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米さんの突っ込み <C2548>

 工房の事務棟に戻り、まずは勝次郎様が曲淵様の世子となったことを伝えた。

 そして、5年後の浅間山噴火の預言が成るまで、御殿様は安兵衛さんも含め義兵衛に課した禁足処置を続けるつもりであることも述べた。


「やはり御奉行様の中の事情でしたか。それで、義兵衛さんは今回の江戸行には同行してもらえない、ということですか。まあ、梅さんが一緒ならどうにかお役目はできそうかな。二人で一人前とは情けないですが。

 とりあえず、父・彦左衛門には義兵衛さんが当面代表として残ることを伝えておきましょう。やはり、大人達が仕切ると余計なことをしでかす感じがありますからね。

 あと、11月になると江戸から華さんが来ますよ。どこに住まわせるつもりですか」


 助太郎の問いに義兵衛は館の婆様から聞いた内容、当面は館の爺様の家で嫁として相応しい振る舞いができるように仕込まれる、ことなど伝えた。


「しかし、朝餉後は寺子屋へ向かい、午後は工房で働き、細山に戻ってから行儀見習いの日々は厳しくありませんか」


 米さんが意見するがちょっと違う感じがする。


「いや、勿論最初はそうなるかも知れないが、行儀見習いはさほど難儀しないだろう。それより、工房と館の往復が堪えるのではないかな。行儀作法に目途さえつけば、工房の寮での寝泊りと館での寝泊りを数日続けて繰り返すようになると思う」


「ええと、華様との婚儀が終わった後もそうなるのですか。寮住まいなんて変ですよ」


 春さんが興味深気に聞いてきた。

 確かに、労働力としての華さんはイメージしていたが、新婚の妻としての華さんのことはきちんとイメージできていない。


「私たちが江戸へ行った後の部屋を使われてはどうでしょう。義兵衛様は5年の禁足。ならば、私たちも江戸に5年は留まらせるつもりでしょう。弥生さんには申し訳ないけど、寮に居るままでなんとかしてもらうしかないのですけどね」


 梅さんが言うには、工房の事務棟に繋がる裏手に管理者が使う個人用の長屋部屋が3部屋分あり、その1室を使っていたそうだ。

 義兵衛は華さんとの婚姻後に館で暮らす場所を確認していなかったことに改めて気付かされた。


「義兵衛の立場が、工房責任者なのか、それとも旗本椿井家の家老・細江家の世子なのか、どちらを重視するかによって違うのではないかと思うのだが。11月には華さんだけでなく、御殿様の嫡男である金吾様が里入りする予定と聞いてます。ここでの近習筆頭は、当然義兵衛なのでしょう」


 助太郎がズバリ正解とばかりの得意顔で指摘した。


「いや、近習は江戸屋敷から選ばれた者がいる。将来は養父・紳一郎様と同様に椿井家の財務一切を任されることになるので、慣れあうのは良くないと聞いている。時には家の立場から厳しく諫めることも必要で、そこが幼馴染の近習とは違う所だ、と養父からは注意されている。我々も根は百姓なのだから、本来の御武家様のようには振舞えず、つい言いなりになる楽さを選んでしまいがちなのだ。そこを見越しての注意なのだろう」


 義兵衛の枝葉末節の近い返答に、安兵衛さんが激しく割り込んだ。


「いや、その注意は百姓に限ったことではない。武家では御恩と奉公という言い方をするが、忠義の本義は家への奉公だ。決して殿様への忖度ではない。武家では滅私奉公という言葉が貴ばれているのだが、それは主君や上司の意を汲んでその指図のままに動くということではない。そこを勘違いして、近視眼的にその場を収めるために我慢をするとか、言いなりになってしまうことは、本来してはならないことなのだ。

 まずは主家の存続、できれば繁栄、そういった先を見据えた上での奉公。それから次に我が家の存続が肝要、それを満たした上での私があると思うのですが。

 そこを踏まえると、この里にいて義兵衛様ができるのは、椿井家の屋台骨を支え始めた工房を維持・継続し発展させることが第一の忠義ではありますまいか」


 工房こそ大事というのが安兵衛さんの意見で、これに皆頷いている。


「では、ここに居ります安兵衛様の立場は、一体どう考えればよいのでしょうか。これから5年もの間、この里へ御籠りになることを指図された訳でございますが、どなたへどのような忠義を誓っておられますのでしょうか」


