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米俵と一緒に渡河 <C2531>

 安兵衛さんが積み込みに協力することでとりあえずはしのげるのだが、その次の川船になると船頭は不在となる。

 せめて百太郎が乗った舟が戻ってこないと、義兵衛が手伝う舟には漕ぎ手となる船頭がいない状態が解消されない。

 そもそも4艘の渡し船で1850俵を運ぶとなると、延べで37往復。

 各舟が10往復すれば足りるという算段は確かなのだが、不安定な川舟の上で乗せて降ろして、という動作が入る所が不安なのだ。

 ここにかかる時間を一体どう見積もっていたのだろうか。

 川を渡してゴールではなく、そこから先に延々と続く道があるのだ。

 義兵衛は、宝蔵院の蔵で指揮している泰兵衛さんに至急来てもらうよう、俵を運び終えた人足に伝言を頼んだ。

 そうする内に、安兵衛さんが舳先に立つ船が出る間際になって、2人の船頭が乗った第一便の船が戻ってきた。

 ただ、残念なことに百太郎は向こう岸に残っているままのようだ。


「この渡しを任された百太郎さんの息子さんか。舳先に乗る人員を割り振ってくれたので助かった。それで、次はどうする」


 やはり川船の前後に竿を使う人を置かないと難儀するようだ。

 とりあえず、安兵衛さんの乗った船を送り出し、船頭2人で戻ってきた川船を岸に付け、米俵の積み込みを始める。


「義兵衛、何事か」


 宝蔵院から走ってきた泰兵衛さんが荒い息を吐きながら尋ねてきた。

 義兵衛は、手早く事情を話した。


「百太郎は戻って来ぬのか。舟で浮橋など架けておる暇があれば、川船を回転させたほうが早いと気づかんとは、どうも抜けておる。

 もしや、義兵衛。お前が吹き込んだのではあるまいな」


「いえ、昨日の雨にもかかわらず、川幅が1町(109m)にも満たないことを見て思いついたようです。

 ただ、喫緊の問題は、船の漕ぎ手が足りないということです。今4便目の搭載を始めておりますが、舳先で向きを操る漕ぎ手が足りないのです。とりあえず、2便・3便は私に同行している奉行所の手の方2名にお願いしましたが、この船の船頭2人を乗せてしまうと、次の便を準備できる者がいなくなります。私が乗っても良いのですが、ここを統べる責任者がいなくなるのが問題となります」


「責任者たる百太郎が、すでに持ち場を離れておるのじゃ。ここはワシが与るゆえ、お前が舟に乗り船頭一人を置いてゆけ。

 百太郎には、話の具合に依らず早く戻るように伝えよ。段取りはしておったが、舟毎に漕ぎ手が2人おらねば荷が運べぬとは盲点であった。予定では3艘で回し、予備の心算での1艘だったのだが、その予備で役に立ったのが船頭とはあきれてしまう。何はともかく、この場に義兵衛等が居って助かった。今日中に宝蔵院の蔵を空にすることが最優先目標であったのだからな。

 ところで、船頭。向こうで何か聞いておらぬか」


「いえ、何も言われておりません。ただ、舟を早く是政へ戻せとだけ」


 言われたことをその通りするだけの雇い仕事なのだから、無理もない。

 勝次郎様や安兵衛さんを臨時とは言え乗せた船頭の方が融通が利いただけのことに過ぎない。

 いや、臨時とは言えその場の責任を負う義兵衛に従ったに過ぎないのか。

 そして、爺様のぼやきから、37往復を3艘で回すことを計画していたことが判ったのだが、そうだとすると、4艘で回すことができれば結構早く渡し終わるのかも知れない。

 そうなってくると、百太郎が言い出した浮橋という件は、輸送計画を立てる内に早くから候補から消えた案だったようだ。

 大丸村に陸揚げされた米俵の一部は登戸村へ送り出され始めており、向こう岸に居る人は徐々に減っていく算段となっている。


「今向こうで余っている人足の中で竿が使える者を4名ばかり調達して来い。次の蔵にかかる前には戻ってこれよう。それまではお前の供を借りるぞ。さあ、整ったらとっとと行け。

 向こうへ着いて百太郎をこちらに送り返しさえすれば、後は勝手にしてよい。近辺を見ながら里までの様子を探るのも一興であろう」


 500俵の蔵なので、8便か9便が出る時分には次の蔵に移る感じとなる。その頃に応援の4人が準備できればなんとか間に合うだろう。

 義兵衛は川船の舳先に立ち、竿を左側に突き立てて踏ん張る。

 船頭から舟を出すとの声を聞き、竿を上げると舟は多摩川の中へと進み始めた。


「舳先が川上寄りに向くようチョンチョンと竿を差し込んで押してくれ。ほい、今」


 船頭の掛け声に合わせて左横に竿を出し、川底を押す。


「そう、それでええ。ただ、真ん中は深い所もあるので、せわしくなる。向こう岸に近くなったら舳先を川下に向け、川上から岸に寄る形にするので、その前の所で頑張りなされ」


