細山村での木炭買付け <C254>
登戸村に七輪・練炭を売りにいく途中で、細山村の名主・白井さんのところへ寄ります。
■安永7年(1778年)2月下旬 金程村 → 細山村
朝、工房に寄り、登戸村へ売りにいく七輪・練炭を荷梯子にくくりつける。
今回持ち出すのは、七輪が2個、練炭が24個、薄厚練炭を64個である。
くくり付ける重量は16貫(=60kg)程度で、義兵衛一人で運ぶことができる上限に近い。
ついでに工房の中を見ると、昨日指示したようにきちんと整理されていて、これならいつ巡視されても問題ないだろう。
「今日、細山村からザク炭を買い付ける話をする予定だ。
まずは、20俵分(=300kg)を都合する。
また、粉炭作りに人手を借りる相談もする予定だ。
工房の外で作業してもらうと思うので、準備と覚悟をしておいてもらいたい」
「判った。
特に作業の方は、納屋の庇の下でしてもらうことを考えよう。
大き目の馬櫃を用意して、一杯になったら粉炭置き場へ移すということを考える」
「馬櫃から粉炭置き場に移す時、粉塵が飛ばないように、細心の注意を払ってほしい。
粉炭の置き場も考えたほうがいいし、同じ品質に揃えることも重要だ」
「判っている」
助太郎との間は、もう阿吽の呼吸である。
荷梯子を背負い家に戻ると、百太郎が待っている。
そこから、細山村の白井家へ移動する。
「おはようございます。
相談したいことがあり、お邪魔しました」
白井家に入ると、百太郎は大きな声で挨拶をした。
白井与忽右衛門が待っていたかのように応対に出てきた。
「この所、結構頻繁にお会いしておりますなあ。
今日はどういったご用ですかな。
義兵衛さんもご一緒ですか。
おや、それままた七輪と練炭ではございませんか」
「ああ、この荷はこれから登戸村に売りにいく分なのですよ。
それと今日はいくつかお願いがあり、やってきた次第です」
与忽右衛門さんは、荷をそこへ降ろすように伝えると、二人を座敷へ案内した。
「さて、どういったお願いですかな。
一昨日、甲三郎様が言われた工房視察の件ですかな」
「まずは、そちらの件ですが、こちらはいつでも構いませんので、甲三郎様のご都合の良い日を事前にお知らせ頂ければ良いと思います。
それで、お願いの件ですが、加工する練炭の原料について、です。
細山村で作られたザク炭をこちらで買い取りたい、というお願いとなります。
1俵について、銭200文(=5000円)でお譲り頂けないでしょうか」
「ほほぅ、やはりザク炭が原料だったのですな。
まあ、1俵200文なら妥当な値段でしょう。
どの程度、必要になりましょうか」
百太郎は、懐から袋を取り出すと、その中身を畳みの上に広げた。
「ここに、村でかき集めた銭が4000文(=10万円)あります。
これで、まず20俵をお譲りください」
山中の村にいる限り銭を目にすることは、あまりない。
それだけに、銭を前にした話しは強烈に訴えているに違いない。
「判りました。
今日、明日中にでもザク炭20俵をご用立てしましょう。
運ぶ先は、ご自宅ということで良いですかな。
ところで『まず20俵』ということは、本当はもっと必要なのでしょうな」
「正直に言いますと、ありったけ下さい。
あと、このザク炭を一度全部粉炭にしなければなりません。
実はこの粉炭を作る作業については、水車を使う予定だったのですが、こちらも目処が遅れていてどうにもならない状態になっています。
若い人を何人か借りて、粉炭を作る作業を手伝ってもらいたいのです。
今は手持ちがありませんが、手間賃は必ずお支払いします」
百太郎は、頭を畳みに擦りつけた。
「まあまあ、そう恐縮せんでも。
まずは、あまり良い値がつかないザク炭は卸さずに、村の中に残すようにさせます。
多分、これから興す窯の分も入れて、あと80俵位はあると思いますよ。
ザク炭が金程村に流れるのなら、もう2窯ほど追加で興す必要があるかも知れません。
だとすると、もう14俵程できますかな。
実はいずれこうなると思っておりましたぞ。
献上品だけでも結構な量を納めましたよな。
寺子屋組の3人で木炭を擦っているという話しを聞いていましたが、そりゃ破綻しますわな。
金程村は小さいので、人手が回っておらんのでしょう。
むしろ今までよく辛抱なされた。
金程村とは同じ椿井家の知行地です。
お殿様のためでもあるので、喜んで協力させてもらいましょう。
助太郎さんの差配を受けるのであれば、丁度良い男手が二人ほどおります。
まずは炭を運んで、粉にするところまで遣らせましょう。
いかがですかな」
百太郎は、いっそう頭を畳みに擦りつけた。
「ありがとうございます。
では、まずこの銭をお納めください」
意外にあっさりと話しは決まった。
「一人一日2俵運んで粉炭にする。
二人おりますので、5日ですか。
一人一日100文(=2500円)として、1000文に相当しますか。
まあ、先に七輪と練炭を頂いておりますが、その分と釣り合うのでこれで帳消し、ということで宜しいですかな」
最初に渡した分を忘れてはいなかったようだ。
細山村では配下の家々との経済的な清算はどうなっているのだろうか。
樵の家も複数あり、このあたりをどのように差配しているのかは気になるところだ。
俺は義兵衛に、登戸村から戻ったら助太郎の工房で細山村から来る二人に必ず尋ねるよう伝えた。
助太郎はいやがるかも知れないが、一体化構想に繋がる聞き取りになるだろう。
一応、思った通りに事態が進んでいる。
「細山村も練炭作りに入って行きたい、と前にも話しましたが、どうやらこれを切っ掛けにして、色々お手伝いできたらと考えているのですよ。
甲三郎様が工房を視察なされる際は、当家もワシだけでなく喜之助も同行させて頂きますが、宜しいでしょうな。
どうやって練炭を作っているのかを考えると、年甲斐もなくワクワクしてしまいますよ。
義兵衛さんも凄いですが、実際にものを作っている助太郎さんが工房でどんな仕事をしているのか、どうやって年端もいかない子供等を働かせているのか、興味は尽きませんなぁ」
「恐れ入ります。
お見せできるような代物ではありませんよ。
見て『なぁんだ』と言われるような気さえしております。
お手柔らかに願いますよ」
これだけぶっちゃけの相談ができた後でも、まだ腹の探りあいのような会話が続く。
俺は義兵衛にそろそろ切り上げるよう伝えた。
「お話中申し訳ございませんが、登戸村で銭を手に入れる算段をせねばなりません。
後はお二人で話しをされるということで、僕はお暇させて頂いてよろしゅうございますか。
遅くなりましたので、この分では、登戸村で一泊してくることになると思います」
与忽右衛門さんは直接聞きたいこともあったろうが、こう切り出されると言い様もない。
「そうじゃったな。
また話しを聞く機会もあるじゃろう。
いつでも来てくだされ」
百太郎はまだ話しがあるということで引き続き残るが、義兵衛はここで座敷から退去した。
そして、家の入り口に立てかけた荷梯子を背負い、一人登戸村に向って歩き始めた。
白井さんは決して悪い人ではありません。金程村が何でか発展する気配に焦っているのです。
次回は、3日振りの登戸村ですが、委託販売が面白いことになっていました、というお話です。
物語の進行が遅くて申し訳ないですが、おつきあい下さい。
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