 米さんが恐ろしい顔で突っ込んだ。

 そう言えば、米さんは安兵衛さんのことを随分と気にしていた。

 別な観点から見れば、今まで義兵衛が里に戻る時にしか接点がなかったのだが、これからは当面、いや5年という長い期間、義兵衛と絶えず一緒にいる安兵衛さんと密に接することになる。

 好意を持って接するには充分な時間であり、期待を持つのも当然という感じがする。

 だが、安兵衛さんは『米さんは妹のような存在』と言っていた。


「私は曲淵甲斐守様の家臣・浜野安兵衛です。若輩ではありますが主家・曲淵家から禄を頂いている浜野家の当主です。忠義は主家である曲淵家にあり、殿である曲淵景次様と偶然にせよ世子となるであろう勝次郎様に向けられています。曲淵家あっての浜野家であり、主家の維持・継続・発展に奉公しています。当然、曲淵家は御公儀より禄を頂いており、忠義の先は御公儀、すなわち将軍様です。

 それで、殿からは義兵衛様と同行を直接命じられておりますが、その具体的な内容は、義兵衛様の護衛と行動報告です。もちろん行動の中には話した内容も含むのですが、最近やっと何を仰っているのかがおぼろげに理解できるようになりました。最初は殿への報告も大変で、不明瞭な報告をすると殿から鋭く突っ込まれ、それに納得できる応えもできずに悔し涙も随分と流しました。江戸から離れると、状況を文で伝えるだけなので、随分と気が楽になります。それはさておき、それ以外には奉行としての指示・要求などを、椿井家を飛ばして義兵衛様に伝えることも含んでいると解釈し、行動しています。

 後は、勝次郎様の現場での教育係だったのですが、こちらは途中で終わってしまいましたね。

 それで、こういった場ですから本音をぶちまけると、この里での立場としては義兵衛様の護衛兼奉行所からの密偵役と思って頂ければよいかと思います」


 安兵衛さんは見事に開き直っている。


「そこまで言ってしまっては、密偵ではなかろうに。

 5年もここで暮らすのであれば、もはや里の人と同じと思っても良いし、それに、ここには何も隠し事はない」


 助太郎が笑いながら指摘した。

 場が一見和やかになったように思われたのだが、怖い顔をした米さんが勢い込んで口にした。


「義兵衛様、私が助太郎さんと梅さんのように、安兵衛様の内儀となるには、どうすればよいのでしょうか」


 内心では撃沈したことになっていると思っていただけに、義兵衛は驚いた。

 言い終えた米さんは真っ赤になって頭を畳に付けて平伏している。

 そういえば、米さんの姉・千代さんに米さんのことを相談しようとして、それをすっかり忘れていた、ということを思い出した。

 周りを見ると、当の安兵衛さんを除いた皆が目を丸くして義兵衛と米さんを見ている。

 身分の差がまずあるのだが、つい先ほど武家並みの立場である助太郎に、村娘である梅さんが武家並みの女房として鑑札までもらっているという状況がある。

 だが、それは助太郎が椿井家の家臣で、村娘が領内の者であることから、殿が了解するであろうことを見越してのことで、椿井家の里での重鎮である館の爺が認めたものだ。

 しかも、助太郎自身がなし崩し的にそれを望んでおり、結果として椿井家の益となることも見えているから通る無理なのだ。


「うむー。これはなかなか難しい。言うほど簡単ではなかろう。

 長いこと村に居るために設けた妾、ということであればまだしも内儀とはなぁ」


「義兵衛様、私からもお願いします」


 梅さんと春さんが声を揃えて頭を下げてくる。

 いや、頼む先は安兵衛さんだろうが。


「安兵衛さんは助太郎と違って北町奉行・曲淵様の家臣だから、こればかりは自分の力ではなんともできない」


「いえ、だからこそ北町奉行様に伝手がある義兵衛様にお願いしているのです」


 梅さんが強く出てくる。


「いや、そういったことは本人を目の前にして言うことではないだろう」


 もちろん本人とは、義兵衛の横で呆然としている浜野安兵衛さんのことである。

 安兵衛さんにその気が無ければどうしようもないのだ。


色々なことがあって、2023年7月31日の投稿が1週間遅れてしまったのですが、これを取り返すつもりで8月14日に前進して投稿しました。ただ、次話は隔週の8月28日に投稿できるかどうかは、現時点では不明ですが、頑張ります。

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