登戸村の練炭価格騒動? <C255>
騒動というのは言い過ぎですが、当の番頭さんからすると騒動みたいなものと思って付けてみました。
■安永7年(1778年)2月下旬 登戸村
「こんにちは、金程村の義兵衛です」
加登屋さんの入り口で声を掛けると、前回同様に主人が飛び出してきた。
そして前回同様に義兵衛を店の奥に追い立てると、荷を置かせ座敷へ上げたのだった。
「今回は随分早くこられましたなあ。
実は、練炭の販売では恐ろしい状況になりましたぞ。
炭屋さんにも最初の大きさの練炭と薄厚練炭を卸しましたよな。
その日の夕方に『練炭1個200文(=5000円)』という看板が出ましたのじゃ。
すると、あっと言う間に10個程売れてしまったそうじゃ。
あわてて『練炭1個240文(=6000円)』と書き直したそうじゃが、翌日にはこれも全部掃けたそうじゃ。
ところが、こちらにも分けて頂いた薄厚練炭があるという噂が流れていて、練炭が売り切れた後看板を書き換えよった。
『薄厚練炭1個75文(=1875円)』となっておったわ。
じゃが、こちらも全部、確か16個と言うて居ったが、すぐに売り切れたそうな」
思った以上に高値で取引されたようだ。
普通練炭で3440文、薄厚練炭で1200文の4640文だとすると、委託販売手数料の3割を引いた残り、3248文(=81200円)が村の取り分になる。
「こちらも普通練炭16個と薄厚練炭16個を持っておった。
中には、どこで聞いたのか、この加登屋に練炭があると言って売ってもらいたい、という人もおったが、まだ売り物ではないと勿体無いが断ってしまったのじゃよ。
何せこれだけしかないのに、こちらも商売で使っておる。
元の量がはっきりせん上に、売値が安定せんのであれば、売る訳にはいかんでのぉ。
ところで、今回はいかほどお持ちじゃ」
「炭屋に補充する分も含めて、普通練炭を24個、薄厚練炭を64個です。あと七輪も2個用意しました。
補充が、各16個ですので、加登屋さんには標準練炭を8個と、薄厚練炭を48個お渡しできます。
あと、七輪2個は加登屋さんから売り出してください。
値段は、まだ試作品ということもあり、1基500文(=12500円)でお願いします。
練炭の値段はどうしましょうか。
卸しと小売りの値段の真ん中という話が前回出ましたが、どうも小売値が決まらない感じです。
なので、普通練炭は200文、薄厚練炭は65文という前と同じ値段でどうでしょう。
〆めて、4720文(=118000円)になります」
「なにやら思ったより安いお値段で引き取るようで、申し訳ないのぉ。
このまま、炭屋に売ればもっと高く引き取ってくれる感じじゃのに。
まあ、値段のことは炭屋の後で、そこでの話も入れて聞かせてくれぃ。
ワシゃ、そちらの交渉の中身を聞きたくて、もうウズウズしておるぞ。
何なら一緒に行ってやろうか」
それも面白いかも知れないが、委託販売や条件付き独占解除という折角の有利な条件の見直しを迫られては問題だ。
ましてや、独占解除で一番恩恵をうける加登屋さんが直接噛むのは、まずいかも知れない。
この場は抑えてもらって、炭屋へ向った。
炭屋の入り口に立つと、大きな声で挨拶をする。
「申~し、金程村の義兵衛にございます。
練炭のことで御伺いしました」
小僧が飛び上がるように奥へ飛んで行って、番頭の中田さんを連れて飛んで出てきた。
「これは、これは、お待ち申し上げておりました。
さ、奥へどうぞ」
そのまま、座敷に拉致された。
「委託されていた練炭は、一昨日全部売り切れてしまい、途方に暮れていたところですよ。
今回、補充分をお持ち頂いたのですよね。
実は委託分として持つ数量を倍、いや4倍にしてもらえないかというお願いをしようと思っていたのですよ。
まずは、前回の普通練炭16個と薄厚練炭16個の清算ですね。
初日、200文で10個売れました。
売れ方が早いので、2割値を上げた240文としましたが、こちらも翌日の早いうちに6個全部が売れてしまいました。
