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最後の荷駄(?)の到着 <C2543>

 影の具合から正午を過ぎた頃、金程村の工房から助太郎を先頭に製造を担う子供達約20人が館の門前に到着した。

 一行は、義兵衛の近くで一段下がった場所へ並ばされた。

 割りと早く門前に来た義兵衛達は、もう結構長い時間待たされている。

 すでに大勢の者が集まっており、待つことに飽きてきている様子もうかがえる。

 門の中ではなにやら大勢の者達が動く気配はするのだが、門が閉まっているため義兵衛の場所から中が見えない。

 そうする内に、江戸との往復によく従事する家臣の一人が駆けてきて、門前から大音声で口上を述べた。


「御注進。此度の米運び、最後の隊が神明社へ到着。荷改めの上、間もなく館に参ります」


 正門の扉が開き、館の爺・細江泰兵衛様がゆっくりと歩み出てきた。


「うむ、御苦労。直ぐ戻り先導を務めよ。

 皆の衆、もうじき籾米1500俵の最後の荷駄がこちらへ来る。到着後はこの館でささやかな宴を開くゆえ、喝采を持って迎えよ。

 百姓の皆には御殿様の温情にて土産を用意しておるので、それを受け取ってから帰るが良い」


 ザワザワとした声が止み、村人から喝采の声が上がる。


「そうじゃ。最後の荷駄が到着する時も、今のように大きく喝采せよ」


 リハーサルを兼ねていたようだ。

 開いた門から庭を見ると、餅つきの用意が終わり何人かが杵を振り下ろそうとしているのが見えた。

 どうやら出来立ての餅を配る準備が出来ている。

 義兵衛の横に並んだ爺は小声で話しかけてきた。


「村人だけでなく人足も含め一人2個の丸餅を下賜せよ、との御指示じゃ。おおよそ1000個もこれから作らねばならぬ。予め準備するというのも面白くはないので、皆の前で餅つきをしてみせ、武家の女房共が丸めてその場で配るということにした。

 おおよそ1俵分の米を突いて振舞うのだが、それで村人の労に報いたとするのは、ちと渋いかのう」


「はっ、すでに年貢を大きく引き下げておりますので、大枠としては納得できるものかと思います。ただ、雇った人足には賃金を出しておりますが、動員された村人がこれでは、多少不満と思う向きがあるやも知れません。協力した者には色を付けたほうがよいかと」


 ここに来ている者は直接渡すことが出来るのだが、赤子の世話や病人など家を離れることができない者は参加のしようがないし、現にまだ米を運んでいる者は当然のように不在となる。

 そういった、来ていない・この場に来ることが出来ない者には後から名主を経由して餅を渡す段取りとなっている。


「確かにそうじゃ。皆が懸命に運ぶ姿を見れば、蓄えを削ってもその労に直接報いるべきか。

 家臣は把握できておるが、村人については名主から名簿を出させることにして、人足相当の賃金を払うべきであろうな。まずは殿に確認せねばなるまい。もちろん人足代わりに使った者だけでなく、炊き出しや帳面付けなどに協力した者もおるので、…… そうさな、半分の250人程になろう」


 3間日拘束したので、一人当たり600文(15000円)位で考えると、38両位になってしまう。


「いずれにせよ、殿に伺いを立てるのが先じゃ。今でさえ申し付かった予算の枠を超えておる。先立つ物がなければ、人も動かせぬ。幸い江戸屋敷には今回の練炭・炭団、七輪・焜炉で若干の手持ち金があると聞いておる。もう50両位はどうにかできるだろう。米を売るより買うほうがこれほど大変とは思わなんだ」


