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金程村への搬入 <C2539>

「さて、話はここまで。では金程まで米を運ぶとしようか」


 蔵の前に立つ白井与忽右衛門さんに一声かけ百太郎と義兵衛は米俵を担いだ。


「なにも今から人足紛まがいのことをせずとも、今夕には金程の百姓達や孝太郎も戻ってこようほどに。

 まあ、よい。金程の鑑札を持つ者が来たら、黙って米俵を担がせて良いのじゃな。まあ、ちゃんと帳面に記録はしておくがな」


「白井さん。細山と違ってうちの村までは自分達で運ぶしかないのだ。それでも、運ぶ先の蔵があるだけ、万福寺よりマシじゃ。あそこは幾ら運んでも日当分しか手当はないからな。蔵を建てきれんかった村の責任ではあるが、下菅村も臍を噛んでおろうな」


「それは一応表向きのことじゃな。細山・金程の様子を見れば、万福寺や下菅でも何かしら手を打っておかねば名主に逆らう者も出よう。なにせ、それらの村から来ている年端もいかぬ子供等が働いて買った米じゃからな。

 自らが汗水垂らして働く様子を館の爺様にでも見せておけば、後の叱られ具合も変わると思っておるのかも知れんが、名主のやることではないな。とは言え、御苦労なことよ」


 建前と本音が入り混じった会話をしている。

 米俵を担いで進む道は、若干遠回りになるがある程度等高線に沿った多少平坦な道であり、四半時(30分)程度で金程村につく。


「白井さんは結構辛辣にものを言いますね」


「いや、あれは普通の軽口だよ。『後の叱られ具合が変わる』なんぞ、人の心を見通したことをずけずけと言いやがるのだが、こちらも多少身に覚えがあるだけに言い返せもしない。だがな、寺子屋時代からだが、ああやって言ってくれる者は少ない。歳を取るほど、表面おもてツラを繕う言い方しかせぬ者が回りに増えてくる。お前はまだ若いから、ずけずけと言う者が沢山おろう。それは実に貴重なことなのだ。

 だからこそ、そういったことを言ってくれる者を大切にしておく必要があるのだぞ。

 お前の場合は、助太郎か。ああ、安兵衛さんも時折きついことを言うと愚痴っておったな。そういった者との交流は大事だぞ」


 金程村の伊藤家敷地に新しく出来た蔵に着くと、近蔵の婆が蔵前に座っていた。

 近蔵はここの小作家の出で、工房で働いてもらっている。

 男手だけでなく女手でも俵を担いで運ぶことができる者は駆り出されている。

 米俵を担ぐことはできなくても、炊き出しなどで役に立ちそうな女房達も出払ってしまい、肝心の蔵の出入りを小作家に残された婆に頼むしかなかったようだ。


「おかえりなさいまし。村から出した鑑札を持ち米俵を担いだ者が大丸村から10人来ておりまして、母屋で待たせておりますよ」


 おや、話では5人と聞いていたが倍程に増えている。

 父と一緒に事情を確認するしかあるまい。

 義兵衛達はそのまま母屋へ移動し、囲炉裏を囲んでいた男達から色々と聞き出すことにした。


「この里へ大層な量の籾米を運び込むと聞いており、場所が足りない時は芦川家の蔵も借りるということだったのだが、円照寺の講堂に俵が溢れることもなく御武家様の指揮の下で大勢の人足が集まって運びだしてしまいよった。我等も手伝って賃金を得ようと思っておったのだが、それが出来んようになったので、こちらの名主・伊藤さんの誘いを受けていた者に乗っかった次第。芦川の旦那は、このことを承知している。孝太郎さんが足繫あししげく通ってくれた芋の恩義も多少返せるだろう、とも言っていた。

 今、金程では皆総出で出払っていると聞く。手が足りぬのであれば、ワシ等を雇う余地もあろうと思い、ついでに円照寺に渡した籾米を10俵持ってきた。ここで玄米の俵と交換してくれるのだろう。それを持ち帰るだけで、少なくとも我等にも利が得られる。

 もちろん交換比率は承知しておるので、報酬などの懸念は不要」


 芦川さんの所とは苦い思い出があるが、少なくとも父・兄は上手く付き合っていたようだ。


「では、皆の衆。隣の細山村に届いた米俵を、こちらの蔵に運ぶのを手伝ってくれまいか。今からなら日暮れまで7往復はできる。明日になれば村の者も戻ってくるので、全部で500俵を明日中に蔵へ納め終える目算ができた。とても助かる」


