表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
559/565

相州対応案 <C2559>

■安永7年(1778年)10月13日(太陽暦12月01日) 憑依272日目 曇


 めっきりと寒くなってきた朝、義兵衛は館で爺様へ昨日考えた内容を話し、色々と聞き出そうとしていた。


「図師村と言うか。相州からの道であれば小野路村が宿場であろうに、なぜ故図師村に着目した」


「はっ、小野路の宿は府中と鎌倉を結ぶ道中であり、要所ではありますが、鎌倉から北上する手前に津久井往還道がありましょう。小野路で抑え込むと、津久井往還から登戸宿へ向かう道ががら空きとなりこちらへ進む者が増えます。その手前の図師村はいわば谷戸口を守る場所で、ここで締めれば難民達は木曽宿からそのまま橋本宿を経て八王子へと向かいましょう。あくまでも府中を狙おうとする者は図師が破れれば、津久井往還道ではなくそのまま鎌倉府中街道上にある小野路宿を狙って進むのが坂道の関係でも普通に思われます。それでもあえて津久井往還道を進む者は、上麻生村(現:柿生駅近辺)で留まらせ東進を抑え込めるのではないかと考えました」


「ふむぅ。その方の申すことは道理に叶っておるな。ワシは小野路が西の要と考えていたが、二段構えで抑え込むか。

 若君案内の道順や範囲は多少見直すほうがよいようだな。

 それから、周囲に知行地を持つ旗本のことなど、一度に聞かれても説明しきれぬ。お主とて、一度に全部説明しても覚えきれぬであろう。まずは相手のとこより椿井家のを知ることから始めねばならぬ。寺子屋では詳細は伏せておるからな」


 対処すべき拠点については同意されたようだ。

 そしてさすがに御殿様の家筋のことなので、寺子屋の中でも一通り教えられはするが、寺子屋ではほんの一握りのことしか、都合の良い表面的なことしか教えていないことが爺様の言葉から判明した。


「この椿井家は分家筋で、本家は山城国相楽郡椿井村(現:京都府木津川市山城町椿井)にある。そして本家・椿井家は公家の藤原家の支流であり、家紋の裏菊がそれを示しておる」


 長々と歴史語りが続いた後、徳川家で当初椿井家が担ってきた極秘の役割あり、家光公の御代になってその任を解かれ、その恩義から家光公没後に紅葉山の社に関する守役にも加わっていたことを説明してきた。


「このように徳川家に忠誠を尽くしてきているのだが、当初は誠意を疑われていたように思える。それは知行地を囲むように譜代旗本が配置されていることからも伺えるのじゃ。

 義兵衛が申した上麻生村・三井恒吉殿は本国が甲斐とは言え天正年間に三河で仕え始めた譜代であり、また図師村・田中一郎右衛門殿も本国が三河とそもそもの家来筋である。椿井家がやっと寛永年間・家光様の代で表向きの旗本として認められるまでの苦労、それまでは周りを古参の譜代で固められ異常な緊張を強いられておったのも故ありと考えられる。

 そしてな、椿井家がここに居るのは、高石神社の監視が神君家康公様からの密命なのじゃ。このため、椿井家は領地永代安堵の御字御判おんじおんはん付き書状を頂いておる」


 神君家康公が何を考え高石神社を敵視したのか、椿井家もその内に含まれるのかは全く判らないのだが、今になってみればこの配置は都合が良い。

 譜代の旗本が里に至る主要街道に配置されているのだから、そこできちんと飢饉対応されていれさえすれば飢餓難民が椿井の里へ至るまでの時間が稼げることになる。

 難民からの不意打ちを受けることさえなければ、村々が荒らされることも少なくできる。

 また、米作に適した平野部分には代官領も多いため、難民が流入すると公儀とて放置できず何らかの対処を行うに違いなく、それが単に代官領から強制的に退去させるだけ、つまり旗本知行地や寺社領へ押し付けるだけ、でさえなければどうにかなると踏んでいる。


「では、ここからは問に答えよう。

 まず、里に一番近い上麻生村に居を構える三井恒吉殿は、駿河国志太郡にも多少知行地をお持ちだが、1200石取りと500石取りの椿井家より格上の家であり……」


 爺様は延々と三井家と恒吉殿のことを話し続けた。


「はっ、おおよそのことは判りましたので、若君案内までに一度上麻生村にある三井殿の館を訪ねてみようと思います」


「うむ、それが良かろう。その折に飢饉対策として領民向けの米の蓄えを聞き出しておくよう心掛けよ」


 そんなことを直接聞くような真似はできないのだろうが、高石神社の巫女が流した飢饉の噂を伝え、それを真剣にとらえた里の様子を説明すれば、何かしらの反応から飢饉対策の状況を聞くことはできるかも知れない。