 よくよく考えれば、全部義兵衛がからんで得た金子なのだが、それがまるっと椿井家の金子となっている。

 こうなってくると、練炭で事前想定を超えた値での売上の一部を萬屋さんが義兵衛分として分けておいてくれる金子は、今後の貴重な財源となってくる。

 ただ、そんな思いがチラと浮かぶのとは別に、義兵衛は爺・泰兵衛様の軽口に相槌を打っていた。


「最後の荷駄が到着しますぞ」


 息がすっかり上がっている白井与忽右衛門さんが明神社のほうから全力で駆けこんできて声を上げた

 どう回り込んできたのか、あの僅かな間に俵数を数え、白井家から明神社まで駆けたに違いない。

 ややこしいことをたくらんだだけに、最後は自分が仕切るしかないと思ったのだろう。

 最後の荷駄とした以降に届く米は、再度津久井道に戻り万福寺村を経由して金程村に入る手はずで、よく観ると金程村の壮健な男達はこの場にいない。

 村人総出で迎えることになっているはずなのだが、米運びできる屈強な者は下菅村や細山村の者が多く見えるのだが、恣意的にかそこはあまり目立たないようにしている。

 代わって、各村から来た女達が表に目立つように並んでいる。

 もっとも、田舎のことで華やぎは無く、あるのは嬌声といったところだろうか。

 裏事情を知ってか知らでか、横に立つ爺・泰兵衛様は満面の笑みを浮かべながら様子を見ているのがかえって不気味な感じがした。


「何にせよ、これで1500俵の籾米を蓄えるという目標は達成されたのじゃ。これで領民1年分の米であろう。大不作となる前の年まで続ければ、多少の飢饉となっても持ちこたえることもできよう。

 また、手持ちが充分あれば飢饉の時に近郷の村へ売ってもよかろう。売らぬまでも、村々間の諍いを有利な方へ導く良い材料となろうな。金子は武家・商家にとって使い勝手が良いのだが、百姓相手であれば米俵の方が、融通が利く。これが大量に手元にあれば、遣いでは多い」


 どうやら爺様はこの米を元手としていろいろなことを考えているようだ。


「しかし、お上はこういった村への米備蓄を推奨する方向です。お互いにこのような備蓄米を持つようになればその価値は下がりましょう」


 義兵衛がこう指摘すると爺様はギロッと目を剥いた。


「その方が段取りしたゆえ考えが及ばぬとはとても思えないのだが、他領の村に同じようにできるハズもなかろう。

 我が領は、今年は年貢を免じても良いほどの別収入があったゆえここまでのことが出来た。これが昨年であれば、同じようにできるとは到底思わぬ。今回の1分の量・15俵であっても領内百姓に備蓄として残せとお上から命じられても、無理であったろうな。

 他領の村も同じであろう。そうすると、予備の米を持つ我が領の力が強くなる。備蓄している米を貸す代わりに、水利や入り会い権、境界などややこしい問題の決着を温和に済ませることができるようになる。主に上菅村や高石村、平尾村や古沢村ちった所かな。黒川村も忘れてはならぬな。

 それで、お前からも報告があったが、お上から『蓄えておくべし』との指示があるのであろう。限られた年貢を回す訳にはいかぬので、代官や名主達が困惑する姿が目に浮かぶ。さしずめ、代官格の高木三郎兵衛が差配する押立村か是政村であろうな。常久村は此度の処置で多少助かった部類かな。

 米の価値が下がるのは、飢饉が終わった後ゆえ、10年も後のことであろう。今は何も心配するようなことはない」


 いつの間にか、是政村の代官所での話の内容まで把握している。

 そして、その見通しは言われてみればその通りである。


「あの、ひょっとして、神明社での支度のことは……」


「まあ、それ以上は言うな。それぞれの面子めんつもあろう。知らぬ振りをするのも上に立つ者の役目と心得よ」


 小声で話している内容が聞こえているのか、後ろに立つ安兵衛さんの息を飲む気配を感じた。

 こちらには聞こえないのだが、安兵衛さんが勝次郎様に覚書にしておく内容を説明しているようだ。

 ただ、これを報告した所で、『当たり前のこと』と言われるに違いないことは想像できる。


「さあ、もうすぐ荷駄が見える。皆、喝采して迎えよ」


 ここからはまだ見えぬ荷駄が、どこにいるのかを承知しているかのように、爺様は大きな声を上げた。

 道の両側、門の前に並ぶ一同が一斉に囃し立てる中、絵に描いたように米俵を乗せた荷駄が現れると、これを迎える皆の喝采の声はより一層大きくなった。

 そして、荷駄が正門をくぐり館の庭に入ると、喝采は止み、家臣達に続いて脇門から皆が庭に入っていった。


執筆が滞ってしまい申し訳ありません。色々と落ち着くまで、投稿が隔週となるような感じです。

あとちょっとで、1000万Viewという時に、誠に残念なのですが......


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