ご加護のある焼印作り <C265>
工房の午前中の作業の様子や、メンバーとの話が中心の回です。
個性が少しでもわかるように継ぎ足ししたため、少し長めになっています。
大丸村を出て、その夜遅くに家にたどり着いた義兵衛は、母親に夕食代わりのお握りを貰い手早く夜食を済ませると就寝した。
翌朝、義兵衛は大丸村の芦川家から受領した2000文を渡し、交渉結果を説明し、次回大丸村に行くときには同行してもらうことを、改めてお願いした。
そして昨日、円照寺での取り決めで決まった焼印を七輪に付けるべく、助太郎の工房へ急ぐ。
工房は昨日から新しい体制で作業しているはずだ。
工房では、助太郎が米と梅に焦った口調で今日の作業の段取りを説明していた。
「まずは、米、午前中は粉炭を1俵分を全部捏ねあわせ、燃焼試験用の炭団を作る。
午後は、米は寺子屋組の炭団作りの指導と、七輪作りだ。
炭団は、8回型抜きをして512個作るのを目標にしてくれ。
米自身は空いた時間で、七輪を2個作る」
炭で汚れても良い服を着込んだ米が、助太郎の言葉に素直に頷いている。
甲三郎様の巡回していた時は髪もきちんと結い上げ、程の良いものを着ていたので随分大人びてみえたのだが、それと今は大分違っていて、いかにもこれから泥遊びをする子供という印象だ。
髪もざっくりと束ねて括り上げ、手ぬぐいを姉さん被りしている。
「昨日と同じでよいのですね。
今日も炭用の盥の準備確認から、ちゃんとしますよ。
試験用の炭団を作ったら、燃焼の確認もしておきましょうか。
それで、時間が余ったら薄厚練炭の型抜きもしておきますよ」
小柄で愛嬌があり、しかもしっかり者の米は、よく気が回り、工房の中を鼠のようにチョコチョコと動きまわっている。
甲三郎様の巡回が終わった後は、受け答えに失敗していたことを悔やんでいたが、実はかえって甲三郎様に印象深く残っていた、ということを伝えると『恥ずかしい』と真っ赤になっていた。
14歳ともなれば、どこぞから見合いの申し込みがあってもおかしくはないのだが、工房のペースメーカーになっている彼女を今引き抜かれると痛手なので、彦左衛門の家に奉公している形になっているのは好都合なのだ。
「それから、梅は、午前中、七輪用の粘土を3個分捏ねて準備をし、その粘土を使い七輪を1個作る。
粘土は空気の泡を含ませるように捏ねるよう注意して作業してくれ。
捏ね上がったら、米に仕上がりを見てもらうこと。
決して自分でもう大丈夫と思わないこと。
折角作った七輪が、粘土のせいで駄目出しされるのはイヤだろ。
午後は、薄厚練炭100個分を型から抜く。
そこから、4個連結した普通寸法の練炭を16個作り、残り36個は薄厚練炭のまま乾燥へ送り込む。
ついでに近蔵がする作業の、出来上がった練炭の検査も見て欲しい」
米と梅は家も近所で仲のよく、一見すると姉妹のように見える。
梅は米より1歳年下だが、背は少し高いため、遠めには梅のほうが年上に見える。
しかし、仕事をさせると、いつもどこか抜けているところがあり、工房では米に頼っている状態なのだ。
助太郎が注意しても聞かないが、米の言いつけはきちんと守るので、梅への指示は米にも一緒に聞いてもらっている。
「はい、はい、判ってますよ。
粘土をふんわりするように捏ねるのですよね。
お姉さま、ご指導をよろしくお願いします」
本来の性格は悪い娘ではないのだが、難しい歳頃のようだ。
凄い努力家の助太郎を軽く見ている様にも見えるが、これは平成の世で言うツンデレではないのだろうか。
もしくは、ここの責任者である助太郎に無意識に媚びを売っているのが恥ずかしくて、ワザと敬遠している感じなのだ。
助太郎と梅か。
実家から通うのではなく彦左衛門宅に住み込みのような形にしたいと発案したのは、梅だと聞いている。
これはよくよく見ておく必要がありそうだ。
「さて、二人には、言っておくが、まだまだこれでは足りんのだ。
俺は、午前中細山組が来たら、工房裏手の粘土置き場の掘り起こしを指揮する。
午後は、掘り起こした土を持って水田へ行き、そこの粘土との交換をする。
今日一日3人で土を運べば、180貫位、つまり七輪130個分の粘土を貯めることができる見込みだが、まだまだこれでは足りんのだ。
俺がここにいない間は、米が工房を仕切ってくれ」
説明を一部始終聞いていたが『まだまだ足りん』がどうやら助太郎の口癖になっている感じだ。
「助太郎、頑張っているな。
今日は七輪の焼印について相談に来た」
厳しい顔つきをして二人に指示していた助太郎は「では、それぞれ作業を始めてくれ」と言うと、義兵衛を工房の奥へ誘った。
「大丸村の円照寺との交渉は、ほぼ予想通り、村から売った価格の5分を初穂料として納めることで、焼印を押す許諾を得た。
これで、他所では真似できない特徴を持たせることができる。
また、初穂料は練炭で納めるということでも了解を得た。
正式な契約は、名主が出向いて取り交わす必要があるが、とりあえず予想価格で50個分は先納してきている」
「どのような印になったのですか」
義兵衛は、鳥居印の真下に額に入れた格好の『火伏・秋葉大権現』を置き、その両側にお寺と神社の名前を配置した図を示した。
「なる程、いかにもありがたそうな印ですね。早速、押印できる型を作ってみましょう。昼までに一個作ってみますよ。
