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実際に計算 <C2520>

「実際の評価は2つの行程から構成されます。

 最初は、評価結果を寄越した人がどれだけ善四郎さんと類似した評価をしているのかを、特定の店舗の評価結果で比較し、計算に必要な補正値を算出する行程です。

 そして、この補正値が求まると、そこから店の評価を行う次の工程を行います。

 実際の評価が集まっていないので、仮に補正値が定まったとする20人が評価した結果から、3軒分の店の順位を出す部分の計算をしてみましょう。店の名前は、とりあえず『い』『ろ』『は』としています」


 事前に打ち合わせていた説明案に従い勝次郎様は淀みなく話す。

 本当に大変なのは、レポートを出した人毎に評価の補正値を求める所なのだが、導入を図る所は結果が見える方が良いという判断から後半の所だけに絞ったのだ。

 なんとなれば、評価者毎に定める補正値は善四郎さんの感覚で適当な値に決めてもらっても良い、とまで思い切っている。

 ただ、一応は公平に決める仕組みを作っていることは別途説明しておく必要はあるだろう。


「今後の方針展開の話は終わっているのであれば、主人だけでなく主に作業を担う方なども一緒に見たほうが良くありませんか」


 気が利く安兵衛さんがこう話をつなげた。


「おお、その通りでした。算盤が出来る番頭と手代を控えさせておりますので、それを同席させて良いでしょうか」


 版元主人は義兵衛が頷くのを見ると手を叩いて丁稚を呼び、予め言っておいたのか3人の者を呼び寄せた。

 席の位置を変え、義兵衛・勝次郎様、安兵衛さん・善四郎さんが並び、対面に版元主人とそれぞれ算盤を持ってきている番頭・丁稚2人が座り、善四郎さんと版元の丁稚の間にこの道具を作った大工が座る。

 道具を置いた半畳ほどの場所を9人もの人数で囲むと結構厳しいものがある。


「これでは厳しいでしょうから、場を変えましょう。内緒とする話はもうありませんから、かかわる人には遠目でも良いので見てもらったほうが良いのです」


 義兵衛の提案に従い、版元主人が少し広めの座敷に皆は案内された。

 今度は真ん中に道具を置く所までは同じだが、これを囲むのは算盤を手にした勝次郎様と番頭・丁稚2人の計4人とし、版元主人・善四郎さん、安兵衛さん、大工は角から覗き込む位置に座るよう指示した。

 それ以外に興味を持った面々がその外側を囲む場所に突っ立っている。

 ただ、説明の声が聞き取れなくなるため、主人は皆に決して声は出さぬよう言いつけた。


「では、始めますよ。この道具は、計算の途中の数字を紙に書きつけるのではなく、数値を書いた札を置くことで代用するものです。数字を置く場所が縦8行、横8列の計64か所ありますが、この場所の各々に意味を持たせます。樋の場所、つまり行は上下を容易に入れ替えることができるため、例えば一番左端の場所にある数字を見て、大きい順や小さい順に樋を動かして行を並び変えるなどの作業は容易になります。これは紙に書かないことによる大きな利点となります。もっとも、今は8行分しかないため、8個の並び替えしかできませんが、同じ大きさの樋を増やせば、その分の並び替えは容易となりましょう。また、全部の樋を同じ用途とせず、最上や最下の樋は固定して別な用途にするという方法もあります。こういった意味合いは用途に合わせて決めれば良いため、ある意味万能と言っても良い道具です。一方、複数の数字を関連して扱わない場合は、算盤だけ使うほうが早いこともあります」


 勝次郎様が道具の使い方の概要を指南しているが、実際に番頭や丁稚達が理解できているとは思えない。

 とりあえず理屈よりは体で判ったほうが間違いなさそうだ。

 義兵衛は道具を囲む8人の周りをゆっくり静かに歩きながら、表情や仕草を見て理解度合いを測ろうとしていた。


「今回は、渡した手順書の後半部分を参照しながら見ていてください。

 評価者20人がそれぞれ3軒の店を評価しています。私が、最初に1軒目の『い』の店の評価を行います。

 まず、1行3列目が1軒目の評価数、2列目が評価点数合計と決め、ここの値を零になるよう設定します。

 伝票の評価の値に補正値を掛け、切片の数値を引きます。切片に負の記号が付いている場合は加算します。そして、得られた値を1行2列目の値に加えて1行2列目に反映させ、1行3列目の評価数を1増やします。後は伝票があるだけ、つまり今回は20人分の情報の分、この作業を繰り返すことになります。理屈はともかく、手順を確実に覚えるようにしてください」