 是政側の岸を出て少し川上に上りつつ川の中に進み、大丸側の岸には舳先を川下に向けて付ける順となる。

 航路はS字にはせず、半円形に進むとなると、結局のところ始終気を張り全力で竿を押し回ることになる。

 もっとも1町(109m)程度の距離なので、どう進めても大した時間がかかる訳でもない。

 半ばで勝次郎様が乗った第2便の舟とすれ違っているはずなのだが、気付きもしなかった。

 向こう岸に到着すると、安兵衛さんの乗る第3便の舟はまだ荷下ろしが済んでいなかった。


「白井与忽右衛門さん、至急竿扱いができる者を4人選び、第3便に乗せてください。

 いえ、第3便では1~2名でも結構です。残りの者は第4便に乗せましょう。館の爺様から至急の依頼です」


 義兵衛は大丸側の荷揚げ責任者である細山村名主の与忽右衛門に伝えた。


「なに。是政側は一体何をしておる。さっきは百太郎が、今度は義兵衛、いや細江義兵衛様でありましたか。どにか最初の段取り通りにはできませんか」


 そう微妙な怒り方をしながらも、安兵衛さんを降ろし、2人を指名して舟に乗せ送り出すあたり落ち着いた様子で処理していく。

 第4便の舳先で舟を押さえる役を安兵衛さんに代わると、やっと義兵衛は大丸の岸に降り立った。


「父・百太郎は今どこに居るのでしょうか。館の爺様が『何をしていても中断して是政へ戻れ』と大層お怒りなのです」


 与忽右衛門さんが大きくため息をついた。


「だから大人しくしておれ、と言ったのになぁ。これでは35年程前の悪戯の再現じゃ。今回ばかりはワシが片棒を担いだ訳ではないぞ。せいぜい孝行息子(義兵衛)の働きに免じて許してもらうことじゃ。

 ああ、どうせ円照寺か芦川の御隠居(貫衛門さん)の所であろう。行き違いになってはかなわんから呼びにやろう」


 どうやら百太郎が村から離れた時のことを根に持って愚痴っているようだが、米俵運びの人足で円照寺と芦川家に向かう者へ伝言をしている。

 岸には100俵は積めるであろう広い桟敷が設置されていて、舟から桟敷に米俵が積まれていく。

 一方、この桟敷から一時的な保管場所となっている円照寺まで運ぶ人足が入れ替わり立ち代わり米俵を担いでいく。

 大丸側の岸から円照寺までは、おおよそ6町(650m)あるのだが、たいして時間はかからないようで桟敷での滞留はない。

 与忽右衛門さんは運びに来た者のことを良く知っているのか、2人ほどに運びから外れるよう指示し桟敷の所で話している。

 どうやらこの2名を新たな漕ぎ手として使おうとしているようだ。


「今はこの桟敷から円照寺に運ぶ手は足りておるのだが、円照寺から矢野口村の妙覚寺までの運搬に順次駆り出されていく予定なのだ。決して人手が余っている訳ではないぞ。今運び手から4人抜けたのをどこで取り返すのか、それを算段せねばならん。

 まあ、こちら岸まで米俵を全部持ってきてしまえば、あとはどうにでもなる、というのも確かなのだがな。

 まずは、この大丸の桟敷から登戸の糀屋の蔵まで、それぞれの拠点に置く俵の量に多少の齟齬はあろうとも、今日中に1850俵納めてしまえば勝ち戦よ」


 どうやらこの輸送計画は事前に結構綿密に練られているようで、百太郎のした行為はこれをぶち壊しかねない所業だったようだ。

 とはいえ、今日中に全部多摩川を超えさせるという目標だったのだから、その一点にだけ着目すれば両岸の桟敷・川船での積み下ろしが大層な手間だということは理解できる。

 米俵を満載した第5便が岸に近づく頃、空になった4便に荷役ではなく漕ぎ手を命じられた人足が乗り込み岸を出ようとしていた。

 第5便の舳先に立っているのは勝次郎様と判ったので、義兵衛は舟に乗らず岸で待つこととした。

 その時、百太郎が現れた。


「館の爺の呼び出しじゃ。ここでは埒が明かぬゆえ、急ぎこの舟に乗って是政へ渡れ」


 与忽右衛門さんは百太郎を舟に飛び乗らせると、直ぐに押し出した。


感想欄で、白井与忽右衛門さんの義兵衛さんに対する言葉使いが変という指摘がありました。確かに変と思いましたので、若干修正を入れました。

細山村・名主の与忽右衛門さんは、金程村・名主の伊藤百太郎さんにかなり怒っており、つい我を忘れて呼び捨てにしたのだが、途中で気づいて口調を改めた、という風に直してみました。

『のぶあ』様、ご指摘ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 毎週更新ありがとうございます。大変面白く読ませていただいています。 [気になる点] 義兵衛が名主の与忽右衛門さんのことを「白井与忽右衛門様」と話しかけて、与忽右衛門さんは「義兵衛」と呼び捨…
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