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米渡し船 <C2530>

■安永7年(1778年)10月1日(太陽暦11月19日) 憑依260日目 晴(陰晴)


 昨日の小雨は止んでいたが、晴というにはほど遠い曇り空が広がっている。

 それでも雨が降るよりはよほどましな天候の朝を迎えた。

 まだ明るくなる前に館の爺が率いる人足が西蔵院の蔵の前に整列している。

 中は昨日に内に確認しており、扉の前で井筒屋伝次郎さんと籾米500石、1850俵を受け取った旨を記した証文を渡す。

 通常であれば、代金470両との引き換えなのだが、支払い自体は江戸で済ませており、その折に伝兵衛さんから受け取った引き渡し証を現物と交換する恰好となっている。


「これで引き渡しは終わりましたな。明日以降、この蔵を使うのであれば、1日につき1両支払い頂きたくお願いしますよ」


 西蔵院の市村源三郎様がそう宣言するが、館の爺様はきっぱりと宣言した。


「いや、今日中に1俵残らず運び出しますぞ。1850俵なぞ何程のことでもない。さあ、かかれ」


 10人もいたと思った人足だが、皆が中に入るのではなく3人が蔵に入り、後の7人は入り口で俵が渡されると担いで西蔵院から出て行く。


「ほれ、義兵衛も眺めているのではなく、運べ。

 それから、是政の渡し場で渡しの指揮をせよ。渡し場では全部で4艘の川船を待たせておる。そちの実父・百太郎が渡しの責任者ゆえ、最初の米と一緒に川を渡ると見ておる。お前は渡し場に留まり、後から送られてくる米俵を数え、50俵積んだら渡らせればよい。簡単であろう。百太郎が空船で戻ってきたら、舟数の過不足がおおよそ判ろう。余るようなら、百太郎が人足を連れてくる手はずじゃ。川船が足りない時は、渡し場に臨時の仮置き場を設け、百太郎が付近の渡しから新たに舟の調達をしてくることになる。その折も留守を預かれ」


 何やら子細に決めてあるようだ。


「では、基本的に父・百太郎が不在時を補うということで良いですね」


「その通りじゃ。今の時期であれば、川幅も狭いので往復も短くて済む故、お前でも務まろう。

 ほれ、義兵衛の付き人も各々1俵位は担げるじゃろ。突っ立っておらず、運ぶのを手伝え。

 皆もどんどん運ぶのじゃ」


 1俵を担いだが、玄米俵より若干軽く、どうという感じでもない。

 だが、安兵衛さんと勝次郎様はコツが判らないのか、少しヨロヨロしている。

 元々は百姓で、背中の上で荷を運ぶことに慣れている義兵衛とは違うのだから、無理もない。


「変に力を入れて腕で支えては長続きしませんよ。腕の力をもっと抜いて、肩の上で釣り合いを取ることを意識し、それを崩さないようにちょっと腕で突く感じで……」


 一端下に置いてしまうと、担ぎ直すのが大変なのだから、それも注意する。

 俵を振り子のように揺らしてタイミングを合わせ、振り上げた俵の下に体を沈めて背中で受け止め、勢いを殺して担ぎ上げるのだが、こればかりはある程度経験を積まないとできるようにならない。

 場合によっては渡し場から足早に戻る人足に手ならぬ肩を貸してもらう必要があるかも知れない。

 渡し場までは約5町(550m)もあり、その真ん中あたりにちょっとした土手がある。

 大したかさではないが、斜面を登り、そして降りることになる。

 金程村の工房から練炭を背負い、斜面の小道を通うことで鍛えている義兵衛はともかく、平坦な道でもバランスを崩しそうになる勝次郎様はこの斜面をグッとにらみ、歩幅を一層小さくし、少しでも前への歩みを続けた。

 そうやって遅々としながらも進み、何人もの人足に追い抜かれながら、四半時(30分)ほどかけてどうにか渡し場まで運び込むことができた。


「おお、義兵衛ではないか。達者にしておったか」


 実父・百太郎が川と船を睨みながら立っている。


「昨日の雨で川も多少増水しておろうと思い、50俵積んでは船を出すことを御館の爺様より指示されておった。だが、あまり増水しておらず川幅もこれであれば、いっそう船を並べ船橋を作り渡してしまうのが良いか思案しておった。お前なら、どう考える」