 勝次郎様は慣れた手つきで評価の書かれた伝票をめくり、算盤を動かし、1番上の樋に置いた数字の札を頻繁に交換していく。

 程なく20枚の紙がめくり上げられ、勝次郎様は算盤を弾くのを止めた。


「こうして得られた合計値、1行2列の値を3列目の件数で割ることで1軒目の評価値が算出されます。この値を1行1列目に置きます」


 手早く算盤を動かし、出た答えを樋に反映させた。


「では2件目、『ろ』の店に対して計算をやってみましょう。そうですね、まずは番頭さん、どうですか」


 丁稚がしり込みしているのを見て、勝次郎様が番頭を指名した。


「まあ、おおよそは判りますが、樋の所にある数字札は算盤の珠の代わりでしょう。わざわざ札にする必要が判りません」


 流石に番頭だけあって理解が早い。

 安兵衛さんと顔を見合わせている勝次郎様さんを見て、義兵衛は口を挟んだ。


「算盤だと、動かした時に崩れることがありましょう。しかし、この道具を使うと動かしても珠ではないので数字が崩れず間違いが少ないのです。もちろん、逐一紙に書きつけるやり方が後から間違いを調べるのに役には立ちます。ただ、後から反故にする数字を都度書き連ねるのには大層手間がかかりましょう。

 今は実感がないかも知れませんが、樋を動かす段になると判りますよ」


 渋々ながら番頭は頷いて手順に従い『ろ』の評価結果の処理を始めた。

 手順が書かれた資料と見比べながら確実にこなしていく。

 勝次郎様の手順を見ていたためか迷いもなく20枚の伝票を処理し終えた。


「うむ、どうにかなるものですね。勝次郎様の出された評価値より少し小さい値ですか。成程、この差分だけ『い』の店より劣るという訳ですな。

 おい、六助。お前が3軒目の『は』の店分をやってみせなさい」


 六助と呼ばれた丁稚が伝票に手を伸ばし、算盤を弾き始めた。


「うう~ん。切片と言われた数字に黒三角印がある場合は『引く』のではなくて『足す』になるのですね。どうも、慣れません」


 ぶつぶつ言っているが、確かにそうかも知れない。

 ただ、これが意識にのぼるということは、それなりに伝票を算盤で計算したことがあるに違いないのだろう。

 最初はぎこちなかったが、終わりに近づくにつれ慣れてきたようだ。


「できました。今回は伝票枚数の20で割るということなのでとても計算が楽でしたが、半端な数だと大変です」


 3軒目の数値は一番大きい数字となった。


「これを並べ替えすると、『は』『い』『ろ』の順となります。ざっとこんな感じです」


「だが、こうも上手くはいくまい。20枚も評価が無いところはどうする」


 善四郎さんが鋭くついてきた。


「30枚以上あるところだけを番付に載せます。10枚から29枚までの所は、参考として付けてもよいでしょう。10枚にも満たない店は、番付に載せる必要はありません。むしろ、お客が少ないことを気にされるよう指導すればよいのです。それでも気になるのであれば、試しに仕出し膳を頼んでみるのもよいかと思います」


 善四郎さんが不思議そうな顔をして見て来る。


「人気のない店まで番付に載せようとすることにそもそも無理があるのです。年間で30票程度の評価が集まらない店は、番付を気にする必要はないと割り切っても良いのではないですか。仕出し膳の座で最初に周知しておけば良いだけのことです」


 善四郎さんの納得した顔を見て義兵衛は安堵した。


「今は3軒分ですが、樋が8本では足りないようですから、全部で50本分位こさえておきましょうか。それから、樋のどこかに店の名前を置く札も入りそうですな」


 やりとりを聞いていた大工が突然口を挟んできた。


「よく気付かれましたね。お願いします。40~50軒分の並び替えを一度に出来るようになれば、随分と楽になります。

 今回はここまでとしましょう。もし、気付かれた点があれば、工夫してみてください」


 義兵衛はこれでもうすっかり丸投げした気になっていた。


申し訳ないのですが、ちょっと私用が立て込んでしまって執筆が止ってしまいました。

小説と同じ季節が巡ってきているタイミングなのですが、2~3週(?)投稿がストップします。


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