細山村からの助人 <C257>
甲三郎さんの巡視が終わり、平常運転の日が来た。のですが、細山村の樵家から2名新人が参加です。
ちなみに2月28日(太陽暦3月26日)の話しです。新しい人が加わるのも、これ位の時期です。
甲三郎様巡回の翌日は、朝から工房の確認に出かけた。
準備万端にすることで、色々弊害も出ているであろうことを心配した百太郎の気配りである。
実はそんなことより、義兵衛は棚上げになっていた強火力練炭の実験を早くしたいのだった。
急いで工房へ行くと、果たして助太郎は待っていた。
米、梅も普段の作業着で、もう真っ黒になって粉炭を捏ねる作業を始めていた。
助太郎は工房の奥へ義兵衛を誘い込むと話し始めた。
「昨日の巡回で、今までにないほど皆凄く張り切っている。
どうやら、それぞれの家で随分褒められたみたいで、この仕事が村を救う切り札ということを改めて認識したようだ。
そこで、前にも言ったが、米・梅を家であずかってみたいと思うのだ。
それぞれの家に、名主から話をしてみてくれないか。
実は昨夜、父にこのことを話してみたら、諸手を挙げて賛成なのだ」
「それは確かに丁度都合が良いようだ。
今まであまり話題にしなかったが、そろそろ給金ということをきちんと考えたほうがよさそうだ。
住み込みの女工さんという扱いで、実家に給金ならぬ米の配給が実質増える形で応えることになる。
あと、彦左衛門さんのところも、練炭の恩恵や今回の巡回の成功に報いることも必要だろう。
全部ひっくるめて相談しておく」
「ところで、強火力練炭はもう乾いているかな」
「勿論だよ、その一言を待っていた」
義兵衛も助太郎も、こういった試みが大好きだし、今回は競い合いということで一層気持ちが高ぶっているのだ。
「重さはちゃんと違いがないように量れよ。
時間はどうする、また線香の燃えた長さで測るか。
七輪は、この間焼きあがったものを使うでいいな」
新品の七輪を据え空気穴を開け、線香に火を付け、安定すると「よ~い、ドン」で同時に火を点ける。
一面に火が広がり、上面が真っ赤に光る。
助太郎の練炭はかなり赤く光っているが、義兵衛の練炭は燃え上がっている。
先に練炭が燃え落ちたのは、義兵衛の練炭だった。
しかし、義兵衛の練炭は小さな光る木炭片が七輪の下側にこぼれている。
これが完全に消える頃、助太郎の練炭は燃え尽きた。
いつも作っている薄厚練炭の4分の1位の時間(=30分)程度で結論が出た。
引き分けである。
「お互いが作った練炭の良い所、悪い所をきちんと考えてみたほうが良いな。
一応、4倍の火力は出ているのでこれでも良いと思うが、もう少し考える余地があると思う。
上手く作れば、6倍の火力も出るのじゃないかな」
助太郎は灰の状態を仔細に観察し、何か閃いたようだった。
もうこの件については言うことはないだろう。
後は地道な実験で、最良の穴の大きさと数を見極めるしかないのだ。
「ごめんくださいませ」
工房の入り口で声がする。
助太郎と一緒に外へ出ると、炭俵をそれぞれ2俵(=30kg)担いだ男たちがいた。
寺子屋で見知った顔だ。
「細山村の左平治と種蔵かぁ、久しぶりだなぁ、元気にやっていたか。
とりあえず炭俵を、そこの庇の下に置いてこっちへ来てくれ」
助太郎が招きいれる。
左平治は14歳、種蔵は13歳で、ともに細山村の樵の家の子だ。
「細山村の名主さんからの指示で、こちらにザク炭を届けにきた。
届けた後は、この炭を鑢で全部粉にするよう言われている。
段取りは、助太郎さんの指示を仰ぐように、ということだ。
これから毎日、全部で20俵分(=300kg)の仕事と言われた。
よろしくお願いします」
白井さんは、助太郎が差配しやすいように人選してくれたに違いない。
工房の入り口でザワザワとしているのを聞きつけたのか、中から米と梅が出てきた。
「あれぇ、種蔵じゃないか。ほんに久しぶりだぁ。それに、左平治さんも。
今日はどうなされた」
米が素っ頓狂な声を上げる。
「今日から強力な助っ人を出してもらった。
この二人に粉炭を目一杯作ってもらうつもりだ。
仲良くやってくれ。
細かな話は、寺子屋組が来た時に、一服入れながらしよう。
さあ、戻った、戻った」
助太郎ほその場を治める。
「では、持ってきてもらった木炭を粉にする作業をしてもらおう。
鑢はこれで、馬櫃に擦った炭をいれる。
粉はこれくらいの荒さでお願いする。
馬櫃が一杯になったら、粉炭置き場に運んで置き、空の馬櫃を代わりに持ってくる。
大きな休憩はこちらから声をかける。
小休止は適当に取ってもらって構わない。
2俵を擦るのは余裕で出来ると思っている。
あと、粉塵は飛ばさないように、湿らせた手ぬぐいを被せるなど工夫してほしい。
解らないことがあったら、都度説明するから呼んでくれ」
一応、作業の見本として、助太郎は木炭に鑢をあて、ザクザクと擦るところを見せた。
今日から5日間で300kgの粉炭ができる。
その粉炭は毎日30kgずつ練炭に化けるので、10日分である。
すると、その次の原料を手当てしなければならない。
一昨日、登戸村で得た銭から6000文(=15万円)出して30俵(=450kg)の木炭が買える。
8日分の二人の手当てで1600文(=4万円)かかるが、白井家に練炭を8個譲ることで勘弁願おう。
その追加で更に15日分が確保できる。
その後、細山村にどの程度ザク炭が残っているのだろうか。
見込みでは全部で90俵あるはずなので、あと40俵。
銭は8000文(=20万円)必要となる。
今のところ、現金を得るには登戸村しかないが、加登屋さんには散々買ってもらっている。
ならば、炭屋の委託販売分を充当するしかない。
追加分が確か普通8個、薄厚48個という注文だったが、前回補充の普通16個、薄厚16個もついでに持っていこう。
余れば、加登屋さんのところに置かせてもらえば良い。
重量は、14貫(=53kg)位なので、また一人で行ける感じだ。
ここの在庫は、2日間生産が止まっていたことで、半製品が丁度無い状態になっている。
そして乾燥した練炭が普通48個・薄厚176個もあるので、普通24個・薄厚64個を抜いても大丈夫そうだ。
目算を助太郎に説明し、荷梯子にくくりつけてもらった。
午後に入り、寺子屋組が加わる。
寺子屋組は粉炭作りから開放されたので、4枚重ね作成と、寸法確認作業、粉炭の貯蔵作業に回すことにした。
米と梅は、交互に型抜きをしており、どちらかの手が空くと七輪製造を手伝うという段取りにする。
大休憩のときに、細山村の二人を交えて作業割りの説明をする。
その後の雑談では、昨日の巡回の話、それを家で披露したときの話で盛り上がっていた。
皆が細山村の面々と仲良くするのは、悪いことではない。
実際には、細山村の樵家についての処遇を確認したかったのだが、まだ時間はある。
義兵衛は、話の途中で抜け、荷梯子を背負い家へ戻っていった。
結局、狭い地区です。知り合いばかりになる運命なのでしょう。
次回は、現在抱える問題を百太郎に相談するというお話です。
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