渋る善四郎さん <C2519>
當世堂の主人が舞い上がっている隣で、善四郎さんは難しい顔をしている。
「要は、進んで評価を出そうとする動機を料亭側から打ち出す必要がある、ということですか。幾つか案を頂きましたが、八百膳だけでは難儀なことです。これをする利点が料亭側にも無ければ進みませんが、果たして納得させ協力させることができるのでしょうか。
それに、評価の対象は仕出し膳でしょう。複数の料亭を渡る食通の方がそれほど多いようには思えません。そもそも膳を頼むお客は、武家か裕福な商家、それにお寺さんでしょう。それぞれに贔屓の店、いつも使う料亭がありましょう。酔狂に複数の店を渡って味を確かめるのは、自分位なものです。いや、確かに自分だけではなく何人かは居りましたな。そうではありますが、もしそういった奇特な御仁が居られたとして、話が元に戻りますが、その評価などというものをわざわざ知らせて来るのかという所に疑問を覚えます。そもそも、武家の方に協力頂けるように話を持っていくだけで難しいのではないのか、と考えます」
義兵衛としては、ある意味まだ想定内の質問である。
「評価について、それこそ座の皆様の協力があれば、乗り切る方法があると思っています。
例えば、それぞれの料亭が任されている仕出し膳について、互いに協力して他料亭の膳も加えるよう融通しあう、というのはどうでしょう。具体的な例になりますが、12席分の膳を用立てる場合、半分の6席分の膳についてはお客の了解を得て、あえて他の料亭の膳を入れます。そこで、膳の優劣を評価項目に従い入れて頂く、という方法が考えられます。他の料亭が宴席に膳を出す時に、今度は半分程度他所の料亭の膳を入れれば良いでしょう。それぞれの料亭は、互いの領域を犯すことになりますが、お客としては毎度同じ膳を宴会で出されるより面白い、と感じられるのではないかと思います。
もちろん、料亭側にも利点はあります。この仕組みを使うことで、料亭の繁忙期を平準化できる可能性があるのです。お客の了解を得ることが前提ですが、例えば200膳の注文があっても準備するのは100膳で残りは手が空いた他の料亭に任せることができます。手が空いている料亭は、別料亭からの要請に応じて膳を拵え提供することで、手隙を減らし売り上げを得ることができます。
また、この応援で自分の所の膳を宣伝することもできます。真摯に研鑽を積んでいる料亭なのになかなかお客を捕まえることができない、といった料亭がある場合、上手くするとこの仕組みを使って販路を広げることも可能でしょう。評判の上に胡坐をかいて努力すらしない料亭は、他の所と比べられることで化けの皮が剥がれるに違いありません」
これは、まず善四郎さんの料亭側の利、料亭経営者としての手腕を問う提案がある。
繁忙期の平準化という言葉が琴線に触れるかどうかが鍵なのだ。
続いての話が、興業を創めた時に『料理文化の醸成』というお題目に賛同した善四郎さんの言葉を信じた説得である。
もし、八百膳が儲かれば良い、自分の料亭だけが永続すれば良い、といった本音を持っているのであれば、応じることはないかも知れない。
料理には一切妥協せず真摯に向き合い、江戸一番の腕前と舌という自信が善四郎さんになければ、そもそも土俵にも上がってこないだろう。
こういった二段構えだけで押し切ることができるかが最初の関門となる。
「おっしゃることは良く判りますし、宴席の膳に一部他料亭の膳を混ぜるという利点も納得はします。もっとも、他の料亭が納得できるか、さらには宴席のお客同士で違う膳が出されることを面白がるか、については異論がありますがね。ただ、仕出し膳の座で知恵を出せばなんとかなるかも知れません。
しかし、評をする方々を得る、というところはまだお答えを頂いておりませんぞ」
これまた説得が難しい問いに違いない。
義兵衛の目には善四郎さんが『美味しいもの大好き』の人物と見えているのだが、それを確かめる答えでもある
