表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
522/565

萬屋待機と府中先行者 <C2522>

 萬屋に向うと、大番頭の忠吉さんが出迎えてくれた。


「お待ちしておりました。この後、深川・六軒堀の井筒屋さんの所へ行き、それから府中宿へ向かうと聞いておりますが、後で甲州街道へ行くなら深川は逆方向でございましょう。井筒屋さんには『義兵衛様の御用が果たせるよう萬屋に急ぎ参られよ』と言い伝えるべく丁稚を走らせております。なので、こちらでしばしお待ちください」


 なぜか予定が知られているのだが、安兵衛さんは当然という表情で応じた。


「これはお手数をかけます。ここから井筒屋までは約1里(4km)。往復で1刻(この時期は約1時間半)程も余計にかかる所でした。さらに府中宿まで7里半(30km)はありましょうから、急いでも宿に着くのは日暮れ頃と思っておりました。府中の旅籠をどうしようかと思案しておりましたので、これは随分と助かります」


 自分の知らない所で行動が決められていることに、急に不信感を覚えた。


「いつの間にそのような段取りになっているのでしょうか」


 忠吉さんに向かい問うと、安兵衛さんが間に入って答えた。


「椿井家の御屋敷から奉行所に連絡が入ると、そこから関係する場所へ、今日の場合ですと萬屋と井筒屋ですが、伝令が出ます。江戸市中で出かけられる場合は、不意に萬屋に寄ることもありますので、事前に予定はなくても忠吉さんには行先の連絡をしています。今の所、毎日深川の辰二郎さんの所から七輪を運び込む荷駄がありますので、これに言付けることも多いのですが、今回は時間も違いますので伝令が出ています。七輪の荷駄は、屋敷への搬入だけでなく、萬屋への搬出も担っているので、例え空荷であっても当面は毎日御屋敷詣でをする予定です。

 今日は御屋敷から奉行所と萬屋へ同時に伝令が出ておりますが、萬屋の判断で予定変更するので、これを関係部署へ知らせる伝令が奉行所と御屋敷へ出ているはずです。もし、ここで義兵衛さんが『是非にも六軒堀へ』と言うと、実は大変なことになります。そのような判断はされないだろう、として了解しておりますけど、いかがでしょう」


 いつの間にか、義兵衛の周囲の体制は大変なことになっていたようだ。

 そうすると、宿が決まっていない府中行きは一体どうなっているのだろう。


「もちろん、見える所では勝次郎様と私がおりますが、それ以外に伝令が控えて同行しております。気付かれぬように先行者の方たちが先に出ておりますよ。宿が決まり次第、私なりが合図して知らせます。そこから伝令が夜通し駆けて奉行所に居場所を通知する段取りとなっています。

 今更、驚いた顔をしても遅いです。こうなってしまった事情は御存じでしょう」


 単に義兵衛と常に連絡が取れるようにするために、一体どれだけの奉行所の人的資産を消費させているのだろうか、と考えると怖いものがある。

 この縛りができたのは、おそらくだが勝次郎様が同行するようになった時期前後に違いなさそうだ。


「それも仕事なのでしょうから解らんでもないですが、先行陣だなんて、これでは無駄が多過ぎますよ。それで出来る様になることと言えば、何か事の時に連絡先が判るということだけなのですから」


 そう考えると、行先を知らずにいつでも連絡が取れる世界というのは、究極の効率化がなされている状態と言える。

 更に加えると、無名の一個人の居場所が友人達にとは言え本人に意識されずにトレースできるというのはもはや異常な世界なのかも知れない。


「江戸市中でもそうだったのでしょうか」


 これには勝次郎様が答えた。


「いいえ。義兵衛様が行く所、腰を落ち着けた場所のことを書き付けて、街中にある近場の大番屋に都度渡せば、それが北町奉行所に速やかに届けられます。なので、人の追加は不要とされておりました。

 ところが、この仕掛けが働くのは市中までで、甲州街道沿いでは四谷大木戸とせいぜい内藤新宿までです。それで急遽伝令を集めて先行させておるのです。こういった事情もあって、今回の路銀は細かな説明抜きで直ぐ出たのですよ。