 荷運びに加わらない安兵衛さんと勝次郎様を含め、14人が足早に細江村に向かって行く。


「細山へは谷を使う近道ゆえ下って上るのだが、俵を担いでくるときは厳しい坂がない道を使う。その分多少大回りになるが、何度も往復することを考えれば、そのほうが体力を削がずにいられる。ただ、坂を通ってからだが、脚力に自信がある向きには近道を使い往復回数を稼いでもらっても良い。往復数に応じて銭は出そう」


 大丸から金程に来る道には結構な上り坂があり、そこを越えて来たのだから何程のこともない可能性もある。

 今日中に、延べ84往復で84俵、それに先ほどの2俵と大丸からの10俵で96俵積むことができる。

 すると、明日は404俵であり目途が立ったというのも判る。


「白井さんの蔵から500俵出たという記録と照らし合わせることになりますが、大丸からの10俵はどうなりましょう」


「いや、それ位のことはどうということもない。昨年と違い、村でとれた米の年貢分は籾米のまま残しておろう。そこに積み替えるだけのことさ。もっとも蔵のいつもの場所はもう一杯なので、納屋の二階に移すことになるのかな。

 白井さんの所は、御殿様の所で使う75俵分だけ玄米で納めて、残りは村のものになっていると聞いておる。あそこも馬場から何俵か別枠で運んでおるが、似たようなものだろう。

 極論だが、最終的にそれぞれの新しい蔵に籾米が500俵きっちり入っていればよく、そこから溢れた分は村で預かっていれば良い。各村に玄米と籾米の俵がどうであろうと、それは館の知ったことではない」


 このあたりの管理は館から関与しにくく、結果として『ざる』なのだろう。

 館の帳簿では、年貢として入ってきてからの管理はきちんとされているが、村にどれくらいの食べ物があるかなどは全く把握している気配がない。

 昨年の年貢相当分は、工房のあがりで相殺されており手元に残っているが、飢饉に備えてそれぞれの村に籾米で残すよう指示は出ている。

 そういったことも含め、村人の生活管理は名主が主体で行われているのが実態なのだ。


「実態はともかく、建前は建前さ。御武家様の前で軽々しく本音を言うと大変なことになる」


 百太郎は事も無げに言うが、同行している安兵衛さんや勝次郎様、それに義兵衛も一応武家側の人間だ。

 それを指摘すると、頭を掻きながら平気な顔をしている。


「いや、もう身内であろう。多少本音が聞こえたところで、何程の咎めもあるまい」


 細山村の白井さんの蔵の前に到着すると、そこは米俵を運び込む人でごった返していた。

 蔵前には大きく長方形に筵・桟敷が敷かれており、帳面への記載が終わった登戸からの米俵はそこへ積まれていく。

 一方、筵・桟敷から白井さんの新しい蔵と御館の新しい蔵に向け米俵を担いだ人が離れると、そこで別の面々が帳面に記入していく。

 そこへ、金程へ向けて米を運び出す列が加わるのだ。


「勝手に俵に触るな。順序よく出せるように今整理する」


 白井与忽右衛門さんが長方形の各辺を搬入・持ち出しの場所として割り振り、中心に3人の積み替え作業員を割り付けた。


「金程行きの米俵はここに積むので、ここから持って行け。他の所から取ってはならぬ。お前の所の村人もそろそろ加わってくると思うが、勝手に声を掛けるなよ。規定の俵数を登戸から運び終えるまでは、泰兵衛様の配下じゃ」


「判っておる。運搬の人を大丸から借りているが、その者は金程の鑑札を携帯している。俵を運び出す時にきちんと確認してもらいたい」


「阿呆、大切な米じゃ。そんな判り切っておることを言わんでも。さあ、持っていけ」


 米俵を担いで一歩出た所で誰何され、帳面に何やら記入された。

 これだけきちんとしていれば、間違いなく500俵運び出したことが確認されるに違いない。

 どこの拠点でもこういった確実な記録を残すような仕組みとしたことで、途中の荷抜けは確実に防止されるようだ。


 夕刻になると、既定量を運び終えた金程村の面々も出て来て、白井家の庭から米俵を担いで戻ってきた。

 こういった数を入れ、大丸からの10俵を除いても今日の内に122俵を取り込んだことが蔵の帳面から判った。

 あと、378俵を運べばことは成る。


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