 4艘の船をうまく並べて板を渡せば、一町(109m)ほどしかない今の川の両岸をつなぐことができなくはない。

 ただ、川の流れに頭を向ける様に船を並べるとなると、明らかに舟の数は足りない。


「今の倍ほどの船としっかりした杭、それに人足がすれ違って往復できる幅の板が必要ですね。用意があればよいのですが、今からの手配だとすると不安です。とりあえず予定通り50俵積んだ船で対応する傍ら、浮船橋を作ってみるというのが手でしょうか。対岸の大丸村から米俵を送り出す人足を暫く借りれば埋め合わせできるとは思いますが」


 義兵衛の言うことに頷いている。


「やはりそう考えるか。川向うで受け取りの準備しているのは細山村の白井与忽右衛門なのだが、あやつは予定外のことを好まぬのでなぁ。せめてやつの息子・喜之助であれば言うことを聞いてくれそうなのだが、そちらは円照寺の蔵の管理・指揮が担当となっておる。まあ、孝太郎も一緒なので、芦川さんの所と折衝するくらいのことは出来よう。芦川貫衛門さんの所の貫次郎さんとは芋のことで親しくしておったからな。

 ウジウジと悩んでいても進まん。まずは船を出して運び、そのついでで話してみるか。

 ここの仕切りは任せた」


 百太郎はそう言うと準備できた川船に乗り込み対岸へ向けて船を出した。

 船には2人の漕ぎ手が居り、竿を川底に立てて船を進ませるのだが、それに百太郎が加わり3人で力を合わせ、結構な速さで進んでいく。

 川向こうも入れて細山村・金程村の名主とその嫡男が陣頭指揮をしている所を見ると、里の総力を挙げて米の運び出しを行うことになっているのが良く判る。

 さて、こちらの川岸を見ると、2人の漕ぎ手が竿を立てて流れないように押さえている舟に、宝蔵院から運んでくる米俵をどんどんと積み込んでいる。

 舫い綱をかけて岸に係留している空の川船と、今積み込んでいる船が出た後に付けようとしてひとりで船を操っている計2艘がこちら岸に控えている。

 結局の所、川船毎に船頭=漕ぎ手1人という当たり前の図式でしかない。

 どう考えても、漕ぎ手が足りないように見える。


「50俵の荷なので、この流れを要領よく突っ切るには、少なくとも前後に2人乗せて操る必要があるのだが、どうも漕ぎ手が足らん。竿は倍ほど持ち込んでおるのだが、どうにかならんのか」


 義兵衛を臨時にせよ責任者と見たのか、船頭がそう話しかけてきた。

 詳しく話を聞くと、船を進める役と舳先が流れぬように川下側に竿を刺して抑え込む役が必要となるようだ。

 もちろん、一人でもなんとかは出来るようだが、舳先に人を立てると進み方が違う、とのことだ。

 実際に要領を見ると義兵衛達でもどうにかできそうだ。


「では、我らが手伝いましょう。父が戻るまで私はここに居る必要がありますから、まずは勝次郎様にお願いします。次は安兵衛さんです。多分それまでには父は戻りましょう」


 丁度3人居るので、最初の舟が戻ってくるまでの間はなんとかなりそうだ。

 こちらの舟が出る準備が出来る頃に向こう岸の様子を窺うと、積み荷の運び出しがたけなわの様である。

 そうすると、この舟が向こうに着く頃に空船が出る感じのようだ。

 勝次郎様が舳先で竿を構えた。


「押し出しますぞ」


 船頭の声に合わせて川下側に竿を立て、舳先が流されないようにグッと力を入れている。

 普段から剣の修行を欠かさないことの成果なのか、竿の扱いも要所を外さず上手く抑え込んで舟が進むのを支えている。


「さすがに、勝次郎様です。俵運びとは違い、きちんと役目を果たされているようです。私も頑張るしかないですね」


 川船の入れ替わり時には岸辺に作られた桟敷の米俵を積むのだが、あまり数が増えない内に次の川船を岸についた。

 安兵衛さんは船頭の指示に従って舳先で竿を立てると、米俵の積み込みが始まる。

 宝蔵院から運んできた人足は俵を直接舟に乗せた後、桟敷の米俵もついでのように乗せるため、15俵前後の俵が瞬く間に載せられてゆく。

 その重みと揺れ、川の波で岸から漂い出そうになる舟を船頭と安兵衛さんの竿で抑え込んでいるのだ。


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