 それで、府中では誰でも判る高札場前が定位置となっており、府中からの移動が明らかになった時点で次の拠点へ動くこととなります。

 もっとも、登戸村と細山村、あとは江戸市中への移動であれば、そこで解散となります。特に重視しているのは登戸村で、料亭の加登屋と萬屋の支店はある意味で奉行所から張り出した拠点となっています。このあたりのことは、萬屋の大番頭・忠吉さんや登戸の番頭・中田さんには言い含めております」


 知っていることとなると、結構饒舌になる勝次郎様のようで、安兵衛さんならここまで奉行所側の実情を明け透けに話すことはないと思う。

 現に、安兵衛さんは苦い顔をしている。


「土間で立ち話も何でしょうから、茶の間にお入りください」


 場所を整えたのか、忠吉さんが声を掛けてきた。

 当たり前だが、暖かい部屋と用意されていた茶にはほっとする。


「御商売の方は順調ですよね」


 忠吉さんに声を掛けたのだが、千次郎さんが部屋の入り口から返答してきた。


「順調以上です。例の十両証文が日を追う毎に積み上がっております。薪炭問屋それぞれに、特に御武家様から七輪の注文が引きも切らずに入ってきており、どんどん掃け始めている状況です。もちろん、練炭もそれなりの数は出ておりますが、今の所思ったより数が少ない感じです。七輪一個につき28個程度は出ると見ていましたが、半分の14個といったところでしょうか。その分、練炭不足逼迫という事態は避けられそうな感じとなってきました。

 むしろ、焜炉と小炭団が逼迫しています。こちらはそれぞれの炭屋に卸すという恰好ではないので、ちゃんとしたものを小売りしているのが萬屋だけとなっています。なので、料亭からの注文がとても多く、夏場にため込んだ小炭団はおおよそ売り切り予約済という風になってしまいました。料亭以外への小売りは皆断っていますが、それでも11月一杯で枯渇です。1個8文が店頭での定価ですが、金程印でないバッタもんですら8文での取引となっており、金程印だと裏では10文で買い取りする店もあります。お金はともかく、寄越せという脅しもあります。なんとか増やせないものか、登戸に取り置きがないか問い合わせしているのですが、まったく困ったものです」


 このお願いは2度目になるのだが、相当困っているに違いない。

 ここまでお願いされてしまうと、金程村の工房でどうにかするしかない。

 強火力練炭の生産実験を停止して作ってもらうしかないようだ。


「買い付けた米の運搬に片が付いたら、その足で工房へ行って相談してきます。ただ、増産できても搬入は半月先になりますので、それまで凌いでください」


 義兵衛がそう答えると、千次郎さんは床に胸がくっつくほど平伏し、それからいつものように部屋に入ってきた。


「そうなると、是政村から多摩川を渡り、大丸村から山越えで金程村の予定でよいですか。登戸は金程村からの帰りに寄るという段取りですね」


 安兵衛さんが今後の予定を確認している。

 これもまた奉行所に報告されることになるのだろう。

 紳一郎様の言う『運搬が片付くまで』は『新設した里の蔵に買い付けた米が収まるまで』と解釈すれば、これを見てくることもお役目と考えてよいように思える。

 安兵衛さんの確認に大きく頷き、次いで千次郎さんに証文状況の説明を求めた。


「井筒屋と交換した期末支払いの470両(4700万円)の証文ですが、本両替より手形割引に応じた旨の通知がありました。まだ2カ月ほどありますが、井筒屋さんは現金に替えたかったようです。私の方で、期末まで置くつもりもなかったので、例の10両証文47枚と交換して決済を済ませております。あとは、萬屋と椿井家の間の取引となりますが、この月末の報告で買掛金に充当した旨記載いたします」


 籾米1850俵(500石)の引き換えの証文は義兵衛の懐に入っており、現場で引き渡をする蔵の中にある籾米の質と俵の数量を確認してから井筒屋さんに渡し、受け取りに署名すれば取引完了となる。

 今回はその立ち合いに抜かりがないよう、事前に現地入りし、できれば事前に確認できることは済ませて10月1日の引き渡しをいち早く済ませ、運搬作業に入ることを狙っているのだが、江戸での取引は今の所問題無いようだ。

 茶の間で話をするうちに、井筒屋の手代頭が萬屋に駆け込んできた。


私事ですが、なかなかゆっくり執筆できる状況にならず、投稿が遅れております。

御理解頂きたく、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