「善四郎さんは『いろんな料亭の美味しいものを食べてみたい』と常に思っておられますよね。私が料亭・坂本に教えた胡麻タレや辣油については、随分入れ込んでおりましたし、向島・武蔵屋に繭寧酢を教えようとした時も微妙な感じになりましたが、まだ良し悪しの見分けもつかないものに40両もの対価を支払っているではありませんか。
きっと、色々な料亭を巡って確かめておられる内に、この料亭はここが良い・こうすればもっと良くなる・研鑽を積めば先が楽しみ、という意見や、明らかに味が悪くなった、先代とはここが違うなど面白い意見もお持ちでしょう。それをとりまとめして公表されてはいかがでしょう。分厚い書籍にする必要はありません。瓦版1枚程度でよいのです。1回分を2~4軒ほどの量として、それぞれの評を版元に語って版にしてもらえば良いのです。そして、その瓦版を通して料理に対する意見を募集するのです」
版元さんは大いに賛同の意を現わしているが、善四郎さんは渋い顔を崩さない。
「確かに、評の中身を公表することは厳しいのかも知れません。人の味覚は千差万別で、誰かがつけた優劣が別な人によって否定されることもあるでしょう。実の所、料理の良し悪しというものは頂く人に寄るところが大きく、正解がない世界と思っております。そういった中で、敢えて善四郎さんが私見を公開することで、異議を唱える方も出るかも知れません。ならば、その異論の中身を問えば良いのです。善四郎さんと同様に異論の中身を公表してもらうのです。
そうやって幾人もの方からの批判を受け、それを糧に味覚を、料理を育てれば良いのです。評価される方もする方も、独りよがりの世界から出て競い鍛えるのです。そうすることで、長い目で見れば、より美味しい物が世の中に出回ることになります。
こういったやり方が、正しく料理を文化として昇華させることに繋がるのではないのでしょうか」
料理文化というキーワードを前面にして建前からの説得を行う。
やがて義兵衛の説得に善四郎さんはやっと頷いた。
「仕方ありません。私もその方向で努力はしてみましょう。幸い、11月から来春1月まで、興業は見合わせることにしておりました。座のありようも含めて、それをもう一季延期して4月からの興業再開とすれば準備期間は充分取れましょう。その間に、義兵衛さんの言われる方向で試してみることにしましょう。
しかし、版元さん。私の書く評は、それなりに高い値で買ってもらいますよ」
どうやら善四郎さんは腹をくくったようだ。
「善四郎さん、評の原稿をその場で売り切りにするより、出来高制にしたほうが良くありませんか。一枚刷る毎に何文とか、関係した売上の2割を渡すとか。売り切りしてしまうと、後から當世堂さんに好きなように使われてしまうだけです。善四郎さんの書く評は、後世の手本として、何度も繰り返し形を変えて刷られていくものになることは間違いありません」
善四郎さんはハッとした表情を見せたその刹那、版元主人が義兵衛の言葉に被せて交渉を始めた。
「義兵衛様、売上の2割はかなり厳しいです。善四郎様、最初に原稿1枚頂けたらそれなりの金子、そうですね、5両(50万円)を支払いましょう。そして、それにかかわる刊行物の売上の2分が5両を超えた時から、年季毎に関連する売上の2分を支払う恰好にしませんか」
要は、売れても売れなくても5両を出す代わりに、売上からの印紙料を最大で2%に抑えようとする魂胆なのだ。
朝三暮四的な手法で義兵衛の言い出した2割からその比率を10分の1にまで値切っている。
だが、善四郎さんはあっさりと頷いた。
「5両とは破格値と思うぞ。そもそも、これで長く儲けようとは思っておらぬ」
『高く買い取ってもらう』とは言ったが、良くて1両程度と思っていた感じなのだ。
どうやらこれで決着はついたようで、版元主人はほっとしている。
話の流れが元に戻り、仮の報告事例60件を使って樋に似た道具と算盤を使い集計方法の説明を勝次郎様が始めた。




