み上げたところで、細山組が戻ってきた。
持ち込んだ土の量は、これで全部で78貫位になる。
途中で埋めると穴を広げるのが難しくなるので、今日は半間四方の3分の1程度になるまで掘り、残りは明日以降に掘ることとした。
結局、細山組があと4往復と、最後に助太郎と義兵衛がモッコを担いで粘土を運び出した。
工房へ戻ると、水田の粘土は160貫程度確保できていることが判った。これは、七輪120個に相当する量なのだ。
運び終わるともう夕刻になっており、工房での生産活動は終了する。助太郎は全員を集めて、今日の作業確認をしている。
要所を押さえるため、朝礼と昼の大休憩のときの確認と終礼をきちんと行っている。
「左平治と種蔵、今日はご苦労様でした。
木炭の4俵搬入と、工房の粘土収納場所の掘り起こし、午後は土と粘土の運搬でしたね。
明日も同じ要領で作業をします。少し調子を上げますので、今夜は充分休養を取ってください」
「米と梅、ご苦労様でした。今日生産したものを報告してください」
「ハイ、昼前までに、4貫の練り炭を作り、午後は七輪を2個作り乾燥場所へ送りこみました」
「私は、昼前までに粘土を捏ね七輪を1個作りました。午後は薄厚練炭を型抜きしましたが1個失敗しました。
普通練炭は16個と薄厚練炭35個を乾燥場所へ移しています。
記録は付けてありますので、確認ください」
「明日も同じ量を作ります。
あと、小炭団の作り方はこの後指導しますので、二人とも少し残っておいてください」
「福太郎と春、ご苦労様でした。今日した作業を教えてください」
「二人で、炭団を8回型抜きしました。512個できるところですが、4個失敗して崩れてしまいました。
なので、508個しかできていません」
福太郎が声を震わせながら報告する。
「4個失敗したのは、なぜだかわかりますか」
「型を押さえて抜くときに、一番端のところだから力が入り過ぎたのかなあ、ごめんなさい。
でも、春も1個失敗したよ」
作業を監督していた米が言葉を挟む。
「福太郎も春も、まだ手の平全体で押し込むというコツが飲み込めていない感じです。
手の平でなく、直径2寸の丸い板を上から押し当てて抜くのがいいと思います」
「では、丁度合いそうな板を探してみてくれ。
今、小炭団で同じような工夫を考えているので、同じ手が使えるかも知れない。
引き続き明日もお願いする」
「近蔵、今日はご苦労様でした。報告をお願いします」
「乾燥室にあった練炭で、乾いたものの寸法検査をしました。
普通練炭は24個検査し23個が合格、薄厚練炭は50個検査し全数合格でした。
不合格の普通練炭は、寸法が大き過ぎるものです。
不合格品と作成で失敗した練炭・炭団は、箱に移しています。
また、昨日不良だった練炭は崩し、指示された別な場所に貯めています。
数量は記録していますので、確認してください」
「判った、明日も同じ位の作業になるので、頼むぞ」
これで一応全員の確認が終わった。
「では、皆さん、明日もよろしくお願いします」
こう挨拶をして締めくくると、皆も挨拶を返して解散となった。
米と梅はその場で待っているので、軽く掃除をしておくように言いつける。
そして、義兵衛と助太郎は工房裏の粘土置き場へ向う。
「立派な工房の経営者振りだなあ。今にもっと貫禄が出てくるぞ」
そう言うと、助太郎は照れているが、実は真っ黒な感じがしてならない。
粘土置き場に来ると、義兵衛は説明をする。
「この水田の粘土3貫に山の赤土1貫を加えて3個の七輪を作ることができれば、今日掘り出した粘土で120個ではなく160個の七輪が作れる。
割合をもっと増やすことが出来れば、粘土は節約できる。
それに、使う土の量を減らすことも考えるといいのじゃないかな」
義兵衛は助太郎に難題を吹っかけたのだ。
「粘土の質が変わると、収縮具合が違ってきてしまいます。
今は、水田ではなく焼き物用の粘土で作っていますので、練炭を入れる穴はこの型に合わせて作っていますが、水田と赤土を混ぜたもので、乾燥と焼きいれをするとどの程度縮むものかを、まずは見極める必要があります。
経験がない土だと、そこからの試しをしなくてはなりません。
結構時間がかかりそうです」
「そこは判っている。
正式なものではなくて、収縮程度を見る試験片をいくつか作って試してみるのが早いのではないかな。
今使っている粘土と、水田の粘土、赤土の混合具合を変えたものを、例えば炭団の型で各4個抜いて試し焼きをする。
それぞれの寸法や表面を調べて、いけそうなもので試しの七輪を作るでどうかな」
「それなら、確かにできそうですね。
明日の午前中に試験片を作ってみましょう。
しかし、結果は焼き上がり後ですから、やはり3日位はかかります。それまでは、辛抱願います。
では、この後、米と梅に小炭団の製造説明をしますので、今日はこのあたりで」
これ以上ここにいては、かえって迷惑がかかりそうだ。
「うん、よろしくお願いするぞ」
そう言い残して、義兵衛は家に戻ったのであった。
助太郎の性格が見えてきたと思います。一言で表すと、自分と同じレベルで仕事ができないと責めるタイプで、実は「ブラック」な人です。
次回も、くどいかも知れませんが工房での一日です。
感想・コメント・アドバイスなどをお寄せください。
よろしくお願いします。