 難しい表情を読まれたのか、爺様はポツリと言う。


「まあ、場合によっては、御公儀の執政衆が飢饉に備えた米の備蓄を命じる準備をしておること位は漏らしても良いと思うがな。

 殿がお役目に就くにあたり、御奉行様など色々な方に御目通りしていることは確かであるし、そういった折に聞いたこと、という風にでもすれば不審はなかろう」


 各村々に『収量の5分を目途に飢饉対策として蓄えよ』との指示が出るのは確実に見えている。

 後世に言う『囲い米の制』で、寛政2年(1790年)に出された触書の前倒しである。

 ただ、この時は各大名1万石につき籾米50石の割合(0.5%)という指示であったため、それと比べれば10倍(5%)と極めて重い負担となる予定だ。

 上麻生村は石高670石(約100t)なので、旗本としてこの村からの取り分は335石。

 備蓄として指示されるのは33石5斗分(約5t)、籾米で100俵程であろうかと推測される。

 金程村や細山村に新に作った500俵入りの蔵にある量に比べれば少ないのだが、実際問題として普段の旗本の暮らしからこれを備蓄として捻出するのは、昨年までの椿井家がそうであったように、苦しかろうと思う。

 しかも、大名へは『5年かけて整備せよ』と言うのに対し、直轄地や旗本知行地に対しては単年での達成を期待されている。

 更に、4年後から始まる飢饉対策として考えると『これを毎年積み上げよ』との触れになる可能性すらあるのだ。


「近々にも義兵衛が三井殿の館を訪問する旨、ワシから書状を出しておこう。本来であれば、義兵衛に任せるべき手続きなのだが、先方の都合もあるし、顔つなぎもできておらぬからな。どうせ恒吉殿は江戸詰めでご不在ゆえ、明後日に三井家の家老との面談となろう。

 ああそうか。最初はワシが出向くゆえ、義兵衛は一緒について来ればよい。ああ、安兵衛殿が同行しても差支えはあるまい」


 他領の館を訪問するには色々と事前にせねばならない手続き等あるのだが、こういった厄介事は今回爺様が引き受けてくれることとなり、また、爺様の訪問に義兵衛が御供する形となった。

 丁度切りが良い所となったので、義兵衛は館を辞した。


「里のことについて、御爺様の様子を見るにつけ義兵衛様が手を出す必要はないように思えますね。籾米の買い付けや運び込みも、資金のことさえなければ、義兵衛さんは全く出なくても何とかなったように見えます」


「いや、普通に家を維持していくというのは、そういったものでなければならないだろう。何かを始めようとする出だしはともかく、特定の人物・能力に依存せねば維持・発展できないようでは先がないと思う。

 その良い例が、間もなく江戸で行われる料理比べであろう。今までに無い興業だったので、とっかかりこそ直接かかわらねばならなかったのだが、今や八百膳・善四郎さんと座の事務方だけで仕切っていけるだろう。そりゃ何度も繰り返すうちに行き詰まる場面もあるかも知れない。でも、善四郎さんや武蔵屋の女将などそれなりの知恵者も座の中には居よう。経験さえ積めば、どうにか回っていくもので、またそうでなければ一時の流行りで終わってしまう。

 要所に立つ人の器量がよほど劣った人・腐った人物でない限り、誰が率いても組織として存続・維持できると思っているのですよ」


 実力で横綱・大関クラスと皆が認める膳料理を出すことができる料亭の主人や女将がメンバーとして集まり、そこが座の中心になるように仕組んでいるのだから、多少の失敗はあるにせよ、潰れることはないだろう。

 武家向けの興業が気にはなるが、興業の中身自身は何があっても揺らぐことは無いだろう。

 そうは思ったが、急に興業前後で何かが起きるのではないか、と義兵衛は気になってしまった。


最近 #れきちず を参照してます。金程村や細山村、万福寺村、高石村など小説の舞台がきちんと入っていてとても嬉しいです。

なお、椿井家の知行地について、本当は下菅生村なのですが、この小説では菅村を上下に分割してそこと入れ替えています。(細山村に隣接している方が都合が良いという勝手な理由)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] いつも楽しく読んでます [一言] れきちず更新されてますね 地理わかると楽しさふくらみます
[気になる点] 火山灰による飢饉への対策は順調だけど火山灰自体への対策って主人公の頭にあるんだろうか 灰の材質がガラスということを民衆が知らず、目を擦ったら善光寺の賓頭盧尊者みたく眼病が増えて各お寺の…
[一言] いつも楽しみに読んでます。 イベントプランナー業は引退かと思ったら最後にフラグが立ちましたね。 さてどうなるか。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