強火力練炭試作と破綻する水車設営計画 <C253>
サブタイトル通りの内容です。
俺は助太郎で、強火力の練炭作りを競い合うことにしようと考えた。
そこで、義兵衛に助太郎をそそのかすよう伝える。
「ところで、火力の強い練炭は、どうなっているのかな」
「一昨日よりてんやわんやで手がついていませんよ。
流石に俺も手品師ではないのですから、そこは承知しておいてください」
「まあ、そんな所だと思っていた。
実は、手が空けば僕も作って見たいと思っていた。
今日は幸い、この後は父への相談だけなので、手が空いている。
一緒に作って、燃焼時間がどれだけ短いものができるかを競ってみよう」
「それは、楽しそうですな。
作業場は整頓・清掃の途中で使えませんが、その横でなら作業できます」
助太郎は、長さ一尺三寸(=40cm)の樫から出来た立派な木炭を2本取り出した。
「これは売り物にしてもそこそこの値段になる上等な木炭です。
備長炭や白炭というものとは違いますが、燃えた後のカスの出方は結構少ないものを選んでいます。
この木炭から鑢掛けして粉炭を作るところから勝負しましょう。
薄厚練炭目処(=上面の燃焼面積が同じ)で、同じ80匁(=300g)の重さで、燃焼時間が短いほうが勝ちということでどうですか」
前に義兵衛にした『練炭の科学』の説明を、前の登戸村へ同行した時に話している。
この内容がしっかり伝わっていたようで、ポイントが空気の通り道というのが理解されている。
義兵衛は木炭を受け取り鑢掛けに入るとき、少し荒めの粒子にするよう目の粗い鑢を使うことを伝えた。
おおよそ300匁(=約1kg)を目処に擦り終えると、少なめの布海苔を湿らせざっくりと捏ねる。
良く捏ねるのではなく、布海苔の芯に粗目の木炭粉が纏わり付いて立体になっている格好にする。
これを秤で80匁取り、薄厚練炭用の型を2枚重ね、半分の大きさの細いレンコン穴を20個増やすことが出来るよう棒を型に立て、そこに盛るような形で練り炭を入れる。
型から溢れた分は、2枚目の型の上面に押し込み、表面を平らに揃えた。
型から抜き、追加したレンコン穴の細い棒を引き抜く。
乾燥はできていないが、中がスカスカの軽い練炭ができた。
厚さは薄厚練炭の2倍である。
助太郎は薬研を持ち出して粉炭を非常に細かく作り、経験から得たであろう量の布海苔と少量の水を入れて良く捏ねていた。
薄厚練炭の型に16本の棒を足し、型へ捏ねた木炭を流し込む。
そうして大きさ・厚さは薄厚練炭と同じだが、穴が倍ほど開いた練炭が出来上がった。
「乾燥が必要なのだから、今日はもうここまでだと思いますよ」
「確かにそうだ。
では、後片付けをして終わろう。
燃焼実験は明日だな」
義兵衛は手早く後片付けをし、工房全体の整理・整頓状況を良く確認するよう指示すると、家へ戻った。
家へ戻ると、百太郎へ説明と説得を行った。
「工房はきちんとしており、甲三郎様がいつ来てもお見せできる状態になっています。
あと、七輪、練炭について、大体の生産量は解りました。
ただ、この調子で作っていくと、毎日ザク炭を2俵(=30kg)ずつ使います。
すると、もう数日もしない内にザク炭が不足して生産が止まります。
また、ザク炭を粉炭にする方法として水車を献策しておりますが、今の陣容では粉炭作りのところが弱点になっています」
ここで百太郎の様子を見る。
「まずは、隣の細山村からザク炭をあるだけの銭で買いませんか。
多分、細山村でもこの季節に15窯位は興しているでしょう。
1窯で6俵ザクが出るとすると、90俵にはなるでしょう。
まずは、今手元にある4000文で20俵(=300kg)を買ってください。
そして、今仕上がっている練炭を、すぐ加登屋さんのところへ持っていきましょう。
48個あれば、希望の200文(=5000円)でなく170文(=4250円)だとしても、8000文(=20万円)にはなります。
すると、40俵は買えます」
百太郎は難しい顔をしている。
「細山村に打診するのは容易いが、練炭の原料がザク炭ということが白日の元にさらされることになるぞ。
また、これだけ非力な人間を使って莫大な利益を出しているということも解ってしまう。
このあたりはどう考える」
「いずれ、甲三郎様が視察なさるときに白井さんも同行されるので、このあたりのことは長く保てる秘密ではありません。
また、寺子屋組の話から実情は伝わります。
秘匿すべきは粉炭を接着する布海苔の割合や、型・寸法といったものです。
これらは持ち出せず、また出来上がったものを調べてもそれなりに時間がかかるものと踏んでいます。
どうでしょうか」
「短期の方策としては、あるのだろう。
明日、白井さんの所へ一緒に行くか。
その足で、お前は練炭を持って加登屋さんのところへ行け。
ところで、ザク炭の手当てについて、長期にはどう考える」
「栗木村、黒川村をあてにしたいと考えます。
この2村の木炭出荷量は、合わせて年間で8000俵位になると聞いています。
その内、ザク炭が2割としても1600俵はあります。
一度には無理でしょうが、最終的な必要数量を伝えておき、10日毎とか月毎に分割して買い入れるという手はあると考えます。
黒川村からの輸送経路ですが、古沢村を経由すると遠回りになるので、鶴川街道を坂濱村まで運び、そこから平尾村に行く山越え道の途中から金程へ運びこむという方法があります。
奇しくも、大丸村との連絡道と経路が重なるところがあります」
「おおよそのところは判った。
所詮、金程村の中だけでなんとかする、というのは無理だということになるな。
そうなると、水車の件も見直してみてはどうかな。
お前が指定した田に流れこむ水では、一日中水車を回して臼を挽ける量はないぞ。
この水量を増やすと、他の田に水が回せん。
それに、源流は湧き水なので、晴天が続くと枯れることもおき得る。
年中休み無く回すということなら、場所を考え直したほうが良いのかも知れないぞ」
また抜かりがあったか。
確かに、渇水時にはどうしようもない。
だからと言って、水車に代わる案が無いというのも事実なのだ。
「そのための池でしたが、確かに止めることなく動かすということでは、使える水は流入量を上回ることはできません。
どの程度の水量があれば、水車での粉炭がどの程度作れるのかを再度検討します。
その辺りが決まって見通しがないと、手が打てないということは理解しました」
結局、事態の変化に構想が追いついていないのが原因なのだ。
最初に構想した時点では35両分を稼ぎ出す目論見だった。
しかし、色々検討を重ねる内に、5倍近い155両を稼がねばならない事態になった。
これに計画が対応していないのだ。
ならば、構想自体を見直すべきなのだろう。
人手不足の切り札は、細山村の樵グループとの連携なのだが、これを切り出すのはまだ早い。
多分『天明の大飢饉』を告知してからになるのだろうが、そうなると細山村も対策を取り始めるだろう。
金程村と縁が出来た登戸村や大丸村も。
木炭購入予定とした黒川村や栗木村も、村人を餓えさせる訳にはいかないだろう。
難しい隘路に入り込みそうな、悪い予感しかしない。
まあ、順番に片付けていくしかない。
まずは、細山村からの木炭買い付けと、登戸村への販売だな。
計画が破綻するのは、目標や目的が変わったことに追従できていないことが多いと考えます。
ここでは着手前でまだよかったのですが、面子にこだわってそのまま実施していたら、ということが現実ではちょくちょく起こります。
次回は、細山村へ行きます。
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