また、薄厚練炭も最初65文と思っていましたが、4分の1に15文足した値段ということで75文にしたら、瞬く間に売れてしまいました。
売り上げは4640文です。
委託手数料3割を引くと、3248文をお支払いすることになります。
今、丁稚に準備させますので、お待ちください。
丁銀・豆板銀や四文銭が混ざっても良いですな」
そう言うと、小僧に耳打ちをしている。
やがて茶と清算した代金を持った小僧が現れた。
番頭の中田さんは、代金をこちらに渡し内容を改めるよう言い、茶を勧めた。
「それで、今回持ち込んで頂いたのは、いかほどになりますでしょうか」
「補充分として足りる最大量と思っていたので、普通練炭16個と薄厚練炭16個だけですよ」
中田さんはがっかりして肩を落とした。
「今日はそれしかないということで、全部預からさせて下さい。
それで、委託数量をそれぞれ4倍の各64個にはできないでしょうか。
このままでは、折角求めてきてくださったお客様を手ぶらで返すことになってしまいます。
競り売りのように、細かく値段を換える訳にも行かないので、せめて量だけでも増やしておきたいのです」
目の前に銭を置いて交渉してくるのは、常套手段なのだろうか。
そう思いながら、番頭の中田さんが言ったことを吟味する。
「委託販売では、売れなかった時のことを良く考える必要があります。
委託する側は売れた時に初めて収入を得ることになるので、売れていない在庫が多いと回らないのですよ。
少なくとも、今の3割という委託手数料のままでは、数量を増やすのは難しいです。
数量の4倍は準備するのが難しいですが、2倍置かせて頂いて、代わりに手数料も半分の1割5分ということでどうでしょうか。
あと、一律倍ではなく、薄厚練炭を40個、その代わり普通練炭を30個と、全体では倍にしてもそれぞれの数量を調整することも考えられますよ。
今回、看板は普通練炭だけ掲載されたのでしょう。
薄厚練炭も同時に価格を掲載すると、もう少し違った結果になったのではと思いますよ」
薄厚と普通の人気の差は考えていなかったようだ。
義兵衛からの提案に、番頭の中田さんは考え込んだ。
「委託手数料が1割5分というのはきついです。
せめて2割というなら、まだ考えることができます。
どうでしょう」
おおかた、その辺りが落としどころと思っていたので、頷いた。
「わかりました。
販売委託手数料2割ということで今回は手を打ちます。
その代わり、加登屋さんへの練炭は継続して卸しますよ。
あと、練炭は普通と薄厚の個数をどうしましょうか」
「普通はあと8個、薄厚をあと48個追加したい。
2~3日内に準備してもらいたい。
加登屋さんへ卸す分はしょうがないですが、その代わり出来るだけ早く持ってきてもらいたいです」
「判りました。
できるだけ早く準備して持ってきましょう。
ところで、次の売り出し価格はどうされますか」
「まず、普通は260文、薄厚は80文を出します。
売れて残りが半分になる見込みが見えたら、普通を300文、薄厚90文でどうでしょう」
「とても高いのじゃないかとは思いますが、それで値段が安定すれば、まあいいのじゃないですか」
売るほうとしては高いのは嬉しいが、目をつけられる=真似される可能性が高くなるのは避けたいところなのだ。
ともかく今回の交渉はこれで妥結した。
「炭団の値段について、どうなってますか」
「それについては、まだ本店から何もいってきていないので、何とも判断できないです。
ただ、20文というのは、まあ妥当かなとは思っているのですがね」
特にコメントがないのは、それだけ難しいのかも知れない。
炭屋を出る時に、小僧さんが『練炭有ります。普通1個260文、薄厚1個80文』の立て看板を出そうとしていた。
足元を見て委託手数料を3割から2割に強引に変更しました。義兵衛、ナイスです。
次回は、加登屋さんの所でお金を受け取り金程村へ急いで戻ります。甲三郎様の巡視がひかえているのです。そして、巡視が行われ、というお話です。
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