芦川貫衛門さんからの相談 <C262>
七輪・練炭の商売に、大丸村の芦川家がどう絡んでいくのかについての話が中心です。
しかし、最後に余計な一言を言ってしまいます。
百太郎から言われていた販路の確認である。
「七輪・練炭が評判になっていることを考えると、芦川家も一枚噛んでおきたいというのは偽らざる気持ちじゃ。
しかし、これを直接小売するということまでは考えておらなんだ。
どうしたもんかいのぉ」
やはり百太郎の懸念通りであった。
「金程村が販売先に卸すのは、山を越えるという難しさがあり、大丸村に拠点があると本当は凄く助かるのです。
登戸村では、いつも木炭を卸す炭屋さんを拠点に委託販売を行っています。
同様に、こちらに懇意の木炭を扱っている商家をご紹介頂き、芦川家がそこへ委託販売するという形は取れないでしょうか」
「委託販売というのは、初めて耳にする言葉じゃが、どのような方法かな」
「簡単に言うと、炭屋にものを置かせてもらい、売れる都度その銭を炭屋と卸し元で分ける方法です」
ここで、義兵衛は登戸村の炭屋で行った説明をした。
「炭屋のところにはあるが、実際は売れるまでは卸し元の持ち物ということですな。
しかし、それでは金程村が直接炭屋にものを置かせてもらえれば済む話ではないのかな」
「その通りですが、これを行うには炭屋にある程度在庫を置かねばなりません。
この在庫がいつまでも掃けないと、置いてある練炭の所有者は銭を得ることができません。
なので、店に置く在庫は少なくしようと考えます。
一方、お客が沢山来て練炭が不足し売るものがないと、折角の銭を手にする機会を失うことになります。
なので、店に置く在庫を増やそうとします。
この二つの綱引きを解決するには、在庫を監視して不足しそうな場合は早急に補充することをせねばなりません。
ところが、練炭の供給元である金程村は、大丸村から重荷を運ぶと半日の距離にあります。
不足と解ってから、金程村に連絡して物を出し大丸村に到着するのに、1日かかると見たほうが良いでしょう。
そして、その炭屋自体は、大丸村の中にはなく一番近いところだと府中宿になると思っていますので、こことの往復が必要です。
もし、ここ芦川家に練炭が蓄積されていれば、これを取り崩して使えばいいので、すぐ不足分を補うことができます」
「それはこの家を蔵を使いたい、というだけになるのじゃが。
それでは、芦川家が一枚噛むということにはならんの」
「そこは難しいところですが、方法があります。
まず、芦川家が練炭の取次ぎを行うことの前提として、芦川家自身が練炭に限り直接販売しても良いことの確認を炭屋に取り付けます。
この時、炭屋と同じ価格でしか売らないことを言う必要があります。
これを認めて頂ければ、炭の株仲間の件は多分問題が少なくなると考えます。
次に、炭屋の販売委託手数料ですが、交渉をして現時点では小売価格の2割と定めてください。
そして、金程村は芦川家へ、炭屋の決めた小売価格から委託手数料分として5分安い値段で卸します。
この卸値は定期的に見直しをします。
例えば、1個200文で小売する練炭で手数料が2割であれば、金程村から芦川家へ1個150文でお譲りします。
そして、芦川家は炭屋へ委託販売し、200文で売れれば160文を手にすることができます。
その場合の儲けは1個10文です。
また、芦川家が直接200文で行商されてもかまいません。
その場合の儲けは1個50文で、利益の幅は大きいですが、その分人手がかかります。
どうでしょうか」
「うまい話に聞こえるが、裏はどうなっておる」
「ハイ、時系列での値段の変動が問題です。
最初小売が200文と決めていても、260文で売れることもあれば140文でも売れないことも考えられます。
260文で売れれば、208文手に入りますので、差額の58文がこの時の利益となります。
金程村は定期的に見直しをしますので、その次は195文でお譲りすることになります。
これは、想定よりも高く売れる場合の話しですが、安くなってしまうと損が出ます。
140文で売れると、112文手に入りますので、差額の38文がこの時の損となります。
定期的な見直しで、その次は105文でお譲りすることになります。
このように、練炭の価格が変動することで利益を得ることもあれば、損をすることもあります。
小売価格を決めてしまうとこのようなことは起きませんが、練炭が必要とする時期とそうでない時期があります。
売れる時は高く、売れない時は安くするのが自然です。
なので、この価格・数量調整を芦川家で担ってもらうことになります」
「なるほど、芦川家は売れ方を考え、損しないように金程村から練炭を購入するのじゃな」
「その通りです。実際には、いつも一定の量を芦川家の蔵に納めて、その中から都度お買い上げ頂くというのが現実的と考えます。
言ってみれば、洪水や旱魃にならないように、貯水池を設けるようなものとご理解ください」
貫衛門さんは、この一連の話しを聞いて唸ってしまった。
「大体のことは判った。
なる程、それならば芦川家がしっかり噛むことになるのぉ。
それで、この行き先のない七輪の扱いはどうなっておるのかのぉ」
「この七輪とそれに使う練炭は、販路となる炭屋と話しをする時にお使いください。
上手く話しがまとまるのであれば、そのまま差し上げてくださっても構いません。
その分の利益は、続く練炭や七輪の売り上げ分で回収させて頂きますので、問題ありません」
「そうか、これは話しを上手く進めるための餌じゃの。
よぉく判った。
しかし、この七輪の暖かさは格別じゃのぉ。
こうして暖まっておると、具合が良いわい」
七輪を抱き込むようにして、手をかざす貫衛門さんの表情から険しいものが一切消えて、ただのご隠居の状態になっている。
懸念事項が消えたのだろうか、穏やかな顔つきをしているが、多分頭の中はフル回転しているに違いない。
そして、何かに気づいたように、顔の表情を変えた。
「おお、和尚達を呼びに行かせるのを、すっかり忘れておったわ。
誰ぞ、円照寺の和尚さんと寮監長さんを呼んでまいれ」
下男が、承知した旨の返答をして、ドタバタと遠ざかっていく。
忘れていた訳でもあるまいに、表情を観察していると狸振りがだんだん判ってきた。
円照寺さんより先に、練炭をどうするかの話しをしたかったに違いない。
「この村も、いろいろと厳しいのじゃ。
秋に野分(=台風)が来ると、多摩川が氾濫し、スカスカの米しかできんようになる。
水田の中は小石だらけになる。
皆小石拾いを延々続けて小石の山ができる。
いつも洪水が起きて後始末するだけで、洪水を起きる前にどうにかしようという所はなかなか動けんものなのじゃ」
愚痴のように言っているが、何か知恵を出せと言わんばかりの様子だ。
義兵衛の口を通して、思わず声が出た。
『被害担当の水田を事前に決めておく、という方法があります』
義兵衛自身が驚いたので、あわてて内容を大雑把に伝えた。
「なにぃ、そりゃどういうことじゃ」
「実態も知らず、思わず声が出てしまい、申し訳ございません。
身の程しらずの考えですが、説明します。
洪水にも程度があります。
全部を守るのは難しいので、洪水の程度に合わせて犠牲にする水田を予め決めておくのです。
そうして、全滅を避ける。
小石の山を、水の流れを誘うように並べておけば良いのです」
また、余計なことに首を突っ込んでしまった。
ややこしいことを書いていますが、大丸村を金程村の出先にしようとする魂胆です。旗本領(金程村)と天領(大丸村)のお上に対する姿勢や考え方の差がわかる場面を描いてみたい、とは思いますが筆力が全然追いついておらず、中途半端な感じです。次回は、円照寺の和尚さんが登場します。
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