その代わり、工房の二人と、細山村の二人組の対応をお願いしますよ」
真面目な表情になった助太郎はそう言って紙を受け取ると、早速材料と鑿を取り出し工作机で作業を始めた。
義兵衛は、工房のところで熱心に粉炭を捏ねている米の作業を見にいく。
「米さん、どんな具合かな」
「はい、彦左衛門さんのところでご厄介になるようになってから、随分楽をさせてもらっております。
朝餉の支度や片付けは、奥様がなされます。
自分の家にいた時のような後片付けはせずに、私らは助太郎さんと一緒に家を出て工房へ来れば良いので、申し訳ない限りです。
お殿様もお認めになったお仕事ということで、奥様は出かけるときに『頑張ってらっしゃい』と優しく言葉をかけて頂きますし、夕餉も何の支度もする必要がありません。
流石に、夕餉の後片付けだけはお手伝いさせて頂きますが、こんなに良い思いをしていいのかと思うことばかりです」
炭を捏ねる手も止めずに、今の境遇を説明してくれた。
「この仕事は面白いのかな」
「私が一生懸命働くことで、村の人たちが腹一杯ご飯が食べれるようになる、という最初の説明通りにだんだん成っているのが感じられます。
なによりもまず、彦左衛門さんのところで私が腹一杯ご飯を頂いています。
そして、助太郎さんから、この練炭が凄い高値で売れているという話を聞いています。
とてもやり甲斐がありますし、面白くない訳がありません」
「仕事をしていて、こうした方がいい、という考えが浮かんだら、何でもまず言ってみるようにして欲しい。
僕も助太郎も、実際に捏ねたり作ったりというところで量産する作業には手を出していない。
なので、大量に同じものを作るということでの問題を判っていないことがある。
全く同じものを作る大変さを少しでも楽にすることは、とても重要なことなんだよ」
「はい、判りました」
全く素直ないい娘だ。
粘土を捏ねて七輪作りの準備をしている梅にも聞いたが、工房での扱いや感想は、米とほぼ同じような答えであった。
「私は器量が悪いから、甲三郎様の受けがよくなかったのじゃないかと心配ですよ」
「甲三郎様は、与えられた仕事を一生懸命やっているかどうかをきちんと見ておられたのだよ。
田の作業を真面目にしているかどうか、親は見ていないようでちゃんと判っているのと同じで、見る人が見れば判るのだよ。
だから、その場の受けが良かったかどうかを気にすることはない。
助太郎の言いつけを忘れないようにして作業するのだよ」
梅は、どうも少し見栄を張りたがるところがあるようだ。
間もなく、細山村から左平治と種蔵が計4俵の炭俵をかついで工房に着いたのが判った。
義兵衛は、まず炭俵を置く場所を指示し、次に粘土を確保する場所、工房の裏手の地面、の掘り下げを指示した。
「この掘った場所の土を水田に持って行き、水田を掘り起して取れる粘土と入れ替えをする。
なので、まずここを一間四方(=1.8m×1.8m)を半間(=約90cm)位の深さまで掘り下げて欲しい。
掘り出した土は、午後水田に持っていくので、片側に積み上げておくこと」
義兵衛も掘り下げを手伝うべく、踏鋤(=江戸時代のシャベル相当)を手に取った。
刃先の部分だけ平たい鉄で出来ているが、そこ以外は固い木で出来ている。
足で体重をかけて刃先を土に押し込み、梃子の原理で土を掘り上げるというところは、ほとんど同じである。
多分、助太郎の分も入っているのであろうが、丁度3本用意されていたので、これを使う。
細谷村の樵の家から来ている左平治と種蔵は1歳の差があるが、米と梅が姉妹に見えるように、やはり仲の良い兄弟のように見える。
二人とも寡黙で、寺子屋でも義兵衛・助太郎が年上ということもあり、あまり話しをしたことはない。
左平治は力が強く、まだ14歳だが荷運びは大人並に出来る。
種蔵は左平治と違いまだ色々と半人前で、2俵の炭運びでも穴堀でも、一生懸命頑張っているが多少左平治に助けてもらっているようだ。
しかし、頭はいいようで、助太郎や義兵衛が指図したことから、その意図を汲んで臨機応変に立ち回るのは上手いようだ。
なので、時々左平治がどうすればいいか困った時に種蔵が小声で意見しているのが見える。
二人揃って二人前で計算はあっている。
3人掛かりの穴掘り作業で、大方掘り出したところに、助太郎が逆さ文字を彫った平たい板を持って現れた。
「焼き印用の判子が出来ましたよ」
左平治と種蔵に、穴掘り作業を仕上げまでするよう指示すると、義兵衛は工房の中へ入った。
そして、梅が仕上げた、空気穴と反対の側面に「金程」の印が押されているできたばかりの七輪を助太郎が手にする。
米と梅が見守る中、空気穴の真上に『火伏・秋葉大権現』が来るように印を押す。
見事に鳥居と文字が刻まれた。
「これから作る七輪には、この印を押すようにしてもらいたい。
これがあることによって、秋葉大権現様のご加護が七輪に与えられるのだ」
感心して見ている二人には悪いが、実はこれは信仰心を利用した市場独占策でしかないのだ。
昼過ぎに寺子屋組が来ると、大休憩に入る。
ここで、8名揃って茶菓で一服する。
工房の午前中の風景にあわせて、登場人物の様子を描いてみました。
次回は、午後の風景を描いています。
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